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死に際の夢

病気ではなく、倒れてしまった原因は分かっている。下手に医務室に行って薬をもらったり診察を受けたりすると面倒なことになりそうだし、それよりなによりエリスが面倒だ。果胡がそう訴えると、リタは果胡の部屋に運んでくれた。元よりリタもそのつもりだったようだが。


「すみません、迷惑かけました」

「そりゃいいけど、一体何があった?」


果胡は一部始終を説明しようと枕から頭を上げようとしたが、途端に視界がぐにゃりと歪む。横になっていても眩暈がするのに、起き上がればそうなることは当たり前だ。リタに無言で肩を押されて枕に頭を戻された。まだ寝てろ、と気怠い視線が言っている。

果胡は一言このままで失礼、と断ってから、託宣の間での出来事をかいつまんで話した。


「結果として、ロッテがそれなりに神子の仕事をやれているのも確認しましたし、神と話すことも出来ましたが、情報は殆ど得られませんでした。神から話せることはないそうです」

「まぁ、そう簡単にはいかないよな」

「意地悪で隠しているわけではなさそうなので、本当に話せないんでしょうけど、私の過去については話してくれたみたいです」

「…()()()?」

「聞いてる途中で気を失っちゃって、覚えてないんですよ。どうもこの身体で神の声を聞くことに慣れていなくて、負担になってしまったみたいです」


慣れてくれば問題ない、と果胡はリタを安心させるように言った。懸念するところはそこではないからだ。

果胡は神と話していて、確かにそのことによる身体の負担を感じた。それは誰でもあることで、オリヴィアの時も最初の内は同じような感覚を体験した。だが、これほどだっただろうかということだ。多分神は正直にオリヴィアの死の真相を話してくれた。だが、その内容が頭に入って来ないくらいに体調は悪くなり、終いには気を失ってしまうという失態。いつまでたっても目を覚まさない果胡に、仕方なく神が起こしてくれたが、その後もやっと意識を保っておけるくらいの状態だったのだ。どうにか神の森からは抜け出さないと、こんなところで気絶したままでは誰の目にも留まらない。フラフラしながら来た道を戻れば、いろんなところで引っ掛けたのか、服はボロボロになっていた。このままでは神の森に入っていたと疑われるかもしれないと、破れた服を脱ぎ棄てたらもっと怪しい格好になってしまった。外には出られたが、その時点で周りを巡回していた門番に見つかってしまったのだった。

そこまでを大雑把に説明した果胡は、それだけでも疲れた、とため息をついた。


「神も何だか躊躇していましたし、私は一体どんな死に方をしたんでしょうね。リタ、何か知りませんか?」

「知ってたら話してる。俺がお前の死を聞いたのはバートからだった。何故オリヴィアが死んだのか何度も聞いたが、オリヴィアの名誉の為、と言って話してはくれなかった」

「名誉の為…?」

「ああ。そして、オリヴィアの身体が葬送された後、皆お前のことを忘れた」

「………」


葬送の儀の終了とともに、世界はオリヴィア=ダウズウェルを抹消する。そういう魔法を施した。果胡はそのことは覚えている。しっかり葬ってもらわなければ、後で遺体が出てきたりなんてしたら身元を調べられる。そうなったらせっかく皆から記憶を消したことが無駄になる。墓に入ってしまえば、訪問する者がいない限りその危険性はないのだ。

