乙女が見るは天使か、あるいはペテン師か。
「ヒューイ、今日はありがとう。とっても楽しかったわ。あんな女の事は忘れて私の事だけ考えていてね」
綺麗に手入れされた金髪を耳にかけ、少女はヒューイの頬にキスを贈る。
「もちろんさ。ずっと付きまとわれてたから今日の一件でせいせいしたよ。君っていう素晴らしい恋人がいると言っても全然信じてくれなかったんだ」
そう言ってヒューイも少女の頬にキスをお返しする。少女はくすぐったそうに笑って思い出したようにドレスの隠しから小さな包みを取り出した。
「そうだわ。あなたに渡したいものがあったの。はい、これ」
ヒューイが受け取って包みを手のひらに開けるとコロンと二つの塊が出てきた。
「これは、ボタン?」
「そうよカフスボタン。この前ショッピングに行った時に一目惚れしてしまったの。あなたの瞳の色に似てたから思わず買ってしまったわ」
「そんな、いつも悪いよ。男なのに僕の方が貰ってばっかりだ」
「いいのよ。あなたにはそれ以上に素敵な物を貰ってるんですもの」
ね?と言って艶やかに笑う少女にヒューイは魅惑的な笑みを浮かべて淡く色付いた唇にキスを落とす。
「僕は幸せだ。君という美しい人が恋人なんだから」
「もう、ヒューイったら」
少女は頬を赤く染め最後に抱擁を交わしてから名残惜しそうに帰路についた。ヒューイは少女の後ろ姿を見送り、
ーー盛大に舌打ちした。
「鼻がもげそうだ。なんで女はあんなに香水をぷんぷん匂わせる必要があんだよ。あ、そっか。自分自身に男を誘う魅力がないからか。あーあ。匂いが移っちまった。当分帰れそうにないし先に換金してくか」
麗しい外見とは裏腹に盛大に悪態をつき、袖でごしごしと口を拭った。同時に漂ってきた移り香に忌々しそうに鼻を顰めると、ポケットに突っ込んでいた薄茶のキャップを無造作に取り出し、顔が隠れるほど目深に被った青年は先ほど貰ったカフスボタンを手に馴染みの質屋へと向かった。
扉を開くとちりんちりんと異国の鈴が鳴る。涼しげな音に反して店内は薄暗く右側の壁にはカラフルに染色された不気味に笑う仮面が飾ってある。左手の棚にはいくつも取っ手のついた壺や、怪しげな小瓶など、用途の分からない道具がいくつも並んでおり思わず回れ右したくなるおどろおどろしさだ。正面のカウンターにはそれらすべてに不釣り合いなガタイのいい男が座っていた。帳簿になにやら書きつけていたらしく鈴の音に反応して顔を上げる。
「よう、カーライル。まーた女に貢がせたのか?今度はなんだ?ピアスか?ブレスレットか?」
にやっと口の端を持ち上げて笑うこの男の名はレイリー。立ち上がれば六フィートを超える背丈に隆々とした肩、太い腕、頭は丸刈りで戦場帰りの傭兵崩れと言われても信じてしまうほど厳つい顔をしていた。けれど見た目に反して根っからの商売人であり腕は確かで多くの従業員を抱えていたりする。この質屋も彼が手がける事業の一環だが、正確な目利きが必要なためもっぱらレイリー自身ががカウンターに座っていた。
「人聞き悪いこと言うなよ。女が勝手にプレゼントとか言って渡して来るから貰ってやってるだけだろ。今回はボタンだ。こんなん金になんのか?」
手に持っていたそれを無造作に投げ渡すとレイリーがあたふたと受け取った。そして受け取った品を一目見て泡を噴いた。
「ばっかお前……!!これミランダ工房の新作カフスボタンじゃねえか。あそこは金持ち連中から貴族様がご贔屓にしてる老舗だぞ。新作かつ純金にはめ込まれた透明度の高い翡翠。ざっと見積もってヴェリル金貨十枚ってところだな」
「げっ。たかがボタンがそんなにするのかよ。金持ちの考えてることはほんと分かんねえな」
「買い手がいればこその商売だからな。こっちにとっては金持ち様様だよ。にしてもお前、背後には気をつけた方がいいぞ。ある日後ろからいきなりグサリ!なんて洒落になんねえからな。思いつめた女ほど怖ぇもんはねえ」
そう言いながらにやにや笑っているレイリーにヒューイことカーライルはふんと鼻を鳴らした。
「そんなヘマこの俺がするわけないだろ。女共はこの顔にベタ惚れで疑うそぶりすら見せねえ。……あ、でも今日は」
言葉途中で口ごもったカーライルにレイリーはさらに顔をにやつかせた。
「おっ?とうとうやっちまったか?女が鉢合わせしたとか?修羅場か?修羅場?」
心底楽しそうなレイリーに舌打ちし、カーライルはさっさとしろと顎をしゃくる。
「やっぱ修羅場か。お前は詰めが甘いんだよ。どこぞの金持ちは愛人の一人一人に隠れ家を一つ持ってるって聞いたぞ。おんなじ場所に連れ込んでたらそりゃあばれるわ」
「うるせえ。さっさと金を用意しろ」
「お前は強盗か。それが客の態度かっての。まあいいや。ちょっと待ってろ」
レイリーはやれやれとため息をつき店の奥に引っ込んだと思うと手のひら程の皮袋を持って戻ってきた。
「ほらよ。ヴェリル金貨十枚とユール銀貨五枚。これでミーシャに滋養のいいもんでも食わせてやれ」
「どーも。そんじゃ、そのミーシャも待ってることだし帰るわ」
「おう。背後には気をつけて帰れよ」
カーライルはおざなりに後ろ手を振って扉をくぐった。
商都の頭上を覆う薄墨で描いたような淡い青空に相応しい涼やかな鈴の音がカーライルを送り出した。




