表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/185

向かう戦地

医務室に戻って来た果胡は、中の怒号が飛び交う騒々しさに、いけないものを見たと開いたドアを再び閉じた。およそ医務室から聞こえてくる音とは思えない騒音がするのは、果胡の耳がおかしくなったのではない。もう一度真実を確かめようと、そっと小さくドアを開けると、医務官という医務官が右に左に上に下に慌ただしく動き回っていたのだ。聞こえる声は叱責、いや八つ当たり。指示、いや丸投げ。説明、いや捲し立て。普段患者に向けている天使の対応は誰の手からも奪われている。

果胡が出ていく前は多少の慌ただしさはあったものの、ここまでではなかった。席を外していた時間も三十分程度のはずだ。ほんの僅かな時間に何があったというのか。


「あー、カコ!帰ったな、良かった!」

「は、はい?」


全然良い気がしない。

藁をも掴みたいと物語っているエリスの切羽詰まった顔色が、戻って来た果胡を見つけたことで一ミリだけ眉尻が下がる。この医務室の状態ならすぐに元に戻るだろうけれど。


「た、大変そうですけど何かあったんですか?」

「外戦だ!話し合いに赴いた使節団が奇襲を受けたらしい!」

「えっ…えっ!?」


エリスは説明をしながら、同時に混乱する果胡の手に次から次へと物を乗せていく。訳も分からず、とりあえず渡されたそれらを見ると、鞄や服、救急用具をわんさか積まれていた。


「これは…?」

「必要な道具に決まってんだろ!」

「必要とは何に必要な道具でしょう?」


いや、まさかと果胡は思った。だってまだ新人だし。一応平和な日本で育った戦争未経験者だし。オリヴィアの記憶だって戦地そのものを見たことなどない。そんな甘党人生の齢十六歳が。


そんな、まさか。







「戦地救護班に必要な道具だよ!」







まさか戦地に赴けと?


















***


















やはり医務室はブラック企業だ。そう思うのは果胡が甘い世界で育ってきたからだろうか。

ウインドブレーカーっぽい服にに大きめのリュックという登山スタイルを強要された果胡は、詳しい事態を把握する前に流されるようにして騎士団第一番隊の救護班に加わった。さすがに一人でというわけではなく、医務室の先輩、エマ=フレッカーが一緒だ。彼女はここ数年で医務室勤務になっているが、その腕を見込んでエリスが直々にスカウトした超実力派だ。今回救護班の主力選手は彼女で、果胡はその補助を任されている。考えてみれば当たり前だ。専門知識のない素人が医療行為を行えるわけがない。と言ってもこの世界の法で素人の医療行為禁止が厳密に謳われているわけではない。人間の心情的に出来ないだけだ。いざとなれば手術しろとか言われるんじゃないかと、果胡は気が気じゃなかった。


戦地には先に近くにいた二番隊が到着している。ただ、二番隊も国交関係を結んでいる国の内戦の仲介に行ったその足だったので、物資が充分でない。早めに一番隊が駆けつけて戦力を交代してやらなければならないのだが、現地に着くまでは早くとも二日かかる。少しでも足を速めようと、一番隊は夜通し歩き続ける。

屈強な男達がゾロゾロと歩く一番後ろで、果胡は一時間に一回、溜息を漏らしていた。


「はあああああああ…」

「だだだ大丈夫ですか?カコさん」

「大丈夫じゃないです逃げたいです」


前を歩いていたエマが足並みを揃えて果胡の顔を覗き込んでくる。小さい顔にはサイズの合わない大きめの眼鏡がずれ、翡翠のような瞳が案じる色を滲ませていた。


「つ、疲れましたか?お水飲めばありますけど…っ」

「ああいえ、大丈夫です。疲れてはいますけど体力的な問題ではないので」


主に度重なる心労だ。もちろん身体的疲労がないわけではないが、今は緊張や不安が大きすぎて殆ど気にならない。エマは城を出発した時から果胡を気にかけてくれていて、逐一声を掛けてくれる。エマの性格からして、彼女の心労の方も心配だ。


「あ、そ、そうですよね。初めての戦地救護、不安ですよね…。…そ、その、わ、私じゃ頼りないかもしれないですけどっ、私に出来ることがあれば、手伝いますからね…!」

「手伝うのは私の役目であるはずですから、エマは是非最前線でお願いいたします」

「あ、あっ、そうでした!」


エリスはエマを至極高く買っていて、医務官五人分の仕事をしてくれると言っていたが、終始オドオドとしている彼女を見ると、どうもエリスの言葉が信じられなくなる。メスでも持てば、あ、違うとこ切っちゃった!テヘ!なんてこと日常茶飯事でやっていそうでしかない。

眼鏡を整えながらタハハと照れるエマは、これでも果胡より二つ年上だ。小柄な体型と童顔、引っ込み思案で地味な性格もあって、実年齢より五歳は幼く見える。





「カーコ」

「!」





あまりにも幼く見えるエマの顔をまじまじと観察していたら、後ろから呑気な声がした。後ろからというより上から降ってきたような声に振り返れば、殆どぶつかりそうな距離でリタがくっついて来ていた。


