第六十四話 交戦
「ここまで来れば、大丈夫か」
縛られた玉梓を地面に転がしながら、蝦夷は呟く。
天文道の人払い故か、周囲に人影は無い。
ここなら存分に戦うことが出来るだろう。
「………」
初めから蝦夷は逃げるつもりなど無かった。
才蔵の指示で玉梓を誘拐したが、それは信乃を誘き寄せる為の罠。
蝦夷自身の目的は、追ってきた信乃と戦うこと。
以前の雪辱を晴らすこと。
才蔵に頼まれた『仕事』は、その後でも構わないだろう。
「あなたは…」
「あん?」
縄で縛られた玉梓の声に気付き、蝦夷は視線を落とした。
「…悲しい眼をしているわねぇ。親と逸れた子供のよう」
「ハッ」
まるで同情するような玉梓の言葉に、蝦夷は鼻を鳴らす。
自分を誘拐した男に対する言葉じゃない。
状況が理解出来ていないのか。
「勝手な妄想をほざくな。殺すぞ」
イライラしながら蝦夷は玉梓を睨む。
その言葉が本心からの物だと理解できることが尚の事、癇に障る。
「親から愛されなかった? それとも、親から憎まれていた?」
「どちらも外れだ。クソッタレ」
冷めた目で蝦夷は玉梓を見下ろした。
「もっと簡単な話だ。そもそも俺に、親なんていねえ」
蝦夷は感情の無い顔でそう呟いた。
愛されても、憎まれてもいない。
蝦夷を産み落とした母親とやらは、蝦夷に何の感情も抱いていなかった。
誰からも必要とされず、誰からも望まれず、生まれてきた。
「それは…」
「下らねえ話はもう終わりだ。これ以上言うなら、アンタから先に殺してやっても良いんだぞ」
蝦夷が玉梓を殺さないのは、単に死体の処理が面倒だからだ。
才蔵には天文道が待ち構えている場所まで連れて行った上で殺すように言われている。
一人の人間を痕跡一つ残さずに消すには、それなりに準備がいるのだろう。
「家族が欲しいと、思ったことは無いの?」
「………」
蝦夷は無言で刀を抜く。
表情の読めない顔のまま、玉梓を見つめる。
「無い」
いい加減、鬱陶しくなってきたのか腕を振り上げる蝦夷。
まだ殺しはしないが、手足の一、二本は斬り落として口を閉じさせよう。
そう考え、振り上げた腕を下ろす。
「蝦夷!」
「!」
聞こえてきた信乃の声に、蝦夷は動きを止める。
続けて、こちらへ段々と近付いてくる影が見えた。
「ハハッ!『唐紅』」
その相手を確認するよりも早く、蝦夷は挨拶代わりに攻撃を放つ。
見えない刃が風を斬り、走る信乃の首を狙った。
「『天泣』」
刃が信乃を捉える寸前、その姿が掻き消えた。
目にも留まらぬ速度で距離を詰めた信乃は、そのまま蝦夷へ突きを出す。
「読めているんだよ! 絡め取れ!」
他心でそれを察知していた蝦夷は刃を引き、信乃の妖刀に巻き付けるように刃を放った。
蜘蛛の糸のように長く、柔らかい異様な刃が、村雨に絡みつき、動きを封じる。
「チッ! 腕が上がったか」
「誰かさんに一度全身氷漬けにされたからな! 改めて鍛え直したんだよ!」
憎悪の込められた表情で蝦夷は叫ぶ。
あの敗北、あの雪辱だけは、この手で晴らすと決めた。
今だけは才蔵に与えられた仕事も、その報酬もどうでもいい。
ただ全力を以て、目の前の敵を斬り殺す。
「腕が上がったのは、お前だけじゃないぞ…『氷雨』」
静かに呟いた声と共に、信乃の刀に霜が降りる。
当然、それに絡みついていた蝦夷の刀も伝染するように白く染まっていく。
「なっ…!」
驚き、慌てて刃を解く蝦夷。
凍える程に刀身が冷たくなっていた。
そのまま放置していたら、芯まで凍結して砕かれていただろう。
「前より妖力が増している? アンタ、何をした…?」
「酒吞童子の時、色々あってな。どうやら前よりも刀の力を引き出せるようになったらしい」
信乃は複雑そうな表情でそう呟いた。
恐らく、村雨丸に肉体を乗っ取られたことが原因だろう。
傷の治りが異様に早くなっていたことと言い、肉体が人から外れた物に近付いているのだ。
あの時の村雨丸ほどでは無いが、扱える妖力の量が明らかに増えている。
「…やはり、アンタの強さはその刀が原因か」
「何?」
