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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第肆章
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第八十一話 金剛


金剛。


それは本来、最も硬い金属を意味する言葉だ。


金剛不壊こんごうふえ』と言う言葉があるように、その物体はどんな攻撃でも決して壊れない。


鎧の強固さ故に、その名を与えられた鬼が、この金剛だ。


「………」


スッと金剛は右腕を持ち上げる。


その手に握られているのは、腰に差した刀ではない。


棒状で上下に槍状の刃が付いている独特な形状の武具だ。


(…あれは、金剛杵こんごうしょ?)


一部の僧が儀式などで用いる法具。


直毘衆として国中を歩いた千代は、何度か目にしたことがあった。


とは言っても、あんな柄の短い物を本気で武器として用いる者は見たことがない。


「滅却」


「ッ」


(…速い!)


金剛杵を手にした金剛が一瞬で距離を詰める。


鬼の身体能力故か、全身に鎧を纏っているとは思えない動きだ。


その先端に付いた槍状の刃で突き刺すように、武具を振るう金剛。


(でも、まだ躱せる…!)


槍と呼ぶには短すぎる故に、それを躱すのは容易だった。


突き出された刃を躱す為、千代は身を動かす。


「『金剛杵ヴァジュラ』」


(なっ…)


瞬間、金剛杵が雷を帯びる。


その先端から雷霆が放たれ、千代を呑み込んだ。


「………」


金剛は無言で手の中の武具に目を落とす。


未だバチバチと散る火花を振り払い、視線を前に向けた。


「…不発」


「はぁ…はぁ…はぁ…!」


(危なかった…!)


荒い呼吸を吐きながら、無傷の千代は金剛を睨む。


辛うじて神足が間に合い、攻撃範囲から逃れることに成功した。


この鬼が手にしているのはただの武器ではない。


雷の妖術を放つ呪具だ。


「千代さん…」


「ッ」


千代は後ろに居る鈴鹿を一瞥し、改めて金剛を見る。


妖刀で傷一つ付かない鎧に、強力な雷の妖術。


この鬼は強い。


「―――――」


金剛は無言で千代を見つめている。


兜の中から覗く赤い瞳が、千代と重なる。


「…何を呆けているのですか。早く仕事を済ませて下さいよ」


急かすように果心居士は、動きを止めた金剛に言った。


「私はこれから、新しい霊鬼六道を作る準備があるのですから」


そう言って愉悦を含んだ目で鈴鹿を見る果心居士。


「さっさと、皆殺しにして下さい」


「御意。全て殲滅する」


金剛が動き出す。


その赤い視線は、未だ千代へ向けられていた。


「私達のことを…!」


「忘れちゃ困るよ…!」


金剛の死角から苦無が投擲される。


神足で縦横無尽に走り回りながら放たれる苦無の雨。


金剛は向かってくる苦無を見て、その手に握った武器を振るった。


「邪魔だ」


重々しい甲冑を纏っているとは思えない俊敏な動き。


鎧の隙間を狙って放たれる苦無を回避し、時には金剛杵を使って弾く。


四方八方、その全てを埋め尽くす苦無の嵐を、金剛杵を振るうだけで捌いて見せた。


「嘘…!」


「あんな、短い武器で…!」


鬼の身体能力だけでは説明がつかない。


神掛かった技術を思わせる動きを見て、思わず初芽と局に隙が出来る。


「『金剛杵ヴァジュラ』」


そして、金剛がその隙を見逃すことは無かった。


金剛杵の先端から雷霆が放たれる。


細長い雷の槍は、狙い違わず局の胸を貫いた。


「ぐっ…あ…!」


「姉さま!」


距離が離れていた為か、致命傷には至らなかったようだが、局は胸を抑えて膝をつく。


それに慌てて駆け寄ろうとする初芽。


その背を、雷を纏う金剛杵が狙っていた。


「させない!」


攻撃を阻止するべく、千代の刀が振り下ろされる。


剣先は確かに金剛の兜を斬りつけたが、傷を負わせることは出来なかった。


「………」


「…くっ」


ゆっくりと振り返る金剛を前に、千代は顔を歪める。


勝てない(・・・・)


千代の刀では、金剛の鎧に傷を付けることさえ出来ない。


妖刀『三日月宗近』の能力は、光を操ることだ。


出来ることと言えば、強い光を放ったり、幻影を作ったり、相手を惑わせる程度だ。


こんな物ではなく、雷切があれば。


いや、そもそも…


千代に英雄に相応(・・・・・・・・)しい実力があれば(・・・・・・・・)、こんなことにはならなかった。


「…ッ」


酒吞童子の時も、果心居士の時も、千代は役に立てなかった。


誰よりも自分が知っている。


直毘衆としての実力が、信乃よりも蝦夷よりも、ずっと劣っていると。


(それでも…)


この場に居る直毘衆は自分なのだ。


彼女らを護るのは、自分しか居ないのだ。


(敵を殺すことだけを考えるな。彼女らを助けることだけを考えろ…!)


