第七十九話 罪
「うわぁ…」
鈴鹿はその風景を見て、思わず呟いた。
何も残っていない。
多少の凹凸はあるが、全て黒一色。
あらゆる物が焼け落ち、滅んでしまった死の風景。
ここに人が住んでいたなど、誰かに言われなければ分からないだろう。
その村の名は紅鏡。
かつて都に現れ、現在は鬼の首魁となった妖術師、果心居士の故郷だ。
「潮の匂いがしますね」
「本当に? 鼻が良いね、姉さま」
注意深く周囲に目を向けながら局と初芽は言う。
殆ど何も無いが、肌で感じる風には潮の匂いが混ざっていた。
目に見える所には存在しないが、近くに海が在るのかも知れない。
「………」
千代は無言で炭化した何かの残骸を拾う。
帝より下された指令は、果心居士の情報を手に入れること。
十二年前、行方をくらませるまでは果心居士はこの村に居た。
都を追放された彼がその後も術の研究を続けていたのなら、ここに何らかの痕跡が残っていても不思議では無いだろう。
先ず、妖術に詳しい初芽と局が選ばれ、呪術的な観点からの意見も欲しいと鈴鹿が、護衛として千代が選出されたのだ。
正直、帝もそれほど成果は期待していないと思われる。
村は焼け落ち、既に十二年の時が過ぎた。
状態としては最悪だ。
それでも『果心居士』と言う謎の多い人物に対し、少しでも情報が欲しい為、千代達は派遣された。
「それじゃあ、私達は何か残っていないか調べてきますね」
「ええ。大丈夫だとは思うけど、あまり私から離れないようにね」
「はーい。何かあったら、呼ぶからねー」
局と初芽は何か道具のような物を取り出しながら、周囲の残骸へ近付いていく。
良く分からないが、残留した妖力なんかを調べる道具なのだろう。
「…もうちょっと何か言われるかと思ったけど」
姉妹の反応に拍子抜けしたように、千代は呟く。
つい先日は刃を交えた間柄だと言うのに、彼女らに気にした様子は無い。
帝に二人の護衛をするように命じられた時は、多少もめることを覚悟していたが、あっさりと二人は千代を仲間と認めた。
忠誠心の高い彼女らにとって帝に味方だと言われた者は、それだけで信頼に値するのだろう。
まあ、ギスギスするよりは全然良かったが。
「えーと。私は何をすれば良いですか?」
「そうね。この村にあなたの知る術の痕跡が無いか調べましょうか」
「分かりました!」
そう言って千代は鈴鹿と共に近くの瓦礫を動かす。
妖術に関しては、千代は殆ど知識がない。
神足や天耳はそれなりに使えるが、専門的な話になると全くついていけない。
なので、村の調査は主に他の者達を頼ることになるだろう。
(それにしても…)
ちらりと千代はその場にしゃがみ込んだ鈴鹿に目を向ける。
「…あなたは、どうしてついてきたの?」
「え? 陛下から頼まれたからですけど?」
「いや、そうじゃなくて………危ないとは思わなかったの?」
鈴鹿は直毘衆でも天文道でも無い。
この村はあまり都からも離れていなかったが、それでも道中危険が無いとも限らない。
だからこそ千代が護衛としている訳だが、十四歳の少女が自ら危険を犯す理由は無い。
「えっと、私が巫女だから、ですかね」
「?」
「だって巫女って、皆の為に生きるものでしょう? 私に出来ることで誰かの為になるなら、それは私がしないといけないことだと思って」
「…ッ」
その言葉に千代は顔を顰めた。
鈴鹿の言葉がおかしかった訳では無い。
そう呟く鈴鹿の顔が、今にも泣きそうなくらい悲し気だったからだ。
その愁いを含んだ顔は、少女が浮かべる表情ではない。
「…どうして、巫女になったの?」
「………」
鈴鹿は悲し気に俯いた。
その質問は、鈴鹿の確信を突いた問いだった。
十四歳の少女が親も無く、家も無く、ただ旅を続けているのは何故か。
自らを巫女として、身を粉にして人を救おうとするのは何故か。
「…もし仮に、誰かの大切な物を壊してしまったとして」
ぽつり、と鈴鹿は呟く。
「それ以上の物を用意して償えば、その罪は赦されるのでしょうか?」
「…ええ、その罪を悔いて、懺悔すれば赦されないことなど無いわ」
「もし、その大切な物が『人』だったとしても?」
「それは…」
暗く澱んだ雰囲気で鈴鹿は言う。