「直毘衆の強さは妖刀の強さだ。俺ももっと強い刀を手に入れれば、アンタより強くなれるだろう」
蝦夷は自身の刀を見下ろしながら、そう呟いた。
「新しい妖刀を手に入れるつもりか?」
「ああ、そう言う契約だ。俺は仕事を果たす。見返りに奴らは俺に新しい妖刀を与える」
才蔵が何を企んでいるのか、天文道が何をしようとしているのか、どちらも興味が無い。
蝦夷が求めているのは、新たな力。
誰にも負けない力だ。
「…相変わらず、自分のことしか考えていない野郎だな」
自分の望みを果たす為なら、都や帝がどうなっても構わないのだろう。
「そう言うもんだろ、直毘衆なんて」
「ハッ、違いない」
直毘衆は『自分の為にしか剣を振るわない』
それは信乃も変わらない。
天文道のように誰かの為、何かの為、と刃を振るう理由を他に委ねない。
全て自分の意思で刀を握る。
「では俺も個人的な理由で、お前を倒すとしよう」
「忍法! 金遁の術!」
子供のように無邪気に叫びながら、初芽は幾つもの苦無を投擲する。
黒く塗った刃は、十分に人を殺傷する力を秘めており、千代はそれを刀で弾いた。
「ふっ!」
「うわ…!」
放たれた苦無を全て捌き切った後、千代は初芽へ距離を詰める。
苦無を投擲したばかりで隙だらけな初芽へ向かって、刀を振り上げた。
「ッ」
刀を振り下ろす直前、自身に迫る刃に気付き、千代は回避行動を取る。
その隙に距離を詰められていた初芽は、その場から飛び退いた。
「油断しない」
「はーい。ごめんね、姉さま」
初芽を護るように苦無を投擲した局は、咎めるように言った。
頭を掻きながら、初芽は苦笑いを浮かべる。
(…一人だけなら簡単に倒せるけど、二人一緒だと中々面倒ね)
双子故か、二人の息が合い過ぎている。
妹を追い詰めれば、姉が護る。
姉を追い詰めれば、妹がその隙を狙う。
純粋な実力は妖刀使いである千代より劣るが、中々攻め切ることが出来ない。
(それに加えて…)
ちらりと千代は視線を後ろに向けた。
「…ッ」
そこには緊張した面持ちの鈴鹿が居た。
今は狙われていないが、彼女が狙われる可能性を考えるとあまり派手な動きは出来ない。
鈴鹿の近くを極力離れず、姉妹二人を相手にする必要があった。
「忍法! 火遁の術!」
そう言いながら初芽は煙玉を投擲した。
「くっ!」
白い煙で視界を覆われ、千代は油断なく刀を構える。
視界は何も見えない。
だが、
(『他心』)
口を開かず、千代はひそかに他心を発動させた。
先程の蝦夷の言葉が千代も聞いていた。
視界が利かなくても、相手の心を読めば位置が分かる。
千代は三明全てを満遍なく、習得している。
一つ一つは特化した者に劣るが、それでも平均的な実力は備えていた。
「そこ!」
千代は煙の中、自身に近付いてくる声に気付き、刃を振るった。
手応えはあった。
千代の持った刀に初芽を斬り、その血が宙を舞う。
「あは」
「ッ!」
煙の中から聞こえた声に、千代の思考が止まる。
愉し気な笑みを浮かべた初芽は右腕をバッサリと斬られ、多くの血を流しながらも、止まらない。
血濡れの右腕で千代の服を掴んだ。
「捕まえた!」
腕の痛みを気にも留めず、初芽は残った左腕で苦無を構えた。
それは狂信だった。
命に代えても、帝の命令を果たすと言う執念だった。
「この…!」
苦無を突き立てられる寸前に千代はその体を思い切り蹴り飛ばした。
僅かに足に苦無が掠めたが、致命傷を負うことは避けられた。
「無茶をしない」
「無茶じゃないよ。薬使って痛みも和らげているし」
右腕から血を流しながら、初芽は笑顔でそう答えた。
意表は突かれたが、負傷は最小限に抑えた。
初芽は右腕を負傷したので、状況的には多少こちらが優位になった筈だ。
このまま続けていれば、必ず勝てる。
「…ッ…あ…」
そう考えた所で、千代の意識が歪んだ。
頭が熱い。
まるで熱した鉄を流し込まれたように、視界が揺れる。
「効いてきたみたいだね」
そう言って初芽は笑いながら苦無を見た。
黒塗りの刃。
その先端が何らかの液体で濡れていた。
(…毒、を)
そこまで理解した所で、千代の意識は闇に沈んだ。




