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世界は全てを理不尽にして神子に押し付ける  作者: 咲乃いろは
第五章 侵されていく神子の存在
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奇襲

重量のある足音が忙しなくバタバタと走り回る音が一斉に鳴り響く。『こっちだ』とか、『急げ』とか、不穏な空気が人の声でかき混ぜられた。


「な、何でしょう…?」

「動かないで下さい、カコさん」


バートは一言忠告して、近くの窓から下を覗く。ここは正面玄関に面した二階の廊下だから外の様子が良く分かる。

果胡もバートの身体の隙間から下を覗くと、そこは先ほど見た静かな庭から一変した光景が広がっていた。鮮やかな緑が茶色や黒に焦げ、煙や小さな火が上がっている。即座に衛兵たちが対応して消火したり防衛壁を組むが、急なことにまだ間に合っていない。一体何が起こっているのかと城壁の外まで目を凝らすと、ヒュゥンッ!パァン!と破裂音がして敷地内の地面や壁に穴を開けていたのだ。


城が、攻撃を受けている。




「何事ですか!」


バートが走り回る兵を呼び止めて、鋭い声を上げた。声の主がバートだと気が付くと、兵は足に急ブレーキをかけて姿勢を正した。本来、職種の違うバートに兵が畏まることはないのだが、バートとはそういう存在なのだろう。


「あっ、はい!そ、それが!何者かから敵襲を受けているようです!」

「敵襲?ルヴィフィア国が攻撃されているというのですか!」

「いえ!攻撃を受けているのはこの城だけのようで!町は無事なようです!」


被害の規模はまだ城の壁に数ヶ所穴が開いたくらい。相手は銃や爆薬を使ってはいるが、一国の城を崩すような威力はないようだった。ただ、数が多く、急遽集められた城内にいる騎士達で何とか防御が間に合っている状態。このまま混乱に乗じて攻め入って来るつもりなのだろうとバートは眉根を寄せた。


「敵の正体の見当はついているのですか」

「い、いえ、はっきりとは…。この間捉えた反社の連中の仲間という線が有力かと思われますが」

「それは…」


表沙汰にされているこの間の事件の概要は、反社の人間が町で暴動を起こした、とそれだけだ。だが、もし今攻めてくる敵が本当にその連中の仲間なのだとしたら、真実を知っている者には敵の目的が自然と見えてくる。

果胡とバートの顔色は同じように変わっていくが、お互いにその懸念を口には出来ない。


「バートさん!今一番隊と二番隊は出払っていて、敵対出来るのは三番隊だけです!あなたも力を貸してもらえませんか!」

「何言ってるんですか!四番隊から十番隊だって立派な騎士のはずです!誇りを忘れましたか!侍従長に頼るくらいなら、小さな力でも実践を重ねたあなたたちの力を集めた方が余程有力です!」


こんな状況ながら、窘められた兵はドキリと胸を高鳴らせた。眼鏡を取ってしまっても尚、光を集めるベージュの目に睨まれても、彼の言葉は射竦められるどころか何かが沸き起こる気分になるのだ。後で自分も行くから先に行って三番隊隊長の指示に従えとバートの言った声に、兵は返事を響かせて駆けていった。

さすがは一等騎士の実力を持ちながら普段侍従長として人を取りまとめている者。人の動かし方を心得ているし、混乱した状況でも冷静な判断を下せる。ただ、状況が好転しているわけではない。バートの見事な士気操作に感心している場合ではないのだ。


「バート!人が城の中に…!」

「!」


バートと兵の声を聴きながら外の様子を見ていた果胡は、一人二人と敷地内に人が入って来るのを見た。三人目が入ったところで、防波堤が崩れ去ったかのように屈強な男達が数十人と雪崩れ込んでくる。あっという間に庭は人間同士が争い合う戦地となった。















戦力を持っていない者は裏通路を通って城の外に逃げる。最小限の兵がそれを率いて神の森の方へ逃げ込むのだ。勿論実際に神の森へ入るわけではないのだが、区域外の森の中は、身を隠すには絶好の場所である。万が一に備えて結界を張る準備は整っている為、強力ではないにしろ簡易的なシェルターになる。

使用人たちは早々に避難できたようで、城内に残っているのは兵と果胡くらいになった。果胡もバートが皆の所へ送ってくれ、バートはその後で対戦に向かうという。


「カコさん急いで!恐らく敵がもう城内に入っています!」

「は、はい!」


果胡は普段の運動不足を甚く呪った。オリヴィアの身体とは違うのだと、改めて分からされる。果胡はオリヴィアほど鍛錬をしているわけでもないし、育ってきた環境も違う。部活に入っているわけでもなく体力もない。脚の長さがバートの三分の二ぐらいしかないので、歩数は彼の二倍だ。上がる息で何を言われても返事をすることで精一杯だった。気を抜いたら離れていく背中に待ってくれという余裕もなく、果胡はついに足を止めて膝に手を置いた。


「!…大丈夫ですか」

「す…、み、ませ…っ」


バートは果胡が足を止めたことにすぐ気づき、戻ってきて上下する果胡の背中を擦る。近くに寄ってきても、バートの息は上がっているようには思えなかった。

遠くで、金属同士がぶつかる音が聞こえる。それが段々と自分達に近寄ってきているのは分かっているのに、焦れば焦るほど、果胡の息は整う様子を見せなかった。脂汗と冷や汗が混じったものがこめかみから顎に伝ってきて滴り落ちる。こんなに汗をかいたのはどれくらいぶりだろう。身体の至る所が疲弊して重く、汗を拭うこともままならない。なんて情けない姿だろう。強がることさえ出来ないなんて。

