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いつかの魔法  作者: 紀之貫
第5章 真実
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第215話 「それぞれの思惑」

 黒い月の夜が明けての最初の報告を、軍師殿が淡々と行う。目下のところ注目を浴びていたのは、大師殿の調略にさらされた――いや、まだ策が継続中かもしれない――フラウゼ王国だ。しかし、総司令官が替わったとの報があったものの、戦況に変化はなかったようだ。

 特に変わりのない、例年通りの報の後、珍しく聖女殿が口を開いた。「孤高の徳が帰りました」とのことだ。

 それぞれの徳が、今どこの誰に回されているのか、正確に知っているものはいない。管理者たる聖女殿も知らないだろう。まぁ、与えたらそれっきりという御仁だから仕方ないが。

 そんな中、孤高の徳の持ち主については、今ここにいる5人の全員が知っている。昨秋、フラウゼ王国王都への襲撃を行った殊勲者だからだ。

 その彼の徳が還った……すなわち、彼の訃報を聞いて、豪商殿は悲嘆に顔を歪めた。直接の付き合いなどはなかっただろうが、彼の心情に嘘偽りがないとは感じる。この会合を取り仕切る軍師殿も、彼の死については思うところがあるらしく、顔が曇っている。彼女も、彼との付き合いはそうなかったろうが、目をかけていたのは知っている。

 一方、彼にとっての師である大師殿は、わずかに残念そうにしているだけだ。その態度も、私には場をこじらせないようにするための装いのように思われる。

 ただ、そのような飾りばかりの弔意でも、彼にはまだ慰めになったことだろう。徳を植え付けた張本人である聖女殿は、感情の変化を見せること無く淡々と話を続けた。


「次に、孤高の徳を欲する方は?」


 徳を欲すると言っても、我々に植え付けるという話ではない。部下に授けたいか、あるいは、そういう徳を得た者を手勢に加えたいかということだ。

 しかし、誰も名乗りは挙げないでいる。実際、私と軍師殿の傘下には不向きだろう。マナの色を操るという才自体は有用だろうが、戦場において互いの連携を阻害する要因になりかねない。

 豪商殿はというと、彼のもとに特別な配下が必要になるということはあまりない。となると、結局は再び大師殿が用いるか、あるいは聖女殿かということになる。

 軍師殿、豪商殿も私と同じ結論に至ったようだ。静かに大師殿へ視線を寄せている……と思ったら、軍師殿が果敢にも話しかけた。


「大師殿に、何か適切な策があれば、といったところかと思われますが」

「……現状においては、特に必要を感じません」


 それはそうだろうなと感じた。あの徳に用があるのであれば、亡くなった彼をあそこまで冷遇することもなかっただろう。一国の王都への潜入というのは、多少の増長に目をつむっても、余りある功績のように思われる。その功労者を切り捨てるということは、本当に不要な徳なのだろう。

 不要と言った大師殿は「皆様はいかがなされますか」と話を向けてきた。それに、軍師殿が先に答える。


「私と皇子殿には不向きかと。軍において占めるべき立ち位置に困ると思われますので」

「良くわかっておいでだ」


 賛意を示したものの、彼女には冷ややかな目で睨まれた。一方的に嫌われているように感じる。それで居づらさを感じるほどではないが、もう少し仲良くできればとは思う。

 徳の受け入れ先として、残るは豪商殿だ。彼は、まだ悲しみの残る顔で考え込んだ後、遠慮気味に答えた。


「マナの色を操れるというのは有用な資質とは思いますが、私に御しきれるとも思われませんので……」


 彼は興味を示しつつも、自らを下げて辞退した。彼なりの、亡くなったあの者に対する弔辞のようにも聞こえる。

 たまに、なぜ彼がこのようなところにいるのか、本気で悩む事がある。それは軍師殿に対しても同じだ。掃き溜めの頂点にしては、まともな感性や誠実さを保っている。まぁ、私にも計り知れない闇を抱えているのだろうが。

 気がつけば、軍師殿が私に視線を向けていた。彼女に対して、いささか失礼なことを考えていた気がする。それを気取られたというのではないだろうが、目で発言を求められたようだ。黙っているのも悪かろうと思い、私は聖女殿に尋ねた。


「彼の者の手で、徳はどれだけ育ったのだ?」

「……色相の差を感じることなく、白からすべての色へ染色できるほどには」

「ほう、それは!」


 手持ちの”聖典”をめくりながら聖女殿が答えると、豪商殿が声を弾ませて相槌を打った。

 徳は、植え付けられたものに力を与える……そして、呪いも。歴代の宿主たちの思考の残滓が、現在の宿主の心を揺さぶり、感情の歪みから生じた激情を吸って徳は成長する。

 あの彼は、5年も潜入任務に就いていた。その間に何があったのか、大師殿の秘密主義で我々にも知る由はない。しかし、大師が彼をほとんど慮ってなかったというのはわかる。その事が彼を歪ませ、孤高の徳の成長を促したのだろう。

 あの謀略が効果的であったことは認めなければならないし、徳の成長についても合理的ではある。しかしながら、それを良しとして配下を顧みないところが、私にとって大師殿と聖女殿とは反りが合わない理由の1つだった。もっとも、あの2人が気に入らないのは、それだけが理由ではないが。

