第46話 氏真、美濃へ入る
美濃国境。
今川軍の旗が風を切り、
若き総大将・氏真の馬がゆっくりと進んでいた。
その姿を、
美濃の国衆たちは遠巻きに見つめていた。
「……あれが氏真様か」
「思ったより若い……いや、若いのに……」
誰かが呟いた。
「空気が……変わったな」
◆
氏真は馬を止め、
国衆たちの前に歩み出た。
その動きは静かで、
だが不思議なほど“場を支配する力”があった。
国衆たちは思わず背筋を伸ばした。
「初めまして。
今川氏真です」
その声は柔らかく、
しかし揺るぎない芯を持っていた。
◆
安藤守就が一歩前に出た。
「氏真様……
美濃は今、揺れております。
斎藤家の命令が通らぬ者も……」
氏真は遮らなかった。
ただ、静かに聞いた。
「……そうですか」
その一言で、
国衆たちはなぜか胸が軽くなった。
「俺は、戦をしに来たわけではありません。
まずは、美濃の皆さんの話を聞きに来ました」
ざわめきが止まった。
◆
氏真は続けた。
「戦は最後の手段です。
俺は、心で国を動かしたい」
その言葉に、
国衆たちは息を呑んだ。
「心で……国を……?」
「尾張もそうでした。
皆の不満を聞き、
その場で仕組みを作り、
その場で信頼を取り戻しました」
氏真は笑った。
「美濃も、きっとできます」
◆
その瞬間――
国衆の中で何かが変わった。
「……この方なら」
「美濃を……任せられるかもしれん」
「戦わずに済む……?」
誰も言葉にしなかったが、
空気は完全に氏真のものだった。
◆
遠くからその様子を見ていた斎藤龍興は、
震える声で呟いた。
「……俺は……勝てない」
戦う前から、
氏真は美濃を掴み始めていた。




