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世界は全てを理不尽にして神子に押し付ける  作者: 咲乃いろは
第五章 侵されていく神子の存在
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遅くなった想いの吐露

「あれ、いませんね」

「本当ですね」


果胡とバートはそのまま二人でリタがいると思われた庭にやってきたが、彼の姿は見当たらなかった。バートによる使用人の勤務状態の把握は完璧だ。勘違いでなければ間違えると言うこともないはずなのだが、庭には色とりどりの植物と精巧に造られた置物と数人の庭師の姿だけがあった。

そんなはずは、とバートは常備している使用人の勤務表を確認するが、間違いはないらしい。となればリタがここにいない理由は二つ。一つはサボり。そうだったら大抵屋根の上で寝ているか、裏庭の隅っこで寝ている。どちらにしろ寝ている。そしてもう一つは。




「……ロッテの部屋、ですかね」

「え?」




自分では思いつかなかった場所に、バートは眼鏡の先で目を丸くして果胡を見た。注がれるベージュの視線に、果胡もあっと声を上げて、慌てて弁明する。


「ああいや、この前たまたまロッテの部屋に入る所を見かけたんで、もしかしてと思って」

「確かに彼は特別騎士で、ここ最近は騎士としての仕事が多かったようですけど、現在は神子の護衛はアルフです。リタが出入りする用事はないはずですが」

「そ、そうですよねぇ。忘れて下さい」


バートがそれ以上追及することはなかったが、不審な目は拭えなかったように思う。

危ない、と果胡の背中には冷や汗が流れる。リタがロッテの所にいるかもという予想は、彼がしばらくアルフに変わってロッテに付き添っていたことを知っているからだ。バートは恐らく知っているだろうが、果胡が何故そのことを知っていると言われたら、何も言い訳が出来ない。箝口令が敷かれているようなことをリタが話してくれたとはとてもじゃないが言えるわけがないのだ。


「でもまぁ、リタとロッテは仲がいいですから、有り得なくはないですね。行ってみましょう」

「ソ、ソウデスネ」


バートの意識が逸れたみたいで、果胡はほっと胸を撫で下ろして彼の背中を追う。

そういえばバートの背中を見たことは数少ない。いつもいつも、追いかけられる方だったから。怨念のように執念深く、機械のように正確に逃げ道を分析してきて、家族のように温かく厳しい彼は、決してオリヴィアを甘やかしてはくれなかったし、諦めてもくれなかった。神子や王女の権限を武器にして逃げ回るオリヴィアを一度も見放さなかった。しつこくて、頭が固くて、厳しくて、温かい。彼の背中を見たのはたった数回。

バートから逃げている最中に、オリヴィアが襲われそうになった時だ。


あの時初めて、バートが本当に騎士としても強いのだということを知った。戦うこともなく、その威圧だけで敵を一蹴したのだから。




「バート」


「はい?」




腰に携える剣は飾りではない。その剣に誓った忠誠は戯言ではない。

彼はかつて、オリヴィア=ダウズウェルをその剣で守った騎士の一人だ。




「あなたがその剣で守るものは何ですか?」




その背に回して、盾となるのは。







「忠誠を誓った主、ルヴィフィア国ですよ」







淀みなく答えるバートは、振り返りもせず前を見据えたまま。決して見失く事のないよう。




「……そうですよね」




当たり前だ。彼はダウズウェル家に仕える重要な騎士なのだから。


「一体何故そんなことを訊くのですか?」


バートはやっと果胡に振り向いて、光が柔らかく反射する瞳を注いだ。目つきはきついのに、その瞳は柔らかい。彼そのものだ。


「いえ、特に意味はありません。あなたは侍従長なのに騎士でもあるんだなぁと思っただけです」

「私は元々騎士だったんですよ。それがどういったことか、この立場に」


不本意だと言いたげなバートの表情に、果胡は密かに笑い声を漏らした。

彼が望んで侍従長になったのではないと果胡は知っている。本当は騎士として一生を過ごし、軍隊長になって兵を率いたかったのだとも。

オリヴィアの父、エーベルハルトに気に入られてしまったのが運の尽きだったのだ。何でも卒なくこなすバートに城の使用人を取りまとめてほしいと王に懇願されては、決して強制的ではなくても頷く他ないだろう。本来の目的はオリヴィアの教育係兼護衛にしたいという策略だったのだろうが、バートはそれも分かっていてエーベルハルトの願いを受け入れた。


「…あなたは、それで良かったんですか?騎士に未練はありませんか?」

「未練がないと言ったら嘘になりますが、後悔はしてませんよ。騎士じゃなくなったわけではありませんしね」

「でも、騎士に従事することは殆どないのでしょう?あなたが嫌だと言えば、陛下は何かしら対応してくれるのではないですか?」


今だから訊ける。果胡だから訊ける。昔は何だか後ろめたくて見ない振りしていたけれど。

ゆっくりと首を横に振るバートには、本当に後悔も不満も感じられなくて、むしろ晴れやかにも見えた。


「当時は何となく残念な気持ちも持っていたでしょうが、今思えば自分はこれで良かったのだと思っています。アリスターさんやリタ、アルフのような特別騎士達、異次元に強い騎士を見ていると、あれほどに強くなければ騎士として生きていけないのだと思う時があって、足が竦みます」

「いや…、あの人達はちょっと、ね…。あなたの腕なら優に一等騎士にはなれるはず…、とリタは言っていましたけど」

「騎士とは剣の腕だけではないんですよ、カコさん。実力、体力、頭脳、勇気、気迫、精神、忠義。才能と努力をバランスよく極められた者だけが許される職業なんです」


バートが騎士をそんな風に捉えているなんて、果胡は初めて知った。思えば、彼はオリヴィアに剣を教えながら、時々騎士の訓練に目を向けていた。あの時は騎士に未練があるとばかり思っていたのだけれど、それだけではなかったのだ。


「私には極められなかったんです。陛下からの依頼を受けることを言い訳にして、極めることをやめました。結局、私は騎士よりもこの仕事が合っていて、陛下には感謝しているんですよ」


ストイックな彼が言っているとは到底思えなかった。だけど多分本音で、出任せに出てきた言葉ではない。諦めではない見据えた目が物語っていた。

人生の殆どを彼と過ごしたオリヴィアだったら分かる。






「…バートが今の仕事に就いて良かったと思う人は、きっとあなたや陛下だけではないですよ」


「!」






少なくとも、万年反抗期の一人の少女がそう思っている。


伝えられないのが残念だけれど、少しでも伝わればいい。





「私たち使用人が良い環境で働き、生活し、時には騎士であるあなたに守られた人だっているんです。今の仕事を言い訳だなんて言わないで下さい。バートが今のあなたで良かったと思う人が悲しみます」


「……カコさん……」





あの時言葉に出来なかった感謝を、こんな形で伝えることになろうとは思ってもみなかった。








「私が今こうして在れるのもあなたのお陰ですよ、バート」








鬱陶しい教育係にお礼を言う日が来るとは、オリヴィアも思ってなかっただろう。


ただ、バートが嫌いだとも思っていなかったけれど。








「ありがとうございます」








たったこれだけを言うのに、十六年間もかけてしまった。

その言葉を待っているはずもなかったバートは、何が何やら困惑した顔だったのは仕方ない。








微笑んで丁寧に頭を下げる果胡に、バートは慌てて肩を掴んで頭を上げさせた。




「…、私は職務を果たしているだけで、お礼を言われるほどのことは──────」

「──────…え?」












鉄が叩かれたような甲高い音と共に、人の叫び声が聞こえてきたのはその時だった。










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