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繋がりのない家族

財務官の所へ行った帰りの廊下を、果胡はとぼとぼと歩いていた。最近、あの財務官は果胡に対して厳しい。こちとら必要経費を申し出ているだけなのに、物品の補充を申請する度に鋭い目を浴びせられる。最初の内は見慣れぬ新人にどうにか柔らかい対応をと務めていたのだろうが、回を重ねるごとに本性を出してくる。今ではすっかり医務室の浪費女という認識になっている。勿論果胡は私利私欲のために経費を使っているわけではないし、財務官もちゃんと分かっているのだが、何かが気に食わないのだろう。果胡もオリヴィアも、昔からあらぬ疑いをかけられることは多い。慣れていると言えば慣れているが、平穏に過ごせるほうがいいに決まっている。


前途多難だと溜息をつきかけたとき、廊下の向こうから果胡の名前を呼ぶ声がした。


「カコ」

「アリスター?」


近衛兵師団第一隊隊長が一介の医務室手伝いに何の用か。というか、アリスターが果胡の名前を覚えていたこと自体が違和感があってならない。

アリスターは特に急ぐ様子もなく、足を止めた果胡に近付いてくると、相変わらず背筋を伸ばしてくすりともしない固い表情と態度で、自分の三分の二ほどの大きさしかない果胡を見下ろす。


「何か?」

「足を止めさせてすまない。リタを見ていないか?」


考えてみればアリスターが果胡に用事などあるわけがない。果胡に聞けばリタの居場所が分かるのではないかと踏んで、廊下で見かけて声を掛けたといったところだろう。


「リタなら、私が仕事の時間になるまでは部屋に居ましたよ。頭が痛いみたいで、まだ寝てるんじゃないですか?」

「いや。部屋に行ってみたがいなかった」

「え?今日リタ、騎士の方の仕事だったんですか?」

「演習参加の予定だったし、今日は陛下が託宣の間に出向いた後、民衆の前に出なければならない。演習はどうにかなっても、今はリタ以外の王室付特別騎士が出払っているから、他に陛下の護衛に付くものがいない」


果胡は託宣の間?と首を傾げる。


「この間の神子祭、事件のこともあって神子の神託を聞けなかっただろう。民の気が治まらないから、陛下が直々に神子から神託を伝え聞き、民へ届けるそうだ」

「…へ、へえ…」


いかにもエーベルハルトのしそうなことだと果胡は渇いた笑いを零した。神託など、朝刊にでも記載して配ればいいのに、神子を人前に出さないほうがいいからと言って、国王自らその役目を負わなくていいのだ。大方、神子から直接聞く神託ではないので、信憑性が薄まってあらぬ噂が立つことを防ぐためだろう。誰の手で書かれたか分からない朝刊を見るより、最高権力者である国王の言葉の方が何倍も効力はある。周りは厳重な警備などの用意がいるから大変なのだが、エーベルハルトのことだから『ちょっと行ってちょっと喋ってきた方が話が早いだろう!』なんて人の気も知らない考えなのだろう。


「『ちょっと行ってちょっと喋ってきた方が話が早いだろう!』という陛下のお心遣いの結果、会場場所の確保、周囲の安全調査、警備の手配、段取り、その他諸々を急ピッチで進めている。本当はリタには護衛だけでなく、準備にも参加してほしいくらいなのだがな」

「な、なんかすみません」

「仲がいいからといって、カコがリタのことで謝る必要はない」

「いや、そうではなく」


うちの変な親父が突拍子もなくてすみません、とは声に出せるはずもない。仕事だから何も言わないが、明らかに不満が募っているアリスターに、果胡は心の中で深く頭を下げる。


「でもまあ、知らないのなら仕方ないな。もう少しこちらで捜してみる」

「見かけたらリタに言っておきますね」

「頼む」


アリスターは短くそう言うと、何の余韻もなくスタスタと去っていった。無事リタが見つかるといいのだが、反面、見つかったところでリタはちゃんと仕事が出来るだろか。彼のことだからどんな体調不良に見舞われようが、そつなくこなしてしまうのだろうけれど、それが平気かどうかは別の話である。












***












果胡は仕事を終え、エリスに処方してもらった薬膳湯を持ってリタの部屋を訪れたが、アリスターの言う通り部屋はもぬけの殻だった。布団が起きたままの形で固まっていて、目を覚ましてすぐどこかに出掛けたのだろうと見て取れた。

決して広くない、物置のような部屋のあらゆるところを探すが、リタの返事も姿もない。気配も感じられないのでこの部屋にはいないのだと思った。アリスターから逃げたのか、単に別の用があったのか。どちらにしろ騎士としての仕事は最優先にしなければならないはずだ。休みたいであろうリタには悪いが、果胡もリタを探すことにし、まずは仕事で汚れてしまった服を着替えようと自室に帰った。







「…………な…にしてるんですか」


自室の扉を開けた途端、果胡の口は開いたまま塞がらなかった。思わず飛び出た疑問に答える声はない。代わりに規則正しい寝息が聞こえる。


「んんー…、ぐう…」

「ぐう…、じゃないですよリタ。あなた人の部屋で勝手に何してるんですか」


気持ちが良さそうに果胡のベッドに寝るのは、アリスターが一生懸命探していたその人物だった。探していたのはアリスターだけではなかっただろうに、いくら探しても見つからないのは当然だ。まさか留守の女性の部屋までは彼らも探さないだろう。そんなところにいるとも思わない。

