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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第弐章
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第四十八話 羅刹


誰よりも優れた力。


誰からも慕われる名声。


そして、それらを決して私情の為に振るわない滅私奉公の精神。


“夜叉”道雪は全ての人間の頂点に立つ存在だった。


だが、たった一人だけ。


彼に並ぶ男が居た。


その男に名声は無く、高潔な精神も持たず、


ただその力だけは、道雪に並ぶと恐れられた。


“夜叉”の異名を持つ道雪に対し、“羅刹らせつ”の異名で呼ばれた男。


その男の名は…








「ッ!」


「この感覚は…!」


信乃と頼光は同時にそれを感じ取った。


都の正門付近で、何かが起きた。


ここまで伝わる妖力と気配。


この都に、鬼が現れたのだ。


「酒吞童子だ! 先に行くぞ、頼光!」


「待て! 僕が…」


「俺の方が速い!」


制止する頼光の声を跳ね除けて、信乃は走り出す。


大勢の人間が済む都で酒吞童子が暴れれば、被害は維那村の比ではなくなる。


一刻も早く、止めなければならない。


「…分かった。でも、絶対に無理はするなよ! すぐに僕も向かうから!」


「了解!」


頼光の言葉に信乃は振り返らずにそう答えた。


それを心配そうに見送りながら、頼光は自分のやるべきことに集中する。


「くっ! 天耳“最大展開”」


両目を閉じ、意識を広げる頼光。


遠く離れた人間との交信も可能とする頼光の天耳。


それを使って、都全ての人間に同時に声を伝える。


本来なら受信する側も天耳を開く必要がある頼光の妖術だが、範囲を都に限定することで一般人にも声を届かせる。


『緊急連絡! 正門付近にて鬼が出現! 民間人は指定の場所に避難せよ!』


(悪夢だ。まさか、こんな連絡をすることになるとは…!)


今まで十年を掛けて都を護り、人々の心から恐怖を取り除こうと努力していたと言うのに。


その努力を自らの手で水の泡に変えようとは。


ギリッと頼光は悔し気に歯を噛み締め、天を睨むように見上げる。


「…雨、か」


頼光の心を表すように、空は暗い雲で覆われていた。








「不味い」


ぐちゃぐちゃと口を動かしながら、酒吞童子は呟いた。


不快そうに顔を歪め、噛んでいたを吐き捨てる。


「やはり、弱肉は喰えたものではないのう。腐肉でももう少しマシじゃ」


ズンズンと建物を破壊しながら悪鬼は突き進む。


時折、逃げ遅れた人間を見つけては刺し殺し、その肉を食んでいた。


「普段ならこんな弱肉は相手にしないのじゃが、どうも最近は血が騒ぐな」


自分でも抑えられない興奮に酒吞童子は首を傾げる。


鬼の本能故か、人を殺したくて堪らない。


満たされない飢餓を感じ、肉を喰いたくて仕方がない。


「天邪鬼の言っていたように、霊鬼が馴染んできた(・・・・・・)と言うことか」


高鳴る心臓を抑え、酒吞童子は獰猛な笑みを浮かべる。


「じゃが、コレはいかん。いかんなぁ。コレでは都の人間を全て殺し尽くすまで、儂の酔いは醒めんぞ」


酩酊したように顔を染めた酒吞童子は槍を握り締めた。


都には未だ手を出すなと海若に言われていた気もするが、我慢できない物は仕方がない。


この手で都の全てを壊し尽くそう。


「酒吞童子!」


「ぬ?」


「神立“蛟”」


熱に浮かされる酒吞童子を醒ますように、激流が襲来する。


降り続ける雨を集めて出来たような、水の大蛇。


氷の顔と水の胴を持つ巨大な蛇が、酒吞童子へ襲い掛かる。


「ハッ! 甘いわ!」


見覚えのある技を見て、酒吞童子は凶暴な表情を浮かべた。


「我流『落葉』」


舞い散る葉の如き、神速の突きが放たれる。


同時に無数の槍が現れた様に錯覚すら覚える槍は、水の大蛇を全身を突き砕き、消滅させた。


「同じ技がまた儂に通じると思ったか! 小僧!」


酒吞童子は現れた怨敵に向かって叫んだ。


以前自分が敗れた技をもう一度見せるとは、侮辱してくれる。


この恨み、まとめて晴らしてくれよう、と信乃を睨んだ。


「………」


信乃はそれを無言で睨み返す。


以前、あの技が通用したのは不意打ちだったからだ。


酒吞童子が信乃を侮り、油断していたからだ。


だが、今の酒吞童子に油断は無い。


屈辱を晴らす、と言う一心で全力を以て信乃を殺しに来るだろう。


「『村雨』」


愛刀の名を呼び、信乃は刀を振るう。


天候は雨。


水を力に変える村雨の能力を最大限に生かせる。


それでも、勝てるか?


『臆病風に吹かれたのか?』


ふと、どこからか声が聞こえた。


暗く深い地の底から聞こえるような声。


それは、自身の内から聞こえる声だった。


(村雨丸…)


『いつでも力は貸してやるぞ。我は寛大だからな』


誘惑するような声を聞き、信乃は逆に意思が固まった。


抜いた刀を真っ直ぐ酒吞童子へ向ける。


「『天泣』」


自身が最も信頼する技を放つ。


雨で柔らかくなった地面を蹴り、鬼すら超えた速度で渾身の突きを放った。


狙いは首では無い。


「なッ!」


酒吞童子の顔が驚愕に染まる。


その刀がどこを貫こうとしているのか気付いたのだろう。


(鈴鹿は言っていた。奴の首が断たれた時、心臓だけが動いていたと)


体は完全に死んでいたのに、心臓だけは生きていた。


まるで、別の生き物のように。


(鬼童丸は本体である白い蛇を切り裂くまで、何度も復活した。首を刎ねられても、すぐに復活して見せた)


ならば、酒吞童子も同じ筈だ。


首では無く、心臓を貫けば、当然のように死ぬ筈。


その仮説は、酒吞童子の表情が証明した。


「ぐ、おおおおおおおおおおおお!」


「チッ!」


確実に心臓を貫く一撃。


それを酒吞童子は強引に体を前に出すことで身に受けた。


村雨が酒吞童子の身を貫くが、それは心臓から僅かに外れている。


「まだだ! 凍てつけ!」


狙いは逸れたが、妖刀はまだ酒吞童子を貫いたままだ。


信乃はそのまま妖力を込めて、酒吞童子の体を内部から凍結させようとする。


「カァァァァァ!」


叫び声と共に酒吞童子の口が大きく開いた。


「何を…」


開かれた真っ暗な穴の中に、何か赤い物が見える。


それは棘だ。


棘だらけの槍の先端だった。


「ッ!」


投石機のように、その口から一本の槍が射出された。


それは信乃の頭部を砕こうと矢のような速度で迫る。


「くっ!『縮地』」


苦い表情を浮かべて、信乃は酒吞童子の体を蹴った。


妖刀を引き抜き、一気に距離を取る。


先程まで信乃が居た場所に、槍が突き刺さった。


「はぁ…はぁ…そう簡単にはいかねえか」


信乃は妖刀を改めて握りながら、油断なく酒吞童子を睨んだ。

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