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#01.心。偽物。

初めての小説になります。よろしくお願い致します。書き方に問題があったら教えて下さい。

毎週、または隔週投稿の予定です。

 生きているだけ無駄だ。


 取るに足らない、ただ周りをすり減らすだけの存在。

 手元にあったナイフを自らの喉元へと突き立て───


 やはり無理だった。

 本能とはひどく恐ろしい。


 力なく手から滑り落ちた冷たい金属音は、頭の奥で粘りつく重低音にすぐさま掻き消された。


 腹の底を絶え間なく突き上げてくるこの不快なリズムは、意外と心を静めてくれた。

 エンジンの唸り声か、それとも荒れた路面がもたらす恩恵なのか。


 重くなっているパーカーのフードを持ち上げると満月が見えた。

 満月は星空を消し去り、唯一の光として空に居座っている。


 パーカーはやはり濡れていた。湿った布地が体温を盗んでいく。

 左手を下敷きにして寝ていたからだろう。

 指先はとうに感覚を失い、自分の手でありながら他人の肉を触っているような違和感がある。


「ううぅぅ、ぐえっ」


 左手を床に着く。

 だが、そこには最初から何もなかったかのように力が入らない。

 限界を迎えた腕は、ただ小刻みに震えている。


 身体を捻ったまま、一度起き上がるのを諦める。

 滑り落ちたペンを拾うのも億劫で放置する、あの乾いた感覚に近い。

 動かない左手を逆の手でさすりながら、視線だけを上へ逃がした。


「……っしょ」


 固まった身体を強引に引き剥がす。

 明るいと思っていた月光は大地を照らすには足りず、地平線を確認できるに留まる。

 その内側にある起伏や地形までは、視界に落ちてこない。


 背中が痛むのは、床の硬さがそのまま身体に伝わっているからだろう。

 申し訳程度の布団一枚では、緩衝材になり得ない。


 疾走する大型平トラックの荷台。

 そこを居住区と呼ぶには、あまりに多くの設備が欠落している。

 畳もクッションも存在しない。


 此処にあったはずの荷物はすでに放棄されたのだろう。

 とはいえ自分たちの荷物ではないが。


 天井から吊り下げられた電球が、一つ。揺れた。

 その後方、布地が完全に欠損した箇所からは、冷淡な夜空が覗いている。

 断続的に裂けたテントの端が、風に叩かれ、乾いた音を繰り返す。


 車両の前方には、二十代ほどの女が一人。

 立ったまま眠りに落ちていた。

 激しい揺れの中でも垂直を保ち続けるその姿は、どこか不気味なほど静止している。


 視線を落とした先に、少年の輪郭がある。

 先日十一歳になったと聞いていた。

 前の方ならもっと暖かくて柔らかい所で寝れるというのに。


「良かった…」


 ナイフを拾い上げ、外の闇へ向かって放り投げた。

 もうどうでもよかった。


 どれほどの距離を移動したら、日常が始まるのだろうか。

 余計なことは考えないようにしなければ。


 空気が押されるような感覚と同時に、トラックはトンネルへと入った。


 特有の反響するような音が辺り一面を支配する。

 トンネルの内部はライトがつき、月明かりよりもよく足元が見えた。

 床には、すぐ近くにペットボトルの水と紙製の箱が置かれていた。


 中身は食べ物のようだ。

 蓋を開けると、そこには粉を無理やり押し固めたような、無機質なブロックが収まっていた。


 わずかに木の匂いが鼻をつく。茶色い。

 美味いわけがない。視覚と嗅覚は拒絶を促している。

 これがおがくずを固めたものであったとしても驚きはしない。


 だが、身体はそれ以上に限界を迎えていた。

 昨日の朝から何も受け付けていない胃が、キリキリと鋭い痛みで存在を主張している。


 抗えない空腹に突き動かされるまま、その塊の一つを口へと放り込んだ。


 それが舌に触れた瞬間、塊は砂のように崩れた。

 同時に、味蕾を刺す暴力的な甘みが襲いかかってくる。


「ガッ?! ゴホッ、ゴホッ…。」


 喉の水分がすべて吸い尽くされていく。

 不意に気管へ入り込み、激しく咳き込んだ。

 たまらず横に置かれたペットボトルを掴む。


 ペットボトルの中の水は、驚くほど冷えていた。

 冷たさが食道を通り抜けるのを感じる。


 そのための水か。


 この程度で空腹が消えるはずもない。次の塊へ手を伸ばす。

 咳き込んでは水を飲み、また咳き込んでは水を流し込む。


 気付けば、ペットボトルは空になっていた。

 それ以上に口を動かす気力も残っていなかった。


 舌の上には、まだあの安っぽい甘みが粘りついている。

 胃の中は満腹感ではなく、不快感を伴う吐き気が残っている。


 空になったペットボトルを投げ捨てると、それは乾いた音を立てて鉄板の上を転がった。


 何の反応も返ってこない。なにも帰ってこない。

 面白くない。きっと寂しいのだ。


 頭上では、照明が人工的な流れ星となって後方へ飛び去っていく。

 数秒おきに、トンネルの白の光が荷台を通り過ぎる。


 そのたびに、前方に立つ女の影が長く伸びては消え、少年の青白い横顔が一瞬だけ浮き彫りになる。

 断続的で不気味な光景だ。


 所々に設置された大型ファンは、羽を止めている。

 荷台の縁に肘をつき、前方へ視線を投げ出す。


 忘れようとするほど脳裏に焼き付いて離れない。


「だからって、どうしようもないじゃん…」


 零れた独り言は、風に掻き消された。

 未だにトンネルの出口は見えない。

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