祭の喧騒の中で
日常でも賑わっている城下町で催し物があれば、人でごった返すのは当然である。空気の入る隙さえないくらいに人間が溢れている。背の小さい子どもなど一瞬で見失うこと請け合いだ。
季節的にも決して低くない気温でもあるのだが、人の熱気で五度くらいは上がっていることだろう。
「慰霊祭って言うから、もっとこうそういう雰囲気かと思ったんですけど、…皆さん活気溢れてますね」
「今は慰霊祭でも何でもないからな。神子祭っていうのも名前にかこつけた、謂わば年に一度の羽目外し行事だな」
「人の慰霊祭を何だと…」
「まぁまぁ。お前の慰霊祭は俺が別で歌でも歌ってやるから、今は祭りを楽しもうぜ」
楽しい場で文句をたらたら言うのもどうかと、果胡はそうですねと頷いた。ただ、リタの歌は遠慮しておく。下手ではないが歌を覚えるのが苦手なので違う歌になるのだ。リタの歌が本物だと信じていたオリヴィアは、大体の有名な歌を間違って覚えていた。そう言えば今向こうの広場で歌われているバラード曲も、リタの手に掛かればジャズ調の歌になってたなぁなんてぼんやり聞きながら歩く。果胡は身体が小さいので人混みに紛れやすいが、その分隙間を縫える。身体の大きいリタの方が苦労しそうだなと隣を見ると、何故かリタは四十歳くらい一気に老け込んでいた。髪の毛も人混みに連れ攫われたか。
「…あれ…、リタ?」
さすがにリタじゃないと本物を探そうとしたが、この人混みだ。周りより頭一つ分飛び出たリタでもこの中に紛れてしまってはすぐに見つけ出すのは困難だ。流れていく人の流れに逆らうように足を止めて目を凝らすが、同じような体格の人は全て違う人。
つい今しがたまで喋っていたのに、こんなに一瞬ではぐれてしまうのかと果胡は眉尻と肩を落とした。
「うーん…、迷子の呼び出しでも掛けてもらうか…」
城よりお越しの王室付特別一等騎士リタ=ヴァインツィアルくん、お連れ様がお待ちです。サービスカウンターはありませんので、どうにか希成果胡を見つけてください。そして王室付の騎士が迷子だなんて恥ずかしいです。
尤も、迷子になったのは果胡の方だとも言えるが。いくら見慣れた城下町だと言っても、出店や人などでこれほど周りの景色が一変していると、ここがどこだか分からない。最悪、城に帰ればいいかと思ったが、もしかしてそれも難しいかもしれない。
「…もしかしてやばい?」
祭りを堪能している人々に道を訊く雰囲気でもない。当然サービスカウンターもないので助けを求めるところもない。祭りを楽しむどころか着て早々に試練に立ち向かわねばならなくなったと、果胡は顔を青ざめた。これまで方向音痴で痛い思いをしたことが走馬灯のように蘇ってくる。
とりあえず、あまりこの場から動くのはよろしくない。数々の経験は、動けば動くほど迷うということを教えてくれた。人の流れに身体を持って行かれそうになりながら、煌びやかな町の明かりの下の賑わいの中にリタを探す。
リタはきっと、こんな光の下がお似合いだったのに、それでも彼はオリヴィアの隣にいた。オリヴィアの隣でオリヴィアの光になってくれていた。暗い夜でも道を見失わないよう。
「リタ」
「何?」
「───…へ?」
零れ落ちたかのように呼んだ彼の名に、当たり前のように返事が返って来た。果胡はビクリと肩を揺らすと、声がした方、後ろを振り返る。
「…リタ…、……どこ…、行ってたん、ですか…」
「どこって、そこ。そこの店寄ろうって言ったつもりだったん…、あれ?え?何でお前泣きそうなの?」
「なっ…泣いてませんよ!」
「そう?だって目尻、涙溜まって、」
「泣いてませんってば!触るな変態!」
「急な拒絶」
果胡は猫のような警戒心で目の下をなぞろうとしたリタの手を振り払った。リタはそれに目を丸くするだけで、気を悪くする様子もなかった。降伏するように両手を引いて、おっと、と熱せられたものにでも接するように一歩後退る。揶揄っているようにも思えたその素振りは果胡の琴線に触れ、ふいっと顔を逸らしてしまった。
「何怒ってんだよ」
「怒ってま───…わ、」
果胡は本当に泣いてはいなかったのだが、ちょっと涙目になったのは事実だ。羞恥でリタと目を合わせられなくなって先をスタスタと歩いていると、ふいに視界に影が落ちる。真っ暗まではいかないが、前が見えない。
「…っ、なん…っ」
「顔ヤバいから被ってて」
顔に被さる違和感に手を這わせてみると、プラスチックのようなもので出来ている面。多分、狐の形をしている。いや、猫か。それとも狸か。何かの動物には違いないが、この世界にも祭りの定番、お面なるものが存在していたとは。
「ヤバいって何が。女子の不安に震える顔をブサイクとでも?」
「ちげーよ。逆だ、逆」
「逆?この穴に目を合わせるんじゃないんですか?逆だと口のとこが目にくるので前見えないんですけど」
「面じゃなくて」
狐か猫か狸の面を回転させたり首を捻ったりしている果胡に、リタは少し呆れた目線を送った後、その手から面を奪ってきっちり顔に被せてやる。果胡にしては少し手の込んだ髪型が崩れないようにして。