千代は妖刀を手に、金剛へ向かっていく。


雷霆を放たれることを警戒し、金剛杵の動きに注意しながら、地を駆ける。


舞を踊るように刀を振るい、金剛を翻弄し続ける。


「………」


中々攻撃が当たらず、意識を集中しているのか金剛の眼は真っ直ぐ千代だけを睨んでいる。


時間が掛かれば掛かるほどに金剛の剣技は鋭くなり、その意識は千代だけに向けられていく。


それこそが、千代の狙いだった。


「くらえ!『天満月あまみつつきの舞』」


金剛の意識が最大まで千代に向けられた所を狙い、千代は刀から光を解放する。


月光を超え、太陽にまで迫る光の爆発。


至近距離で放たれれば、鬼であろうとその網膜を焼き切り、視力を奪う。


「――――」


金剛の動きが完全に止まった。


例えどれだけの化物染みた鬼だろうと、視力を失えば実力は発揮できない。


この隙に…


「…く、はは。あはははは!」


その時、嘲笑う声を聞いた。


「そんな物が、その程度の策が、切り札だったのですか?」


「何が、可笑しい…」


「いえ、弱い人間の涙ぐましい無駄な努力を見て、思わず笑ってしまいましたよ」


無駄な努力、と果心居士は嗤った。


それを証明するように、金剛は再び動き出す。


その顔を、千代へと向けて。


「何、で…」


「その鬼は…『金剛』は特別なんですよ」


愉悦を隠そうともせず、果心居士は言う。


「他の鬼とは異なり、それにはそもそも自分の意思がない(・・・・・・・・)。私の術で、自我を封じているのです。外から私が動かしている人形とでも言いましょうか」


だから、目が見えずとも何の問題も無い。


果心居士の術を通して外の状況は把握できるのだから、その動きが鈍ることは少しも無い。


「無駄な努力、ご苦労様でした………もう死んで下さい」


「滅却」


金剛は手にした金剛杵を千代へと向ける。


雷を纏う金剛杵から、雷霆が放たれる。


もう回避は間に合わない。


雷の槍は、千代の体を貫く。


その筈だった。


「…え?」


轟音と光を前に身構えた千代の視界に入ったのは、一つの影。


小さな体を懸命に広げて、千代の盾になろうとする姿。


「鈴鹿…?」


それは、鈴鹿だった。


雷を浴びて焼け焦げた体で、鈴鹿は弱々しい笑みを浮かべる。


「――…」


そして、何か言葉を吐くことも出来ず、力なく地面に倒れた。


「鈴鹿!」


急いで駆け寄り、千代は鈴鹿の脈を確かめる。


(まだ生きている…! だけど、このままじゃ…)


火傷が酷い。


傷なんて一つも無かった肌に、痛々しい火傷の跡が残っている。


「ッ!」


私のせいだ、と千代は心の中で叫んだ。


鈴鹿は戦いを見ていた。


今にも殺されそうな千代を見て、居ても立っても居られなくなったのだろう。


優しい子だから。


いや、優しいだけではない。


戦う力も無いのに、自ら戦いの場へ身を投げ出せる程に強い(・・)から。


「チッ、その人間は殺すなと言ったでしょう」


舌打ちをして果心居士は金剛を睨む。


「…まあ、死体だけでも手に入れば鬼には出来る。それで良しとしましょう」


「………」


まるで道具のように果心居士は鈴鹿を見つめる。


この優しく強い子が、残酷な鬼になる?


そんなことは、絶対に認める訳にはいかない。


「局」


鈴鹿の身を抱え、千代は局の下へ駆け寄った。


雷を受けた局は、傷口を抑えながらも何とか自力で立ち上がっていた。


「初芽も。鈴鹿のことを、頼んだわよ」


「あなた、まさか…」


「コレも、ちゃんと都に届けてね」


そう言って鈴鹿と、日記を局へと渡す。


自分で届けることは、きっと出来ないと思うから。

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