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世界は全てを理不尽にして神子に押し付ける  作者: 咲乃いろは
第五章 侵されていく神子の存在
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神子の圧

「お前が神子ぉ……?」


男は眉を寄せられるだけ寄せて、口を曲げられるだけへの字に曲げて、盛大に顔を顰めた。

そんなに疑わなくたっていいと思う。そりゃあロッテのように綺麗でもないし、ボンキュッボンでもないし、神子の何相応しい容姿だとは思わないけれど。

怒りの元手が若干変わりながらも、果胡はポーカーフェイスを決め込んだ。ここで感情を出してしまったら何もかも水の泡だ。


「信じられませんか?」

「信じられるわけねぇだろ。俺たちは神子の顔を知っている。それはお前じゃねぇからな!」

「そうですか。自分が信じる世界が真実だと思っているんですね」

「…は?」


果胡は男がキレるかキレないかの瀬戸際を上手く撫でていく。舐められてもいけない、逆上させてもいけない、ほどほどに疑問と興味を抱かせながら、真実味を帯びさせていく。





「これを見ても嘘だと思いますか?」





淡白に言って、果胡は意識のないバートの傍らに再び膝を折る。未だ出血の止まらない腹部に右手を翳し、見た目では分からないくらい絶妙に、指先に力を入れる。

すると、青白い光がポゥと灯り、徐々に大きくなっていくそれは、すぐにバートの身体全体を包み込んだ。


「…こ、これは……」

「神子の力を求めると言うことは、神子がどんな存在かは知っているんですよね?」

「神力の、強い…」

「ご名答。勿論、それだけではありませんが、神子には強い神力が宿っていることが一番の特徴ですね」


まるで珍生物の解説かのように、果胡は淡々と続けていく。


「では、私が今使っているこの力は何か分かりますか?」

「…ち…、治癒……」

「はい正解。脳まで筋肉で出来ているわけではなかったんですね。安心しました」


血みどろの姿とは相反する柔らかい笑顔で、果胡は男に笑いかける。当然嫌味なのだが、男は驚きでもはやそうとは気付いてもいない。

光に包まれたバートの患部からの出血はもう止まっていた。全身に走った切り傷や擦り傷も跡形もなく消え去っている。


「ではついでにもう一つ。治癒というのは魔法ではほんの僅かにしか出来ないことは知ってしますね?」


魔法で出来ることは主に動の事象だ。攻撃、物体の状態変化、力を加えて起こることは大抵出来る。だが、加えた力を元に戻す、時間に逆らったようなことは出来ない。


それが許されているのが、神力なのだ。


治癒は謂わば時間に逆らった力。魔力に対して静の力ともいう。

魔法でも微々たる変化なら起こすことも可能だが、今果胡がやっているような大怪我の対処は神力でなければ痛み止め程度にしかならない。

それはこの世界に住む者なら誰でも知っていることで、目を剥いて驚いているということはこの男も果胡が今神力を使っているということは分かっている。それも、たまに見かける、ちょっと神力持ってるんだというレベルではない。




誰が見たって分かる、神子レベルの強大な神力。




「そ…、んな、馬鹿な…。では俺達が今まで見ていた神子は…」

「あの人も神子ですよ。…どうやら、あなたたちは知らないみたいですね。世間には知られないカラクリを」


果胡は嘲笑を含めた笑顔でふっと笑う。気付くか気付かないか分からないほど絶妙に。大袈裟感が増した出任せは、相手が何を信じていいのか分からなくなってしまう。現に、男はあわあわと目を白黒させていた。


「…ということで、あなたたちが望むものが神子なら、もう一人を探し回るより私を連れて行った方が早いでしょう?さっさと連れて行ってさっさと城から出て行って下さい」


ここは、果胡にとってもオリヴィアにとっても大事な場所。










「これ以上この場所を穢すことは許しません」










取り囲む重力が、一瞬増す。





「───…っ!」





息を呑んだ男から、果胡は視線を逸らすことはしない。相手を従えるような目を容赦なく注ぎ、噛み殺すような圧力を孕む瞳を真っ直ぐに向ける。屈強な大の男がともすれば腰を抜かしてしまいそうだった。