「リタ!?こんなとこで何してんですか!」

「何って仕事」

「え?救護班の応援ですか?エリスが城内の医務室も人手が足りないからこれ以上は人員を割けないって言って、私とエマだけになったはずなんですが」


現地に一番隊が到着すれば二番隊は城に帰り、傷付いた兵士が医務室に押し寄せる。その時の為の準備、争いが長引いた際に出動する三番隊につく救護班、入院中だった患者。元々人員不足だった医務室はこうしてイレギュラーがあると戦地と同等の修羅場になる。そんな状況なので、城の雑用をこなすリタが配置されるのなら、城の医務室であるはずだった。


「今回は救護班じゃない。戦力として応援」

「応援って…、声援ってことですか?」

「それもするけど」


ルヴィフィア国頑張れー!と叫ぶとでも言うのだろうか。生死が分かれる戦いの中でそんな間抜けがいるなんて聞いたことない。果胡とて本気でそう思っているわけではないが、それよりもリタが戦力という方が信じられなくて、目を瞬かせた。リタは他の隊員と同じ、色違いの服装、それから腰には武器が携えられている。それがメガホンではなくて立派な剣だということは、本当に声援ではないことは確かだった。


「戦う…、ということですか?」

「ま、そういうことですね」

「リタって戦えましたっけ?」

「それなりに」

「剣とか持ったことありますっけ?」

「それなりに」

「戦争って知ってますっけ?」

「嫌と言うほど」


そうだ。

リタは元々僻地の村出身で、その村は内戦によって焼かれた。彼の両親が亡くなったのはそれとは無関係だが、彼が地獄のような景色を見たという事実は間違いない。知りたくもないのに知らないわけはないのだ。

驚愕が大きすぎて、果胡は思わず口走ってしまった言葉にしまった、と唇を噛んだ。本人は大して気にはしていないようだが、どうにも質問しづらくなる。


「…すみません」

「何が?それよりカコ、お前も戦地救護班に行くんだな」

「え?あ、はい。先輩の補助です」

「先輩?」


果胡はくい、と身を逸らせて自分の影になっているエマに手を向けると、リタはそこでようやくエマの存在に気が付いたようだ。エマは身を固くしながらペコリと頭を下げる。リタとは初対面らしい。


「あー、なんかエリスが何年か前に言ってたな。若い期待の星が入って来たって。それってあんたのこと?」

「き、き、期待の星!?いいいいえ!それは私のことではないと思いますが…!」

「違うの?常に俯き加減の大きな眼鏡のオーラがいつでも曇ってそうなネガティブな女の子って、」

「あ、私ですね」


追加情報を聞いてエマはあっさり認めた。半分悪口のようにも思えるが、自己評価の低い彼女にとってはそれらは全て言われて当然、自分のことを指している最も端的な特徴であるのだ。

ああやっぱり?とリタの方も悪口を言ったとも感じておらず、果胡が彼の苦い過去に触れてしまった後悔が馬鹿らしくなった。


「あ、あの…、私も聞いております、リタさんのこと。借金で首が回らなくなって、繰り返し犯していた罪のエンドレスループから国王様が救ってきた方だと…」

「ちょっと待って。何を聞いたのそれ」

「…リタ、そんなにお金に困っていたなら言ってくれれば」

「困ってるの俺へのイメージ」


一体何がどうなったらそんな噂が飛び回っているんだとリタの目が遠くなる。リタが通る度、城のメイドや執事の目がよからぬ印象を持っていたのは誰も隠そうとしなかったが、リタだって傷付く人間だ。他人の目など無関心な方ではあるが、まさか国王まで巻き込んだ噂になっているとは。

リタはちょっと落ち込みながらも、まぁいいけど、と諦めて、不意にエマに目を向ける。


「悪いけどエマ、ちょっと外してくれる?」

「えっ?あ、はい…。…?」

「ごめんな。カコと至極プライベートな話があるからさ」

「プライベート…」


リタの急な申し出に、エマは頷きながらも首を捻っていたが、リタが意味ありげなウインクを飛ばすと、はっと何かに気が付いて顔を赤らめた。


「…!あっ、は、はい!そういうことですか!今察しました!すすすすみません、気が利かなくて!さ、先行ってます…!」


エマはわたわたと慌てふためきながらも、ちょっとホクホクと表情を綻ばせてパタパタと先に進んで行った。

エマが一体何を察したのかは分からないが、リタが果胡に話すことがあるというのは本当なようで、それはエマにも聞かせたくないことみたいだった。果胡とリタは少し足を緩めて、集団からある程度の距離を取り、互いにしか声が聞こえない状態にしてからリタが話し始める。




「今回の戦、詳しいこと聞いてるか?」

「いえ。バタバタと出てきたので殆ど何も。話し合いに行った向こうで奇襲を受けたとは聞きましたが」

「そ。それな、その、そもそも話し合いに行った理由だけどな」


リタはのんびりとした口調を変えないが、内容的にも声のトーンでも、ふざけたことを言い出すのではないことは分かった。








「神子に関する話だったらしい」








果胡はひゅっと短く息を吸う。


神子に関する何を話したのか、神子とはこの場合誰を指しているのか、何故リタがそんな秘匿情報を知っているのか、沸き上がった疑問が多すぎて、何も声には出せなかった。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