第10話 ⑬ お兄ちゃんの国土改造計画 インフラ整備編
「まだまだ反発している地区もあるけど、導入した地区からは好評みたいでよかったよ」
最初に話を持ち出した際は苦情が殺到した耕地整理だったが、モデル耕地を設置した翌年からは劇的に申請が増加し、視察の際にも綱を張って耕地を長方形に整える耕作地があちこちで見られるようになっていた。
「閣下、先月の新規件数がこちらです」
示されたのは先月から開始された裁判の件数。耕地整理のために土地の境界や飛び地の整理のために申し立てられた件数が爆発的に増加していたのだ。
「王領の代官たちの負担が増加していますので何卒ご配慮を……」
「ああ、当然配慮するよ」
劇的に増えた裁判に対応する人員は不足していたが、対応しての増員も思うようにいかず、その不満を抑えることに苦心する結果に。
さらに各地の領主たちからも、王領で耕地整理が広まるにつれて、自分たちの領地でも耕地整理が広まりだしたが、その結果、土地がらみの裁判の件数が増えたという愚痴も聞かれるようになっていた。
「一時的な増加なのはわかっているけど、乱雑な処理をして将来に禍根を残さないようにしてくれ……」
こういった裁判は因習や過去の事例などが特に重要視されるので、いきなり大幅増員することも、持ち込んだ知識や技術で対応する事もできない。そのため激務に対しては今のサトルたちには報酬で応えるしかなかったのだ。
ともあれ、サトルたちは治水事業と灌漑、そして耕地整理や農法の改革を進めて着実に成果を出していた。
「ですがそうなるとやっぱり、貧富の差が極端になったりするんでしょうか?」
「うん。多分そうなるよ」
マナの懸念にサトルは頷く。耕地の整理が進めば、計画的な作付けや家畜を用いた大規模な耕耘が行えるようになり、それを実施できる者が豊かになってより多くの土地を得ることになるだろう。そしてそれが行えなくなった者が土地を売り、小作人になってしまうのだ。
そしてその結果、少数の大地主と多数の小作人が出現するのは目に見えていた。
「そしてそれが社会不安に繋がる事も決して珍しくない」
「何とか事前に対策を整備しなければいけませんよね……」
かくして貧富の拡大はともかく、極端に困窮する者たちが大勢出現しないように事前に手を打っていく事に。とりあえずは物納を含めた最低賃金の設定を行った。さらに窮民救済を目的にした食堂や、職業訓練所の設置も行う事に。
人類史において大規模な農民反乱は古今東西を問わずその殆どが飢饉などで困窮し、さらに救済の望みが断たれてしまうことで引き起こされていた。どうせ困窮しながら死ぬしかないというなら、自暴自棄になって体制をひっくり返して救済を望むというのが人間なのだ。
「極端な困窮層の出現は、社会を混乱させて治安を悪化させてしまうばかりか、反乱の火種、燃料になってしまう。だから富める者たちは自身の安泰のためにこそ、困窮した者たちを救済しなければならない!」
これはダイキが口にしていた言葉である。
「父たる国王陛下も常々申されていたように、高貴な身の者たちは、それが下々の民たちからの信任を得てその地位にいる事を絶対に忘れてはなりません」
ダイキは建国・即位してから新年の挨拶には必ずその事を語っていた。自身が活躍できたのは天の采配によるものだが、王の座を得て一族がその王座を維持し続けるためには民の信任もまた必要になるのだと。当然、貴族たちにも同じ事が言えるのだと。
「陛下は申されていました。天は常に試練をお与えになると。その試練に真っ先に曝されるのはか弱き民草ですが、苦しむ彼の者たちを救う手立ても行わずに無為無策のまま放置するというなら、天は必ずお怒りになって無能な者たちを追い落としなさるのだと」
「私も含め高貴な身分に生まれたのは天の采配です。しかし絶対に民の事を忘れてはなりません!」
これらは国王夫妻が行方不明になってから一年余り経ってから迎えた新年に、ミキが臣下たちに対して行った演説の一部である。彼女は特権を得た者たちが、それ以外の者たちを過度に見下し搾取する事を慎むように改めて訓示したのだ。
「イトナは周辺の国々よりは格差は小さい方なの。それでもこのままイトナが発展したらどうなるかわからないけど、常に釘を刺す姿勢は素晴らしい事だと思うわ」
「即位してからの親父の語録にあったよ。武運拙く外敵に滅ぼされるならまだしも、足元の民に反乱を起こされ滅ぼされるような君主は永遠に侮蔑されて当然だ、ってね」
サトルの言葉にミキは深く頷く。
「本当にそうだよお兄ちゃん。一度ね、二つ離れた国の王様、すっごくすっごく威張っていたんだけど、その国が反乱起こされて滅んじゃったんだよ。五年経った今ももっと小さい勢力で争って大変な事が続いているけど……」
「私、イトナをそんな風にしたくないよ……」
情勢が落ち着いたイトナには、現在それらの地域から元農民たちの移入が増加していた。治水工事への動員といざという時の兵役参加を条件に受け入れが進んでいたが、戦禍で故郷を追われ流浪の旅を続けていた難民の姿は、ミキの心に強い印象を残していたのだ。
「ああ。その為にも俺たちが協力してるんだ」
ミキの右肩に手を置くサトル。ミキは安堵してその手に手を寄せた。
「大まかな制度は前世の記憶をしっかり持ってた母さんが筋道つけてたから、俺たちはそれを持ち込んだ知識と技術で加速させていけばいい。本当に一からやってたらクーデター起こされてしまうかもしれなかっただろうからな……」
劇的な制度改革は特に保守派からの反発を招きやすいが、このイトナにおいては転生した両親が建国以来他国と比較してかなり先進的な各種制度を整えていたので、サトルが実行したことはほとんどがその延長線上であり、より効果を高めるものだった。
そのため、上から下まで反発はほぼ発生せず、強いて言えば国内が豊かになる事でこれまでと異なる問題が発生しそうであったが、おおよそ地球人類史で類例は見出せそうなものであり、今のイトナの体制であれば大よそ事前に手を打つ事は可能だと思われていた。
「とにかくみんなができるだけ幸せになれる国を目指そう」
その言葉に一同は頷く。今はとにかく着実に総合的な国力を向上させる方針に、大きな反対も反発も起きてはいなかった。