明らかに優勢だった男の立場はあっという間に取って替わられ、もはややけくそのように果胡の腕を掴んだ。


「くそ…っ、来い!」


焦りからか動揺からか、男の力は加減がなく、果胡の柔らかい肌に指が深く食い込むほど強い。骨まで折られそうな痛みに果胡は顔を顰めるが、声を漏らすことはぐっと我慢した。

バートの出血はある程度止めた。後は誰かが早めに見つけてくれればいいけれど。


「そんな引っ張らなくたって逃げないですよ。セクハラで訴えますからね」


腕には男の爪が食い込んで血が滲んでいる。大股で歩く男に果胡は引き摺られるようにしながら睨んだが、男は先に進むことに必死で振り返りなどしなかった。前だけを見て、ちゃんと前を見て、歩く先を見ていた。


それなのに。




「るせぇ。黙ってついてこ」

「カコ!!」

「ぐふぉっ!?」




突然目の前を通り過ぎた剣が頸椎を横殴りにして吹っ飛ぶまで、そこに人が現れたことに気が付かなかった。




濃紺が混じる柔らかい髪を少しだけ乱れさせ、長い睫毛の隙間からブルーグレーの瞳が水晶のように光る。




特別騎士の証である白い軍服は着ていないけれど、その強さが何よりも物語っていた。










「リタ……!!」










腕を引っ張る力がなくなり、代わりに彼の少し冷えた体温がそこに触れる。


「悪い、遅くなった…っ。無事か?」

「は、はい…っ」


全身を圧し潰しそうな荷物が一気に果胡の肩から消え失せたかのようだった。今まで何処にいたのかとか、ロッテと逢引でもしてたんじゃねぇのかとか、責める言葉はいくらでもあったのに、その姿を、顔を、声を感じるだけで、何の確証もない安心感に包まれて、どうでもよくなってしまった。もう大丈夫だ、これで何もかも上手くいく。保証もない自信が沸き起こった。

溜息のような呼吸のような息を漏らす果胡に、リタはすぐに上から下まで確認して、その無残な姿に眉を寄せた。


「お前、怪我は…」

「だ、大丈夫。私の血じゃないんです。それよりリタ、バートが…!」


安堵している場合ではない。すぐにバートの所に戻って治療をしなければならない。果胡が神力で止血したものの、弾は取り出せていないし、危険な状態には変わりない。

慌てる果胡の様子を察して、リタは何も訊かずに果胡が引っ張られて来た道を戻った。










「バート…!」


長い菫色の髪を血を吸わせて、バートはぐったりと床に転がっている。バートが騎士として働くことが少ないこともあるが、これほどの男がこんな風に意識を失って倒れている姿などリタも見たことがない。


「わ、私を庇って、撃たれたんです…っ。弾がっ、貫通してなくて、止血はした、けど、早く医務官に…っ」


とにかくバートを早く医務官の元に連れていきたい。気持ちばかりが先行して、果胡の言葉は上手く説明にならない。喉が絞まって上手く声が出せない。もどかしくて自分に腹が立ってくる。

ぐっと唇を噛む果胡の肩にリタの手がポン、と優しく乗る。落ち着け、と低い声が揺れた。


「騎士ならこのくらいの怪我は想定済みだ。医務官だって何度こんな怪我に向き合っていると思ってんだ。…大丈夫、死にはしない」

「……はい」


ストン、と何かが落ちたように納得させられるのは、リタの声だからだろうか、リタの言葉だからだろうか、リタという人間が言うからだろうか。不安の全てを拭いきれたわけではないけれど、深く呼吸を出来るくらいには落ち着いて、果胡はこくりと頷いた。

それを確認すると、リタはバートの身体を血溜まりから掬い上げ、よいしょと背中に背負った。リタよりバートの方が少しだけ背が高いしリタの方が線が細いのだけれど、軽々と抱え上げているようにも見える。

地下の隠し通路を抜けた所に怪我人を集めているらしく、バートをそこに連れて行くという。出張に出ていたエリスも急遽戻ってきて治療に当たっていると聞いて、果胡は重ねて安堵を覚えた。エリスは医務官としてこの城で一番腕がいい。

リタが通って来た道の敵は粗方潰したようだけれど、まだ油断はならない。周囲に気を配りながら果胡はリタに遅れないようついて行った。












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