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いつかの魔法  作者: 紀之貫
第4章 選択
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第214話 「居場所」

 思えば、人を殴り飛ばすのはこれが初めてだ。向こうで仰向けになり、少しだけ表皮が割れて内側から光が漏れ出る奴を見て、殴った右手に鈍く不快な痛みと焼灼感を覚えた。

 奴が動き出す気配はない。それでも警戒を怠ってはならない。そう思って右手を構えるけど、頭の中がぐらついて地面が歪む。俺の方も、ものすごく消耗しているようだ。

 すると、目の前に青い光盾(シールド)が現れた。俺の方に草を踏む音が近づいてくる。

 そして、ウィルさんがすぐ横にやってきた。言葉こそ交わさなかったものの、その表情を見てすごく謝られているような気分になった。たぶん、最後の方に手出しできなかったからだと思う。でも、ウィルさんのおまじないってのが、例の遅くなる感じのアレだとしたら、彼抜きじゃとっくにお陀仏だっただろう。だから、俺の方からは不平や不満なんてない。

 一方の奴に対してはというと……奴に対して抱いていた、強い敵愾心や闘争心なんかは、なんだかしぼんでしまっていた。

 奴はもう、果てるのを待つだけの体になっているようだ。それでも、体を細かく震わせながら、奴は上半身だけでも起こそうとする。けど、その体に力をこめるたびに、表皮から細かい砂みたいなものが少しずつ崩れて落ちるだけだ。やがて、奴も無益を悟ったのか、体を起こそうという悪戦苦闘を諦めて仰向けになった。

 俺達3人は、何も話さなかった。何を言えばいいのか、言葉に困る。コイツのせいで多くの人が苦しんだ、そのことへの義憤はあるけれど、もう裁きは済んだんじゃないかと思う。それに、ほんのついさきまでは怒涛の攻撃を絶え間なく繰り出してきたのに、今では一矢放つことすらできない。その姿に、憐れみのようなものすら感じた。

 静かに立ち尽くしていると、草原を薙ぐように強く冷たい風が吹いてきた。奴の表面から、体を構成したものが風にさらわれる。このまま放っておけば、いずれ奴はどこかに還るだろう。


 不意にポツリと、奴はつぶやいた。「どこで間違えたんだ」と言うその声は、さっきまでの怒声と打って変わって儚いくらいだったけど、それが妙に心に響いた。

 奴の言葉を受けて、ウィルさんがこちらを向く。彼に対し、俺は首を横に振った。掛けてやるべき言葉が思い浮かばない。すると、ウィルさんは奴に向き直って言った。


「お前、女の子達にモテモテだっただろ。あの子達がお前の本性を知ってたとは思えないけど、少しでも好意を受け入れていたら、何か変わってたんじゃないか」


 奴は目を見開き、呆けた表情になった。俺も、聞いた言葉が少し信じられず、自分の耳を疑った。今まで命がけのやり取りをしていた割に、なんというか、日常的な発言に聞こえる。

 そんな言葉に、奴は少しの間キョトンとしたままだった。それから吐き捨てるように「くだらないな」と言った。それにウィルさんが言葉をかぶせる。


「お前、あっちに戻っても仲間なんていなかっただろ? 今回の戦闘だって、手下から『見下しやがって』とか言って嫌われてたぞ」

「……それがどうした」

「自分が下だと思ってる相手を、くだらないと言って遠ざけて、1人になってこのざまだ。僕には、お前が一番くだらないやつに見えるね」


 奴は反論しなかった。目と口を閉じて、物思いにふけっているように見える。その間も、情け容赦のない風が、奴の体を少しずつ風化させていく。

 ウィルさんはまた、俺の方に向いて言った。


「言いたいことがあるなら、今のうちだけど、何か?」

「いえ……勝ったからいいです」


 思わず口をついて出た言葉だったけど、本心を素直に表しているとすぐに思った。現世では死にものぐるいで世界間転移や色選器(カラーセレクタ)の特訓に励んだ。それもこれもきっと、色々苦しい思いをさせてきたコイツを打ち倒して、乗り越えたっていう実感が欲しかったからなんだ。

 それが果たされた今、静かな満足感が俺を満たしていて、コイツへの恨みつらみは昇華されたように思う――というか、そうあって欲しい。一生解消されずに抱え込んでいくような思いじゃないはずだ。

 そういう思いから出た、「勝ったからいい」という発言だったけど、ウィルさんは一瞬真顔で固まった。それから、「いや、君は大物だなぁ!」と言って笑う。

 一方、奴は驚きと苦々しさが入り混じったような表情をしていた。でも、やがて湖面みたいに静かな顔になって、口を開いた。


「……確かに、この中では僕が、一番くだらない奴だったようだ。大勢を騙して裏切り、一人ぼっちになって……」


 言葉が途切れ、奴は目を閉じて黙り込んだ。目元のあたりには細かな亀裂が入って、内側から淡い光が弱々しく漏れ出る。

 それから奴は、「1つ、頼みがある」と静かに言った。表情は険が取れていて、何か切実な願いがあるんだろうと感じた。奴の言葉にウィルさんが応答する。


「こっちの質問に答えたらな」

「内容次第だ」

「お前の”徳”は?」

「……孤高だ」


 その言葉を聞いて、奴が頑なに赤や紫といった高貴で強い色、それと自身の白色にこだわり続けたことが腑に落ちた。それと、赤紫をほとんど使っていなかった理由も……染まりたくなかったんだろう。

 徳というものが、実際にどういうものなのか、俺はまだ知らない。でも、与えられたり植え付けられたりするものだとは聞いた。その孤高という徳が、奴にそうあるように強いていて、王都でも魔人の側でもそうあらざるを得なかったのだとしたら……とても、哀しいやつだと思う。

