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恋する乙女は儚いか、あるいは強かか。

 オートクチュールのドレスに宝石をふんだんにあしらったアクセサリーの数々、靴も帽子も手に入らない物は何ひとつない。一人娘に激甘な父は望めばなんだって与えてくれた。

 ある日は執事を伴ってショッピングを楽しみ貴族もたまに訪れるというカフェで小休止。午後は商都一の劇場でオペラを鑑賞。

 またある日はサロンを開いて、同じ身分の娘たちと会話に花を咲かせて午後のお茶を優雅に嗜む。

 それが裕福な商家の娘として生まれたセリア・フォレスタの日常だった。

 そんな彼女もお年頃。

 異性が気になり出して物語のような素敵な恋をしてみたいと強い憧れを抱き始める。

 肌の手入れにはいっそう力が入り、寝る前は果物のパックが欠かせない。朝は家族が呆れるほどに髪のセットに相当な時間を費やした。






 “恋は突然降ってくるもの”


 歌劇の台詞にもあったように出逢いは唐突だった。

『きゃっ!!』

 いつものように執事を連れ立って大通りを歩いていると人にぶつかった。衝撃によろめいた体をその人が引き寄せて抱きとめてくれる。

『わっ!すみません!大丈夫ですか?』

 耳に心地よいテノールの声を辿って顔をあげれば、次の瞬間セリアは息を呑んだ。

 柔らかな栗毛色の髪に、深緑の瞳。そして何より宗教画に描かれた天使のように整った綺麗な顔立ち。

 そんな見目麗しい青年が心配げにセリアの顔を覗き込んでいる。

 俳優にも負けない甘いルックスにセリアは瞬く間に恋に落ちていた。

 そこからの行動は早かった。

 ぶつかったお詫びと称して食事に誘い、家で培った話術を用いて次の約束を取り付けた。セリアは熱烈にアプローチし続け、逢瀬を重ねて行くうちに二人は晴れて恋人同士となった。




『受け取ってくれる?あなたに似合うと思って』

 そう言ってセリアは小さな小箱を手渡す。丁寧に巻かれたリボンを外して蓋を開けると中には男物のブレスレットが入っていた。

 細身の銀の輪にエメラルドが散りばめられたそれは一目で高価だと分かる逸品だった。彼は目を見張り、次いで困ったように眉尻を下げた。

『でも、こんなに高そうな物。本当に僕が貰っていいのかい?』

『もちろんよ。あなたのために用意したんだもの』

 そう言うと彼は蕩けるよな笑みを浮かべて、セリアの頬にキスを落とした。

『ありがとう。僕にはお金がないから君に返せる物はないけれどこれは感謝の気持ち』

 それだけでセリアは天にも昇る心地になった。




 恋とはなんて素晴らしいものなんだろう。綿菓子みたいに甘くてふわふわしてて彼の熱に溶けてしまいそう。

 綺麗な顔が好き。何気ない優しさが好き。頬にくれる温かなキスが好き。

 私は世界で一番幸せに違いない。こんなに素敵な人と両思いなんだから。








 ーーそう、思っていた。今、この瞬間までは。




 セリアは目の前の光景に身動きがとれなくなった。呼吸さえ止まってしまったように感じたとき彼もまたセリアの存在に気づいて目を見開いた。

 そこにいるのはいつもと変わらない彼。

 賑わう大通りを一本路地に入り奥へ進むと小さな広場がある。木陰にいくつかのベンチが置いてあるだけのこの界隈に住む人のちょっとした憩いの場だ。この時間帯は大体の住民が仕事に精を出しているためここは穴場なのだと教えてくれたその人こそセリアの恋人である彼だった。

 かっこ良くて、綺麗で、たまに可愛くて、大好きな大好きな恋人。

 ありがとうと言って頬にキスしてくれるその唇も、愛おしげに見つめてくれるその瞳も。

 華奢に見えても男の子なんだと感じさせてくれるその腕の中はセリアの特等席のはずなのに。



 ーーどうして。どうして他の女の子を抱きしめてるの?



