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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第参章
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第六十三話 誘拐


「取り敢えず、帝の下へ報告に行こうと思う」


玉梓の作った食事を終え、頼光はそう告げた。


「また門前払いされるんじゃねえか?」


「その時は多少強引に行かせてもらうさ。玉梓さんも連れて行くし」


どうやら玉梓は帝と面識があるらしい。


あの色に溺れた帝が玉梓を無下に扱うとは思えない。


そして直接会えば、あとはこちらの物。


彼女の口から天文道の凶行を告げればいい。


「恐らく、連中は帝にこのことを隠している」


でなければ、夜闇に乗じて暗殺などしないだろう。


幾ら天文道が帝に信頼されているとしても、無辜の民の暗殺を許可するほど、帝は暗愚で無いと信じたい。


あの凶行は天文道による暴走だと。


「そうなると、ほぼ確実に天文道が邪魔してくるだろうな」


「そこはそれだ。武力行使してくるなら、こちらも防衛するしかない」


ニッと笑みを浮かべて頼光は言った。


向こうが暴力に訴えて来るなら、こちらも望む所。


頼光、信乃、千代と直毘衆が三人も居るのだ。


正直、天文道全てを相手にしても余裕で勝利する自信がある。


「何だ。結構脳筋だな、お前も」


普段は利口に振る舞っているが、結局のところ頼光も直毘衆には違いない。


あれこれと口を動かすよりも、刀を振るう方が性に合っているのだろう。


「天文道は戦闘が専門外だ。どれだけ妖術に精通しても、三人揃ってようやく直毘衆一人分と言った所か」


一対一で鬼と戦う直毘衆とは実力が違う。


妖刀を持つ、と言うことはそれだけの違いをもたらす物なのだ。


加えて言えば、その直毘衆一人分と言うのも頭に『平均的な』と言う言葉が付く。


直毘衆最強である頼光や、最速の神足を持つ信乃は、また別格だ。


「お二人共、お茶が入りましたよぉ」


ニコニコと笑いながら玉梓が言った。


手にしたお盆には人数分のお茶と団子が乗っている。


「要らん。俺は…」


呆れたように言いかけて、信乃はぴくりと肩を動かした。


コロコロと音を立てて、足下を何かが転がる。


布に覆われた球状の物体だ。


一本だけ、先端に火が付いた縄が飛び出している。


「何…?」


見たことの無い物体に判断が遅れる信乃。


その瞬間、球状の物体は音を光と共に爆発した。


衝撃は無い。


代わりに白い煙が家中を覆い尽くした。


「ゲホッ! 煙玉だ!」


完全に視界を塞がれた信乃の耳に、頼光の声が響く。


「天文道が使う道具の一つだ! とにかく、早く外に…!」


出来るだけ煙を吸わないように口に手を当て、信乃は頼光と外へ飛び出す。


「コホコホッ…敵襲、ですか…!」


「こんな真っ昼間から…」


遅れて白い粉に塗れた鈴鹿と千代も現れる。


玉梓が居ない。


「くそっ、どこに行った!」


「あそこだ!」


頼光が指さす先。


屋根の上に、縛られた玉梓を抱える男の姿があった。


「よう、久しぶりだな」


「蝦夷…! 何でお前が…!」


「俺の他心は天才的だからな。煙の中だろうと、心の声を聞いて『標的』を見つけられるのさ」


愉し気に笑いながら蝦夷は言う。


信乃を出し抜けたのか嬉しいのだろう。


屋根の上から見下すように信乃を見ている。


「さて、俺の仕事は済んだ。じゃあな、間抜け共」


「待て!」


屋根を蹴り、その場から走り去る蝦夷。


人一人を抱えているとは思えない速度で、遠くへと消えていく。


「信乃君! 君は彼女を…!」


「分かっている!」


この場で最も速い神足を持つ者は信乃だ。


どうして蝦夷が天文道に協力しているかは不明だが、このまま逃がせば玉梓は殺される。


すぐさま信乃は神足を発動し、蝦夷の跡を追った。


「………」


それを見送ってから、頼光は視線を前に向ける。


「信乃殿に追わせましたか。まあ、想定通りでござるな」


才蔵は顎を撫でながら、そう呟く。


「こんな明るい内に事を起こすとは思わなかったよ」


「ご心配なく。既に周囲一帯には天文道を配置し、人払いを行っているでござる」


「…用意周到なことだ。ここで僕らを殺すつもりかい?」


「まさか」


才蔵は露出した目元だけで笑みを浮かべた。


「仲良く話でもしましょう。あの女が死ぬまでの間、ね」


「残念だけど、お断りする」


頼光は錫杖を手に、才蔵を睨む。


妖刀は使えないが、それでも天文道に後れを取ることは無い。


すぐに打ち倒し、捕えて帝の前に突き出してやる。


「きゃっ…!」


「!」


その時、小さな悲鳴が聞こえた。


見ると、鈴鹿と千代の下へ二人の女が襲い掛かっていた。


初芽と局。


才蔵と同じ天文道に所属する姉妹だ。


「つくづく甘い。その甘さが命取りでござる」


「ッ! くっ…!」


意識が千代達へ移っていた隙を突き、才蔵は苦無を投擲する。


それに気付いた頼光は咄嗟に首を動かし、目を狙っていた刃を回避した。


苦無は頼光の頬を掠め、頼光の影に突き刺さる。


「いきなり急所狙いか。危なかったよ」


「…いや、狙いはそこではない」


「何だって…?」


首を傾げた頼光へ向かって、才蔵は手を翳した。


「妖術『影縫い』」


「な…」


瞬間、頼光は全身が石に変わったような錯覚を覚えた。


体が重い。


指一本動かすのにも、多大な力がいる程。


「まさか、こんな術が…!」


「妖術とは元々天文道の物。棒振り風情が、調子に乗るなよ」


冷めた表情を浮かべた才蔵の影が大きく膨らみ、立ち上がる。


黒い影に色が付き、それは才蔵に少し似た巨漢の分身へ変わった。


「妖術『影分身』………あまり姿が似ていないのが難点でござるが『本体よりも強い分身』と言うのは、それなりに使い道がある」


動きを封じた上で、近付かずに相手を始末できる。


才蔵が合図を出すと、言葉も無く巨漢の分身が腕を振り上げた。


「潰れろ」


腕が振り下ろされる。


身動きが出来ない頼光は、それをまともに受け止めた。


「ぐっ…」


大人の胴程はありそうな腕を手にした錫杖で受け止めながら、頼光は呻く。


「やるでござるな。その腕を細い杖で受けたこともそうだが、影縫いが効いている中で動けるとは」


「足は未だに固まったままだけど、ね…!」


妖力を纏い、上半身だけの力で分身を押し返す頼光。


それを感心したように見つめながら、才蔵は腕を動かした。


「流石に一筋縄ではいかないでござるな。まあ、それも想定内でござる」


才蔵の影が膨らみ、新たな分身が出現する。


「分身が一体までと言った覚えはないでござる」


「チッ!」


舌打ちをしながら、頼光は油断なく杖を構えた。

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