果胡は気持ちよさそうに抱えている布団をひっぺがし、良く伸びる頬を摘まむと、漸く長い睫毛が持ち上がった。


「んあ、…カコ?…どしたー?」

「どしたじゃないですよ。何でここで寝てるんですか」

「自室にいると面倒な事が舞い込んできそうな予感がしたから」

「野生の勘、恐ろしいですね」


リタは大きな欠伸をしながらむくりと起き上がる。寝癖のついた髪をわさわさと解して、寝ぼけ眼を擦った。


「頭痛、どうですか?」

「んー、まぁ普通?天気が回復するまでは全快ってわけにはいかないしな」


でも大丈夫だと言いながらシャツの中をボリボリと掻く。確かに大丈夫そうではあるが、デリカシーが大丈夫ではない。女子の目の前で腹を見せるな。

何の気遣いか、リタは自分のベッドは起きてそのままだったのに、果胡のベッドは軽くメイキングして皴を伸ばす。その気遣いがあるんならもっと避難場所を考えるとかなかったのか。


「それと、アリスターがリタを探してましたよ」

「やっぱり。探されている予感がした」

「予感がしたんならちゃんと見つけられて下さい。アリスターが困るでしょう」

「見つかったら俺が困る」

「仕事しろプー太郎」


最終的には見つかって怒られるのはリタ自身なのに、それでも逃げ果せたいと思うのはある意味執念である。

果胡はもらってきた薬膳湯を渡し、着替えるからとリタに後ろを向かせた。


「特別騎士の方の仕事だそうですよ。父様…陛下が神子から聞いた神託を民衆に伝えるからって」

「あー…、何かそんなこと言ってたなぁ。ほんとにやんのか、アレ」

「やる気なのは陛下だけみたいでしたけど。ご迷惑をお掛けします」

「今更。俺は慣れてるからいーよ」


突拍子もないエーベルハルトの行動は今に始まったことではない。リタを初め、古参の使用人や騎士ならば日常茶飯事のように対応できるのだが、やはり新参者たちには驚かれる。エーベルハルトを取り囲む人間達が上手く調整しているので、民衆には彼の不可解な行動が伝わっていない。そうやって甘やかすから反省しないんだと果胡は内心思っている。


「準備にも参加してほしいって言ってましたよ」

「うえー…。アリスター隊長、人遣い荒い。警備の陣形とか警備兵の選抜とか、地味で面倒な事ばかり俺に押し付けてくるんだよなー、あの人」

「仕事の内です。逆に何だったら納得するんですか」

「えー?周囲の見回り」

「あなたの場合、ただの散歩になると見越してのことでしょう。さすがアリスター、人員配置は考えられていますね」


それだけではない。リタはぼーっとしていても人を良く見ている。警備兵の誰がどんな強さで、どこの場所に相応しいのか、どんな役割が向いているのか、殆ど感覚的に決めることが出来る。リタが警備の陣形を一番分かっていることで、有事の際はエーベルハルトを安全を一番いい形で守れるのだ。長い付き合いのアリスターは、リタの良い所も悪い所も把握済みである。


「へーへー。ちゃんと仕事してきますよ、と」


リタは胡坐をかいていた脚を伸ばし、立ち上がると果胡に終わったかと確認を取ってから振り返る。その時にはもう、果胡はクローゼットの扉までしっかり閉めていて、何故かリタを見つめていた。


「?」

「…私、お手伝いに行きましょうか?」

「へ?」


突拍子もないことを言い出すのは遺伝なのか、いや、果胡とエーベルハルトは直接の血縁関係はない。思いもよらぬ果胡の提案に、リタは眉を寄せた。


「私にでも出来ることあるんなら、私手伝いますよ。明日は非番ですし、何だか父様の所為で予定外の仕事に追われる皆さんに後ろめたい気持ちもありますし」

「いやいや。でも…だって、お前の親父も来るぞ?あの人自分も準備に参加する!とかいう陽キャだから!」

「嫌と言うほど知ってますよ。…大丈夫、それが目的でもあるんです」

「それが目的って…」


いいのか、とリタは不安を滲ませるように眉を寄せた。果胡自身は何の躊躇もない様子で大丈夫だと言い切る。


「希成果胡として会うのは初めてではないですし、第一、私のことなんてあの人は見向きもしないでしょう」

「だとしても、会ってどうするつもりだ?」

「…いえ、特にどうするつもりもないです」

「はい?」


目的がない目的に、リタは首を傾げる。長い付き合いの幼馴染でも、時々何を考えているか分からない時があるのだ。不安そうにしながらも何故平気な振りをするのか。避けたくなることに何故敢えて首を突っ込もうとするのか。心が壊れる危険を犯して、何故何かを守ろうとするのか。






「希成果胡として、ちゃんと挨拶したいだけですよ」






娘の魂を持って。






ブックマーク等、いつもありがとうございます。


今更ですが、この世界ではあまり敬称というものが意識されていません。目上、目下というものはありますので、それを呼び方で表現することはありますが、基本的に誰がどんな呼び方をしようと失礼だと咎めることはないです。外国のような感じですかね笑

果胡はオリヴィアの名残で基本的に皆呼び捨て、リタも呼び捨てだけど公の場では敬称付、バートは基本敬称付だけどリタのような昔から知っているような人物には呼び捨て、といった感じですかね。

どうでもいい設定。

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