「…………ヒューイ?」

 果たして彼を呼んだ声は音になったのだろうか。言葉を続けようにも何も思い浮かばなかった。頭の中では必死で言い訳を探している。

 何か理由があるだけで自分の考えているような事態ではないのかもしれない。きっとそうだ。ヒューイは優しいから体調の悪くなったあの人を看病してただけ。

 いつもみたいに笑ってぎゅっとセリアを抱きしめてくれるはず。

 信じたい。好きになった人を信じたい。

 なのに、なぜ?


 ヒューイは腕の中にいる少女の耳元で何やら囁いた。すると少女はセリアを一瞥してクスクスと嗤う。

 ベンチから立ち上がるとことさらゆっくりとセリアへと歩を進める。その顔にいつもの笑みを浮かべて。

「こんなところでどうしたの?」

 いつもと変わらない優しい声。そのことに少しだけ安心して、セリアも一歩だけヒューイに近づく。

「あのね、ヒューイに会いたくなっちゃって。約束はしてなかったけどここに来たら会えるかなって、思って……」

「そっか……。僕は見ての通り恋人との逢瀬を楽しんでいたんだ。今後一切こういうことはやめてくれないかな?」

「…………えっ?」

「彼女が大切だから勘違いされたくないんだ。僕の態度が君を勘違いさせたのなら謝るけどこういうことだから……」

 ね?と言ってベンチに座ったままの少女を振り返る。少女はヒューイに甘ったるい笑みを見せて、セリアに勝ち誇った顔を向けた。

 ヒューイは混乱中のセリアの一歩手前で止まった。ヒールを履いたセリアより頭一個分高い背をかがめて耳元に唇を寄せセリアに聞こえるだけの小さな声で囁いた。


「もう少し貢がせられるかと思ったんだけど見つかっちゃったから仕方ないね。セリア・フォレスタ。君はとってもいいだったよ。今までありがとう。そしてさようなら」




 呆然と立ち尽くすセリアを残していつの間にか二人はいなくなっていた。離れたところで待機していた執事のカロルが無言でセリアの後ろに控える。

「……私、騙されてたのね」

 つまりはそういうこと。どれもこれも最初から全部、嘘だったのだ。

「なぜって愚問よね。私のお金が目的だったんだもの。あの子はどうなのかしら?あの子がほんとの恋人?ねえ、どう思うカロル?」

 カロルは答えない。小さい時から仕えてきたこのお嬢様が自分の答えを求めていないことが分かっていたからだ。

「最初から出来過ぎだったのよ。イケメンがぶつかって来るなんて運命的って思ってたけどそんな偶然、物語の中だけよね。現実はこんなにも、こんなにも……」

 セリアはぎゅっと手を握りしめる。

 恋とは素敵なものなんだと思っていた。こんなに素敵な恋人に巡り合わせてくれた神様に最大級の感謝を送った。

 けれど、すべては偽り。

 恋人だと思っていたあの人は別の女の手を取ってセリアの元を去った。

 色鮮やかに咲いた初恋の花は咲かせたその人の手によって無惨に散らされた。

「……でも、これが終わりじゃないものね。初恋はだめだったけど今度こそ素敵な人を見つけるわ。顔がいいだけのあんなゲス野郎じゃなくて性格の良い人。きっと神様が世間にはあんな最低な人間がいるって教えてくれたのよ。良かったじゃない。もっとのめりこむ前にあいつの本性に気づけて。そう、これで良かったのよ」

 セリアの瞳を涙が濡らす。



 ーーことはなくセリアの瞳には怒りの炎がメラメラと燃えていた。


「……ざっけんじゃないわよ。なーにがいい鴨だったですって?私が泣き寝入りするなんて思ったら大間違いよ。フフ。覚悟することね。このセリア・フォレスタの恋心を踏みにじった罪、高くつくわよ」


 握りしめた拳を高らかに掲げ、セリアはここに復讐を誓った。


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