「泣いてなくても潤んだ瞳ってのは男にとってヤバいの。無自覚も程々にしとけ」
「っ!」
息がかかるくらいの耳元で低く囁かれ、果胡は短い悲鳴のような息を吸ったような音を立てて身を仰け反った。後ろに倒れそうになり、すれ違った人にぶつかる前にリタが腕を引いて大きな胸の中に収めた。
「ついでに、また変な奴らうろついているといけないから、顔を晒して動き回るのはちょっとな」
「…そっちが本命でしょう。そうならそうと最初から言って下さい。もっと可愛い面、自分で選びたかった」
「センスなくて悪かったな」
兎がよかったとぼやきながら、果胡はもうはぐれないように、自然と伸びてきたリタの手をきゅっと握りしめた。
***
祭りは、日本のものと大して変わりはなかった。食べ物はあまり同じものは見受けられなかったけれど、射的や金魚すくい、ちょっとしたクジがあったりと、雰囲気は日本そのものだ。
出店は殆ど行列が出来ていて、飲み物を買うにも一苦労する。とりあえず夕飯代わりに串焼きと焼きとうもろこしくらいはゲットできたが、他は買うまでに時間が掛かりすぎて断念した。
「ここまで日本と似ているんならアレないんですかねアレ」
「アレ?」
果胡はキョロキョロと道の両端に並ぶ店に目を配らせる。日本でも定番のあの赤いやつ。食べるのがちょっと大変で、途中で飽きてしまうんだけれど、果胡の祭りのイメージはアレを手に入れることで決まる。
「林檎飴!」
「りんごあめ?」
初めて聞いた言葉だとリタは首を捻った。
「あれ?知りませんか?こっちにも林檎はありますよね?」
「そりゃあるけど、りんごあめってのは知らないな。飴なのか?」
「どっちかというと林檎?いや飴?林檎と飴です」
「林檎飴だな」
「でしょ」
果胡は小さめの林檎に飴でコーティングしたものだと説明したが、リタはそれでもピンときていなかった。どうやら林檎飴はこちらには存在していないらしい。林檎単体、飴単体はあるので、今度八百屋さんとお菓子屋さんにお願いしたら手を組んでくれないだろうか。
少し残念だと果胡が肩を落としていると、リタが小さくあ、と声を上げる。
「あれじゃね?」
「え?」
リタがそう指さした先、先程歌が披露されていた広場では、集まっている人の層が何だか変わっている気がする。何というわけではないが、何と言うか、むさ苦しいというか。
ステージというステージでもないが、ただ円状にロープで仕切られた空間があり、その後ろ側には弾幕が掲げられている。力強い字で『勝ち取れ!新商品を手に入れるのは誰だ選手権!』と書いてある。意図が全く読めない弾幕だと思うが、その横に小さく『この日の為に開発、林檎飴』と書いてある。まじでか。
「紛れもなくあれですね」
「開発したのか。この日の為に」
「優勝賞品が林檎飴か。豪華賞品なんでしょうね、きっと」
何しろ新商品だから。
どうやら選手権というのは剣の使い手が己の剣技を懸けて闘うという内容らしいが、屈強な男たちが林檎飴を取り合うのだろうか。勇ましいんだか可愛いんだか。
オリヴィアの魂を持っているとはいえ、やはり感覚のずれというものはあるんだな、と集まっていく剣技自慢の男達をぼんやり見つめていると、その視界にぐいっとリタの顔が入って来る。
「な、何ですか?」
「欲しいの?林檎飴」
「いや、売ってれば買おうと思ってましたけど…」
「んじゃ、勝ち取って来るわ!」
「えっ!?はっ!?ちょっ、ちょっと待ってください!」
果胡の返事も聞かず、しゅたっ、と男たちの群れに加わろうとうするリタの服を、すんでで掴んで引き留める。
「何?」
「何じゃないですよ!参加する気ですか!」
「する気ですけど?」
「馬鹿ですか!特別一等騎士、しかも王室付の騎士が参加するものじゃありません!場違いにも程があります!」
「えーっ、俺だってそこそこやれると思うんだけどなぁ。カコの為に優勝狙ってやるから!」
「そうじゃなくて!」
国に数人しかいない特別騎士、しかも王室付、特別騎士、一等騎士なんて三拍子そろった肩書の人間が平民の遊びの中に加わったらどうなると思っている。誰もが林檎飴どころじゃなくて戦意喪失してしまうに決まっている。闘う前から勝負は決まってしまうのだから。そんな中に林檎飴が欲しい一心だけで加わろうなんて、ちょっと剣に自信のある参加者たちに対する侮辱だと思われても仕方がない。大人げないことこの上ない。
「無自覚なのはどっちですか!王室付特別一等騎士がどんな肩書なのか述べなさい!」
「んー、ヘーカをはじめとするダウズウェル王族のみなさんにちゅうせいをちかい、いのちをかけておまもりもうしあげるぎじゅつをみにつけたつよいきし」
「よくできました。つよいきしはこういうところに出しゃばっちゃいけません私が行きます」
「はい?」
「いってきます!」
「は?え?ちょっと?」
リタが手を伸ばすよりも早く、果胡はあっという間にリタが行こうとしていた場所へ駆けて行った。
何がどうしてそうなった。