呼吸の多さで熱くなった喉が冷えてきた時、ようやく膝から手を離すことが出来た。息は整わないままだが、悠長に休んでいる暇はない。あとひと踏ん張りだと気合いを入れて身体を起こすと、その先でバートの小さい舌打ちが聞こえた。






「何者ですか、あなたたち」






果胡の身体はぐいっとバートの背中に追いやられ、彼の手には抜き身の剣が握られていた。え、と息を止めて見たその先には、四、五人のバートよりもガタイのいい男たちが同じように剣と銃を構えて立っていた。


「大人しく神子渡してもらおうか」

「頭の悪い人達ですね。はいどうぞ、と渡すと思っているのですか」

「頭が悪いのはお前らだろう。お前たちが渋れば渋るほどこの城は崩れていく。城だけじゃない。今頃国王の命も危ないくらいだろうなぁ?」


このグループのリーダーか、一番前の男が分厚い唇でニヤリと弧を描かせる。とても上品とは言えない笑いに、果胡はぞっと背筋を凍らせた。汚らわしい笑みだけじゃない。彼らはエーベルハルトの命までも狙っている。


果胡の、いや、オリヴィアの父親を。


思わず力が入って握りしめたバートの服を、はっとしてすぐに離す。バートは震える果胡の身体に気付いていたようで、小さく大丈夫ですよと声を落としてから男達に冷静な目を向けた。


「生憎、城が崩れようと国が崩れるわけではありません。城ならどうとでもしてください。優秀なうちの職人に掛かれば全壊しようと二ヶ月足らずで再建できますしね」


こちらの余裕たっぷりな笑みは美しい。妖しさで寒気がするくらいに。凍り付きそうな笑みに中てられた目の前の男達も、思いがけず激務を強いられるであろう城の大工さん達もきっと青ざめている。


「それに、陛下の元へ行った人達は運が悪かったですね」

「何だと?」

「おや、あなたたちはルヴィフィア国の人間ではないのですか?まさかうちの王室付特別一等騎士の実力を知らないわけではないでしょう?」

「………」


妖艶に小首をかしげるバートから目を離さず、男はぐっと押し黙る。国内外の人間問わず、ルヴィフィア国の特別騎士が桁違いの強さを持っていることは全世界が知っている。国内の人間でないのか訊いたのは、敵の本来の目的が国王であるエーベルハルトではないと知った上でのバートの嫌味だが、どちらにせよエーベルハルトの方へ向かった連中の身の安全は保障出来ない。

姿が見えなかったリタがエーベルハルトの元に駆け付けているかどうかは分からないが、王室付特別騎士はリタだけではない。むしろ敵の個々の実力自体は知れている為、特別騎士ほどの強さがなくてもエーベルハルトの身は守れるだろう。冷静に考えればエーベルハルトの心配をしている場合ではないのだ。


「…まぁいい。人質は国王でなくてもいいんだ。その気になればこっちは町中にも踏み込める体制を整えている。民衆に危害を加えたくなければ、大人しく神子の居場所を吐くことだな!」


窓から遠くに見える城下町は何事もないように平穏な日常を送っている。もしかしたらこの城の状況が少しは伝わっているかもしれないけれど、それでも実被害があっているようには見えない。あの平和が、一瞬のうちに崩される。下の庭のように。


「国王より神子を、ですか。変わっていますね。あなたたち反社会勢力が手に入れたい力は神子ではなく国王が握っているはずですが?」

「残念だが、俺達は言う程反社会勢力でもない。国の実権とか財力とか、どうでもいいからな!」

「ほう…、では何を手に入れたいと?」


低く、バートの声が唸った。

警戒というよりも、威嚇のような呻き。


だが嘲笑うような男の声は、その威嚇を甘く見たようだ。









「そんなものよりもっと素晴らしい……。神の力───…!」










言い終わるや否や、室内とは思えない突風が巻き起こり、一気に前列三人の男達を巻き上げて吹き飛ばす。




「ぐわあ!!」




それが始まりの合図だった。

果胡の姿を隠すように立っていたはずのバートは、瞬きの間に敵の中に突っ込んでいた。殆ど呻き声も叫び声も上げさせず、一切の攻撃も許さず、武器と人間の皮膚を切り刻んでいく。

血の雨を降らせた、というのが至極相応しいくらいにバートの剣が舞い、敵が次々と倒れていく。敵は数人であったから然程時間が掛かったわけではない。だが、その姿が本当に演舞のようで、果胡には一瞬一瞬の時間が止まって見えていた。

見惚れると言ったら少し違う気もするがそれに近い。人が斬られていくのに、目を離せないのだ。血があんなにも舞っているのに、果胡のところには一滴も飛んでこないからか、本当に綺麗な舞だと勘違いしていたのかもしれない。



だからだろうか。



背中から向けられる気配に、何にも気付かなかった。









「カコさん後ろ!!!!」









果胡本人よりも早く気が付いたバートが咄嗟に叫んだ時には、真っ黒い銃口がこちらを向いていた。


見惚れていたのか呆けていたのかそのどちらもか、身体は一ミリも動くことなく、そこからスローモーションのように銃弾が飛び出してくるのを呑気に見つめていた。










「カコさん──────……!!」













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