 妙に場がしんみりしてから、ウィルさんはため息をついた。


「お前らの国って、本当に……まぁいい。お前の願いは?」

「……僕がそちらにいた頃、エトワルド侯にいくらか世話をしていただいた。そのことで侯が厳しい立場に置かれては申し訳なく思う。だから、どうにか……」

「……あー、心配ないぞ。今では魔法庁の長官を務めておられる」


 奴は思いがけない情報に反応できなかった。急に場が静かになり、風が通る音だけが響く。その静寂を、奴の笑い声が破った。


「ははは、なんだそれ!」

「……侯爵閣下に、何か特別な恩義でも?」

「……あの方は、僕に真摯に向き合ってくださったと思うから……」

「ほんと、バカな選択をしたよ、お前」

「……ああ」


 過ちの根本を素直に認めると、奴の体から白い光がみるみるうちに抜け出していく。まるで、それまでどうにか引き止めていたものを、急に諦めて手放すみたいに。

 そうやって奴の存在が揮発していって、最後に「ごめんなさい」という言葉だけが残った。もう、奴の亡骸は何の光も放たない。

 奴が果てたのがわかった。すると、急に力が抜けて、俺はその場にへたり込んでしまった。立ち上がろうにも立ち上がれない。しかし、もう意地を張る必要もないかと思って、そのまま地べたに座り込むことにした。

 そんな俺に、ウィルさんは「お疲れ様」とねぎらいの声をかけつつ、自分の上着を奴の亡骸の上にかぶせた。これ以上、風に持っていかれないように。「君も、思うところはあるだろうけど」と彼は言う。


「いえ、大丈夫です。後のこともお任せします」

「そうか、ありがとう。彼の遺骸は、国……というか、王都の政務官がたが待ち望んでいてね。それに、相手が魔人でも一応弔ってやるのが僕の主義というか……」

「善いことだと思います」


 俺がそう答えると、その言葉を待っていたかのように、彼は道具入れから紐とナイフを取り出した。それから、丁寧な手付きで亡骸の上半身を服で包み込んでいく。その手さばきは、慣れてんのかなと思わされるくらいに滑らかで、優しげだった。あっという間に処置が終わって、彼は遺骸を背負った。


「君は、立てるかな?」

「ちょっと……厳しいですね」

「そうか。僕はこいつをこのままにしておくわけにもいかないから先に行くけど、構わないかな?」

「大丈夫です」

「わかった……君も色々聞きたいことがあるだろうけど、また今度にしようか」

「……1つだけいいですか?」

「何か?」

「ここ、どこですか?」


 あまりに今更な質問に、彼は申し訳無さそうに笑って答えた。ここは王都から歩いて3時間ぐらいのところにある草原らしい。魔獣とか魔人の出現事例はないらしく、しばらく寝てても大丈夫だそうだ。それと、王都への道も簡単にだけど教えてもらった。


「とはいえ、君1人にはならないと思うよ。あの2人のうち、どちらかが一緒にいるだろうから」

「まぁ、そうですね」


 若干の気恥ずかしさを覚えつつ答えると、彼は「また会おう」と言ってその場を後にした。


 1人になってからまた、冷たい風が吹き付け、体に残った戦いの熱を冷ましてくる。

 なんとなく、仰向けになって転がりたくなった。でも、度重なる猛攻にさらされて、地面はどこもかしこも凸凹で、ひどい有様だった。しかし、だからって諦めるのも、なんかシャクだ。力を込めて、どうにかよろよろと立ち上がった俺は、無事な平面に腰を下ろし、身を後ろに投げ出して夜空を仰いだ。

 空は赤紫に染まっている。その空の一番濃いあたりに、黒い月。吸い込まれるような空の穴を見ながら、俺は今日一日のこと、そしてこれからのことを思った。

 フィオさんがおれをこちらに招いた理由は、まだわからない。でも、彼女の意図を超えて、俺がこちらにいる理由というか、運命や使命みたいなものはあるんじゃないかと思う。

 今日の転移は、魔法としては不完全もいいとこだけど、それでも人間の手で、自力でできた。魔人にしかできないって言われてる転移を。

 それに、白いマナを操る奴の魔法に、俺はなんとか干渉して台無しにしてやった。

 それ以前にも、奴らが操る瘴気に対して、それを多少なりとも無害化する魔道具の作成に関わったりもした。

 俺みたいな平民が、こんなことを考えるのは大それているかもしれないけど……魔人の強みみたいなものを打ち崩して、人間と同じ地平にまで引きずり下ろしてやるのが、俺の使命なんじゃないかと思う。


 寝っ転がってそんなことをぼんやり考えていると、女の子の声がした。


「横、構いませんか?」

「もちろん」


 すると、彼女はちょっと離れた所に腰を落ち着けたようだ。それからややあって、草が倒される音がした。

 2人で仰向けになって、空を見上げる。やっぱり不気味でおどろおどろしい空だけど、気分は不思議と落ち着いて、安らぎを感じていた。

 しばらくそうやってぼんやりしていると、また声がした。


「今度あったら、色々な話をしようって、そう思ってたんです」

「俺もです」


「でも、いざとなると、話そうと思ってたことを忘れちゃって……」

「よくわかります」


「思い出した時、また話せばいいですよ」

「ええ」



「……あのっ」

「なんです?」




「……ただいま」

「……おかえりなさいっ……!」

これにて4章終了です。お読みいただきましてありがとうございました。

4章までで、第1部って感じで、話としてはまだまだ続きます。

今度とも、どうぞよろしくお願いします。


何らかの形でフィードバックをいただければ、大変励みになります。よろしければご一考ください。

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