 かつての部下を喪失したというのに、大師殿はいまだに落ち着き払っている。まるで、耳を傾けるべき報告など何もなかったかのように。それがなんとなく気に入らなかった私は、彼を多少当てこすってやることにした。


「大師殿は冷静にしておられるが、彼の者に対しては何か含むところがあったのではないか?」

「……と、言いますと?」

「水も漏らさぬ謀略の後に、あのような短慮を働かれてはな。さぞ、彼のことを疎ましく思ったのでは無いか?」

「そのようなことは。ああいった動きもまた、かの国に対する良い揺さぶりになろうかと」

「ほう。しかし、彼がそこまで理解しておったかは、甚だ疑問ではあるな。もう少し目をかけてやれば、無駄な犠牲も減ったと思うが」

「寄せ集めの雑兵を用いて軍を成せるか、そういった検証であったと見れば、無駄とは言えますまい」


 その発言には、軍師殿が冷徹な視線で噛み付いた。大師殿はすぐ、「失礼しました」と応じる。兵の逸失については、防衛線を担う軍師殿が誰よりも真剣だ。そんな彼女にとって、大師殿の発言はいかにも取ってつけたような言い訳に聞こえたのだろう。

 ここまでの大師殿の発言からは、まだあの王国にご執心のように思える。正確に言えば、王都と周辺だが。でなければ、揺さぶりを重視することなどないだろう。何かしら本命があるはずだ。もう少しつついてみるか。


「大師殿、次なる仕掛けは何を考えておる?」

「申し訳ございませんが、秘中の秘ですので」

「ふむ。星を1つ減らした甲斐があったというものだな」

「それは、皆様方にとっても同じことと思われますが」


 空気の亀裂は、我々2人の間から瞬く間に部屋中へ走った。

 実際、虚偽を許さないユリウスが去ったことで、皆が少なからず安堵した部分はあるだろう。我々に、脛に傷を持たぬものなどいない。大師殿と聖女殿は言うまでもないが、軍師殿と豪商殿とて、明かせない秘密というものはあるだろう。それは私も同じことだった。

 こうして国を共有しているのも、ある程度までは利害が一致しているからにすぎない。魔人全体のためなどという大義名分は、有名無実だった。

 そういった意味では、私も彼もお互い様だ。ただ、私同様に彼も相当なものを秘しているのだとしたら、空恐ろしい話ではある。



 品が良い装飾が施された一室で、部屋の主と大師はテーブルを挟んで対面していた。部屋の主は、仲間内からは”王子”、あるいは”お飾り”、もしくは”旗”などと呼ばれている。

 その王子は、名前と徳を与えられてはいない。それに、”目”をあてがわれてもいない。戦闘への参加経験がなければ、五星のうちいずれかの配下というわけでもない。

 つまるところ、魔人の国においては何の役割も果たしていない。が、その居室は目の番人に与えられるものと遜色のない、ずいぶんと立派なものだ。

 役割――というよりは、無役――に対してあるまじき扱いと、王子は下々から様々な感情を向けられている。一番ましなのは好奇だが、ほとんどは嫉妬だ。もっとも、彼の扱いについては五星が認めるところであり、公然とそれに抗するものなどはない。

 今の所お飾りにしか思われてない彼だったが、時折こうして大師が部屋へ足を運ぶ――彼を呼び立てるのではなく。その事実が一層、周囲の疑念や嫉妬を煽っていた。


 訪れた大師に王子が発言を促すと、彼は直近の出来事について話した。フラウゼ王国の王都近辺における事変だ。それを王子は無表情で聞く。

 報告の一通りが済んだところで、少し間を開けてから王子は聞いた。


「計画に変更は?」

「ございません。今しばらくお待ちいただく形になるかと」


 魔人の頂点に座す大師にしては、慇懃(いんぎん)な態度である。それが見せかけだけであろうと、部屋の外で様子をうかがう者達が目にしたら、泡を食って卒倒するだろう。

 しかし、王子は大師の態度や自身の扱いに、さほどの注意を払わない。国の中枢にあるものが恭しく接してきても、柳に風といったところだ。そんな彼は、静かに言った。


「配下が死んだというのに、ずいぶんと冷静ではないか」

「求めた役割はすでに果たしましたので。あとは彼自身の問題でございましょう」

「まるで捨て石に思えるがな。私のことも同じように考えているのか?」

「拾ったのは私ですが」


 指摘を受けて、王子は端正な顔を歪ませ、苦々しい笑みを浮かべた。

 長い間、それ以上の問答はなかった。両者ともに、相手の身分がどうであれ2人きりの沈黙には容易に耐えられるようで、1人で住むには広すぎる部屋を緊張と静寂が満たす。

 それから、余人には長すぎる沈黙を、先に王子が破った。


「用件は以上か?」

「はい」

「そうか。時が至れば呼ぶがいい」


 王子にそう言われ、大師は頭を下げて部屋を辞した。広い部屋がまた静かになり、王子は部屋の外を眺めた。どこまでも続く、白い砂の海を。

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