過去の嫉妬
消毒液のツンとした特有の匂い。果胡はこの匂いと白で纏められた清潔感のある雰囲気か嫌いではない。ただ、あちこち汚しそうでそわそわはする。
医務室という場所は、何度も来たことがありながら一向に慣れない場所である。いつ見ても汚れ一つない天井や壁は、相変わらず見事なものだった。果胡は瞼を上げて、眼球だけを動かして捉える視界に、リタの姿があった。
「起きたか」
「私寝てたんですね」
「そりゃもうぐっすり。お陰様で今日の任務は終えた」
リタは磨いた銀食器を指の間に挟んで、自慢げに見せびらかしてくる。銀食器以外にも皿や花瓶なんかも厨房で磨いてきたらしく、銀食器のみここに持ち込んで磨いていたらしい。
「さすがに生まれ住んだ家で迷うことはないんで、リタがここで待ってることなかったんですよ?」
「やー、向こうでやると料理長の磨きチェックがうるせーから逃げて来たんだよ。こっちで終わらせて、テーブルセッティングする直前で持っていけばチェックから逃れられる」
「その労力違うところで使ったらどうですか」
この城の料理長はかなり細かい性格をしているし、神経質だ。人が悪いわけではないのだが、その性格故避けられることが多い。料理に携わる仕事をしている人達は大体そんなイメージだろう。
その分腕は天下一品だし、味に妥協は許さない。勿論料理の見た目にもこだわる。味わうって何?と口を揃えていた情緒の欠けらも無い悪ガキ二人は、気難しい料理長を唯一泣かした人物だと言われてきた。恐らくその記録は今も抜かれていない。
「それにしても、バートに会ったのは予想外でした。まだ城にいたんですね、あの人」
「お前がいなくなった後、何事も無かったかのように国王の国務補佐をやってるよ」
「そうですか。何だかんだバートは国でもトップレベルで賢い人ですからね。私の教育係になど時間を費さず、最初からそうして国務に尽力してれば良かったのだと思います」
果胡は身体を起こして、膝上の真っ白なシーツに細い手を被せる。同化するほどに色白な肌は、オリヴィアとよく似ている。
「何、ジェラシー?」
きゅきゅ、と銀食器を布で磨く手を止めず、呑気なリタの声は果胡を煽る。尤も、煽るつもりなどないし、単純質問だったのだが、果胡にとってはそう聞こえても仕方ない。
「…いえ、素直な感想です。彼は厄介な人でしたけど、ルヴィフィア国にとっても優秀賞な人材です。問題児に手を煩わせている時間など惜しかったでしょうに」
「だったら真面目に授業受けてやれば良かっただろ。決められた時間に始めて決められた時間で終わったことなど無かったくせに」
所定の時間、場所にオリヴィアが待っていることなどなく、その度にバートが探し回るという流れが恒例と化していた。オリヴィアとバートが、道行く使用人達にお互いの姿を見かけていないか聞いて回るという城中を巻き込んだ追いかけっこになり、国王に二人して怒られたという伝説も残っている。あの時のバートの顔は赤やら青やらいろんな色になっていて、実に面白かったとオリヴィアの記憶にはある。
「失礼な。記憶が正しければ一度だけ真面目に受けたことありますよ」
「正しいのか?その記憶」
「恐らく」
と果胡は言ったが、それは鮮明に覚えている。あの時初めてバートが怖いと思ったから。