バートが言う”名誉の為”とは一体何だったのか。それを問う相手いない。やはり全知全能なのは神しかいないのか。


「…後日、また神に訊いてきます。私が転生した理由に繋がることが何か分かるかもしれない」

「カコ、顔色が真っ白なままだ。体調戻るまで無理すんな」

「大丈夫です。神と話すには回数重ねて慣れない、と…、…リタ?」


果胡の視界を、大きな手が阻んだ。

暗く、何も見えないけれど、そこから伝わるリタの熱は、逆らえないほどのもの。





「いいから言う事きけ」





終始ぼんやりとした口調でしかないのに、その時だけは心臓が飛び跳ねそうなほど強い声だった。











***











ぐるぐる


ぐるぐる


ぐるぐると廻る




渦に巻き込まれて抜け出せない




酷く酔って、気持ちが悪い




いや、気持ちが悪いのは酔っているからではない




肌に触れる熱と、抵抗も虚しい強い力と、獣を思わせる熱い息




身体に力が入らないのは大怪我を負っているからか、それとももう諦めてしまったからか




これが最後だなんて、あんまりだとは思ったけれど































「────────……」





飛び起きると言っては物足りないくらいの寝起き。これ以上ないくらいに瞼を持ち上げ、もう二度と沈むものかと夢の中からもがき出る。遠くで鳴る耳鳴りが治まるのと、歪みまくった視界がはっきりしてくるのはほぼ一緒だった。やっと自分が寝ていたのだと理解し、まだ少し痛む頭を気付かない振りをして上半身を起こした。同時に、膝の上にポトリと湿ったタオルが落ちる。前髪が変な形に浮いていて、ここに添えられていたのだと悟った。手に取ればまだ少し冷たくて、氷水から絞られたばかりなのだと分かった。恐らく今の今まで起きていたのだろう。リタが隣で頭だけをベッドに投げ出して、規則正しい寝息を立てていた。

このまま寝かせておいてやりたいが、今日は彼は朝から仕事だと言っていた。しかもバートの手伝いだというから、遅刻したらまずい。果胡は仕方なくリタを揺り起こした。


「リタ、リタ。起きて下さい」

「ん…、」


寝入ったばかりだったからか、リタはすぐに果胡の声に反応し、瞼を薄く開けた。自分の睫毛に翳る瞳が酷く艶めかしく煽情的だ。そんな寝ぼけ眼のまま頭を起こしたリタの頬には、シーツの痕が薄くついていた。


「おはようございます」

「…んあぁ、カコ、おはよ。…体調は?」

「寝たら大分すっきりしました。幸い今日は午後からの勤務なので、仕事にもいけると思います」

「ああそう。ならよかった」


そう言いながらリタは口端が切れそうな大きな欠伸をかます。背伸びをすれば背中の骨がゴキリと鳴ったのが果胡にまで聞こえてきた。


「…看病、ありがとうございました。すみません、今から仕事なのに、眠れていないですよね」

「ん?あーいや、こんなのは寝不足のうちに入らないから大丈夫。お前の看病なんて手慣れてるしな」

「……?そう、でしたっけ?」


果胡はオリヴィアの過去を探るが、彼女が病気がちだった記憶はない。小さな怪我は誰よりも多かったが、風邪すら殆ど引かなかったはずなのだが。単に記憶が削られているだけか。

リタはそーだよ、と笑いながら果胡の膝上のタオルを手に取り、氷が入った桶の中に浸した。


「看病…に分類されるかどうか分からないけど、お前は眠るのがあまり得意ではなくて、いつも夢見が悪そうだったから、俺がいつも寝かせに行ってたろ」

「あ…、あー…そういえば…」

「思えば幼い子どもに神子の重圧が重すぎたんだと思うし、当の本人はその自覚もなく何でもしょい込むし。どんな過酷な軍事訓練より、俺あの頃が一番辛かったわ」

「えっ、あ、す、すみませ…」


身体は元気だけれど、何日もまともに眠れなくて毎日のようにリタに手を握ってもらったことを思い出す。オリヴィアがリタの部屋に行くこともあったが、王女の自覚をしろとリタがオリヴィアを彼女の部屋に戻して眠るまで隣にいてくれた。父親も母親も忙しく、傍にいてくれるのはリタしかいなかった。リタがいれば安心して眠りにつけた。怖い夢も見ることなく、温かい体温が手に触れているまま朝を迎えることが出来ていた。

あの時リタもオリヴィアに付き合って眠っていなかっただろう。あの頃は自分のことで精一杯で人のことを気遣う余裕もなかった。

今更ながら、彼に悪いことをしたと果胡は慌てて頭を下げようとしたが、リタはそうじゃないと絞ったタオルを再び果胡の額に押し付けた。








「俺はお前が弱っている姿を見るのが辛かっただけ。ちょっとやそっとの寝不足なんて、夜が明けてお前が笑ってればどうってことねぇよ」








仕事の時間までもう少し寝てろ、と言い残して、リタは欠伸をしながら部屋を出て行った。








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