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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第弐章
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第五十二話 白魔


「信乃君、なのか?」


頼光は呆然とした表情で尋ねた。


『それは難しい質問だ。そうだとも言えるし、そうでないとも言える』


以前信乃に答えた時と同じく、村雨丸は曖昧に呟く。


その肉体は確かに信乃の物だが、表情も雰囲気も妖力も、何もかも別物だった。


「まさか、妖刀に体を乗っ取られて…」


『それは誤解だ、人間』


謂れのない罪を押し付けられたように、村雨丸は顔を顰める。


『我とて望んでここに居る訳ではない。本当だぞ? 例えるなら、演劇を特等席で見ていたら、いつの間にか舞台に座っていたような物だ。人間風に言うなら、寝耳に水と言うやつだ』


困ったように息を吐き、村雨丸は手にした妖刀を見つめる。


刀身が半ばからへし折れ、無残な姿になった村雨を。


『元を辿れば、奴が刀を折ったりするからだ。お陰でその気も無いのに裏返ってしまった(・・・・・・・・)


半分ほどに短くなった妖刀を振り、村雨丸は頼光から酒吞童子へ視線を移す。


『まあ、折角の機会だ。元通りになる前に、少し運動でもさせてもらうとするか…!』


どこか野性的な笑みを浮かべ、村雨丸は叫ぶ。


可視出来る程に膨大な妖力。


餌を前にした獣のような獰猛な笑み。


興奮して赤く染まったその目は、鬼の眼によく似ていた。








「ハァ!」


身に宿す霊鬼を解放したことで、酒吞童子は鬼としての力を十全に発揮できる。


特異な能力だけでなく、その身体能力も全て強化されていた。


信乃の縮地に匹敵する速度で、酒吞童子は村雨丸に迫り、神速の突きを放つ。


『それで終わりか?』


難なく村雨丸はそれを折れた刀で受け止める。


全力を込めた一撃と拮抗する力。


怪力無双の酒吞童子と並ぶ程の力に驚くが、まだ攻撃は止まらない。


「受け切れるか! 我流『落葉』」


至近距離から放たれる無数の槍。


生前に会得した技を、死後に得た怪力で振るう。


力が拮抗しているのなら、速さはどうか。


音すら置き去りにした速度で次々と放たれる槍を、村雨丸は折れた刀で捌き続ける。


『三十五、三十六、三十七…』


常人には見ることすら出来ない速度で打ち合う中、村雨丸は一人呟く。


『三十八………そろそろ砕けるぞ』


「ッ」


言葉と共に酒吞童子の手にした槍に亀裂が走る。


村雨丸はただ槍を刀で防ぎ続けていた訳ではない。


槍を刀で受ける度に、少しずつ妖力を流し込んで槍を破壊した。


「ハッ! それに儂が気付いていないとでも思ったか!」


しかし、酒吞童子はそれを予測していた。


村雨丸は槍に細工をして壊そうとしてることを初めから気付いていたのだ。


「『鉢頭摩処はちずましょ』」


槍で打ち合っている間に地面に流していた妖力が発動する。


敵の得物を奪って油断した隙を狙い、地面から刃が突き出た。


足を潰す処ではない。


針山地獄のように足下から全身を貫通させ、処刑する必殺の一撃だ。


林のように並ぶ白い刃。


それを見渡し、酒吞童子は顔を歪めた。


「居ない…どこへ逃げた!」


『ここだ。間抜け』


「ッ! 上か!」


空を見上げる酒吞童子。


地面から伸びる刃を見て跳躍したのか、そこに村雨丸の姿があった。


「間抜けは貴様だ! 空中では躱せまい!」


全身から剣や槍を生やしながら、酒吞童子は空を跳ぶ村雨丸を睨む。


飛翔している訳ではない。


重力に従って落ちてくる村雨丸を串刺しにしようと、酒吞童子は刃を放つ。


『躱せないなら、躱さなければいい』


そう言って村雨丸は折れた刀を振るう。


身に纏う白い霧が雨を凍らせ、空中に結晶を作り出す。


『武装を成せ。虎虎婆ここば


それは百を超える氷柱だった。


無数の刃を操る酒吞童子を真似るように、氷で作られた武装達。


『ふははははは! 放て!』


槍と同等の大きさ、殺傷力を持った冷たい凶器が地上へ放たれる。


それを見て、酒吞童子は憤怒を顔に浮かべた。


「たかが氷細工で儂の真似事か! 片腹痛いわ!」


全身に生えた武装が、全て村雨丸に狙いを定める。


「全て破壊せよ!『一切根滅処いっさいこんめつしょ』」


迎え撃つように、地上から同数以上の刃が空へと放たれた。


単純に見れば、氷と鉄では勝負にならないが、村雨丸の作り出した氷は妖力を含む異物。


その強度は石を超え、鉄すら容易く貫く。


空から降り注ぐ氷の刃は槍を砕き、また違う所では槍が氷の刃を打ち破っていた。


「おのれ…!」


力は拮抗している。


その事実に、酒吞童子は腸が煮えくり返る思いだった。


あの忌々しい小僧も不快だったが、今の相手はそれ以上だ。


敵は妖刀なのだ。


自身の人生を狂わせた呪いの道具。


あんな物に頼らない力を求め、鬼へと堕ちた。


どんな妖刀使いも敵わない力を得た。


それなのに、まだ立ち塞がるのか。


あんな惨めな思いは、二度としたくない。


そう願って、ここまで成り果てたと言うのに。


『隙あり、だ』


思考が怒りに支配された隙を見逃さず、村雨丸は掴み取った鉄の槍を投擲する。


酒吞童子自身が作り出した槍は、全ての刃の間を擦り抜け、自らの腹部を貫通した。


「が…!」


酒吞童子の腹部に大きな風穴が空き、その動きが止まる。


「まだじゃ…! まだ終わりじゃない…!」


傷口を急速に再生させながら、酒吞童子は吠える。


こんな最期は認めない。


そう叫び、槍を取る。


『いや、もう終わりだ』


冷めた目で酒吞童子を見下ろし、村雨丸は刀を振るう。


形成されるのは雪と風。


辛うじて槍の形を保つ荒れ狂う吹雪そのもの。


摩訶鉢特摩まかはどま


大地が揺れた。


都の全てを揺らす衝撃の後、酒吞童子の姿はどこにも無く、


ただ、魂まで凍り付いた鬼の氷像だけが残った。

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