自らの『罪』を告白する。
「二年前、私の村は滅びました………私が滅ぼした」
幼子のように涙を零しながら、鈴鹿は言葉を続ける。
「そこに住むおよそ百人の村人。その全ての命を、私は奪ったのです」
鈴鹿には幼い頃から不思議な力があった。
行ったことも無い場所の風景。
まだ訪れていない未来の光景。
それが突然、視界に映ることがあった。
幼く未熟だった鈴鹿は、それを自慢げに両親に話した。
褒めてもらいたかったのかも知れない。
誰にも出来ないことが出来ることを教えたかったのかも知れない。
しかし、帰ってきたのは拒絶だった。
おかしなことばかり言う鈴鹿に対し、両親は心配した。
不思議なことなど何一つ起きない田舎の村。
この閉じた世界にとって『天眼』などと言う異能は誰にも求められなかった。
叱られ、普通であることを強制された。
素直な鈴鹿は、それが望むことならと喜んで従った。
目に映る物も見て見ぬふりをして、普通であるように振舞った。
だから、酷い雨が降った日、土砂崩れで沈む村が見えた時も、知らぬふりをした。
結果、
村は、その通りになった。
「あの雨が止んだ次の日、生き残ったのは私一人でした。私の両親も、友達も、みんな死んでしまった」
「ッ…」
「私が殺したんです」
どうして鈴鹿だけが生き残ったのかは分からない。
鈴鹿はそれを罰だと感じた。
百の命を見殺しにした鈴鹿に、皆は償いを求めているのだと思った。
だから、巫女を名乗って旅を続けた。
百の命を奪った償いに、命を救う。
二百人でも、三百人でも、千人でも。
一体どれだけの人を救えば、その罪は赦されるのだろうか?
「だから気にすることなんて、無いんです。私に出来ることがあれば、何でも言って下さい」
見返りなど求めない。
ただその命尽きるまで、人に尽くすことが鈴鹿の贖罪なのだから。
「…千代さん?」
ポン、と千代は鈴鹿の頭に手を置いた。
しばらく優しく撫でた後、その小さな頭を鷲掴む。
「え、ちょ、痛たたたた!? 痛い、痛いです! 力強いです!?」
「はぁ、何を勘違いしているの。全く、この子は」
「か、勘違い?」
手を離し、千代は大きくため息をついた。
「どうして、あなただけが生き残ったと思っているの?」
「そ、それは皆が私を憎んでいたから…」
「本当にそう思うの? 憎いから、アイツには生きていて欲しいなんて矛盾してない?」
そもそも、異能を持つ鈴鹿を叱っておいて、助けて貰おうなんて考えがおかしい。
「…信乃に聞いたけど、その簪。お母さんの形見らしいわね」
「え、ええ。誕生日に貰った物で…」
常に頭につけている簪に触れ、鈴鹿は言う。
異能を隠し、普通に過ごすようになってからは、両親も優しく接してくれるようになった。
その思い出があるからこそ、両親の命を奪ってしまった罪悪感を感じているのだ。
「その土砂崩れの日、あなたは一人だったの?」
「…家で、両親と一緒に居ました。だけど、どうして私だけが」
「………」
鈴鹿の言葉を聞き、千代は優し気に笑みを浮かべた。
「両親が、あなたを守ってくれたとは思わないの?」
「………え?」
「異能なんて関係ない。ただ、目の前で起きた災害から我が子を護ろうとした結果だとは思わないの?」
それは、今まで鈴鹿が考えもしなかったことだった。
罪を償う為に生かされたと思っていた命。
それが両親によって助けられた命だった。
「………」
災害の次の日、鈴鹿が目を覚ました時、傍らには両親の亡骸があった。
アレは、必死で鈴鹿を護ろうとした結果だったのだ。
本来、親は子に助けを求める物ではない。
親は、子を護る物なのだ。
「あなたは今こうして生きている。それが、両親があなたを愛している証明よ」
誰も償いなど求めていない。
その命を無駄に擦り減らすことなど、望む筈が無い。
鈴鹿の両親が望んでいたのは、ただ彼女の幸福だけだったのだから。
「一、二、三、四。四人ですか」
影が呟く。
無数の餓鬼を従える妖術師は、舌なめずりをするように獲物の数を数えた。
「都合の良いことに全員、女。さて、コレに適合する器は居るでしょうかね」
その手の中には『鬼子母神の遺骨』が握られていた。




