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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第弐章
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第四十九話 長可


「よもや『遺骨』の存在を知っていたとは…」


(…遺骨?)


苛立ちながら呟く酒吞童子に、信乃は訝し気な顔を浮かべる。


霊鬼六道の本体。


不死身の肉体を持つ彼らの弱点と言える部分。


どうやらそれは『遺骨』と呼ばれる物らしい。


「つくづく不愉快じゃ。またその忌々しい道具で、この儂に血を流させたな…!」


憎悪の込められた目で酒吞童子は信乃の持つ妖刀を睨んだ。


向けられる殺気を感じながら、信乃は皮肉気な笑みを浮かべる。


「妖刀はお嫌いか?」


「ハッ! その呪われた道具を嬉々として振るう貴様らの方が気が狂っているわ!」


吐き捨てるように酒吞童子は叫ぶ。


「あの薄汚い坊主共め! 奴らがそんな物を寄越したから、儂は…儂は…!」


(何の話だ…?)


狂ったように頭を抑える酒吞童子に、信乃は首を傾げた。


薄汚い坊主とは、天文道のことだろうか。


確かに妖刀は元々天文道が用意した物だが、それを何故鬼である酒吞童子が知っている?


それにその口ぶりではまるで、


(まるで、天文道から妖刀を(・・・・・・・・)受け取ったことが(・・・・・・・・)あるような(・・・・・)…)


「チッ! 嫌なことを思い出した。この場所はいかんな、何もかも懐かしすぎる」


頭を振って、酒吞童子は手にした槍を握り直す。


「お前、まさか…」


「信乃君! 無事かい!」


信乃の言葉を遮るように、息を切らせた頼光が現れた。


心配そうに信乃の体に視線を向け、無事を確認すると安堵の息を吐く。


「どうやら、間に合ったみたいだね。良かった」


「何も良くねえよ。目の前の鬼が見えねえのか」


親心が出て酒吞童子に意識を向けていない頼光に、信乃は前を向くように促した。


相変わらずどこか抜けているが、信乃は頼光の実力をよく知っていた。


妖刀を抜かずに本気の信乃と同等の力を振るう化物。


彼と二人がかりなら酒吞童子も容易に倒せるだろう、と信頼の目を向ける。


「…え」


しかし、信乃の目に映った頼光の表情は、驚愕に染められていた。


初めて霊鬼と呼ばれる鬼を見たから、ではない。


何か初めての生き物を見た類の驚きではない。


むしろ、その逆。


予期せぬ知人(・・・・・・)に出会ったような驚愕と困惑が浮かんでいた。


「そんな、あり得ない…あなたは、死んだ筈…」


「ほう。随分と見てくれが変わった筈だが、儂に気付いたか」


どこか愉し気に笑う酒吞童子。


その笑みも、声も、頼光の記憶にある物と同じだった。


「頼光、何を言っているんだ。コイツのことを知っているのか?」


「彼は…『長可ながよし』」


頼光は静かに、その名を呼ぶ。


「“夜叉”道雪に次ぐその実力から“羅刹”長可と恐れられた、元直毘衆(・・・・)だよ」


その男が『酒吞童子』と呼ばれる前の名を、呼んだ。








かつて帝は身を護る為に十の武人を従えていた。


親衛隊と呼ばれた彼らは、その武を以て帝の手足のように働いた。


親衛隊は隊長である道雪の人柄を表すように、高潔で品性方正な組織だった。


だが、ただ一つ例外が居た。


その者は何よりも闘争を好み、敵対者は嬉々として惨殺した。


その者は誰よりも実力を信じ、弱者は同胞であっても苛烈に接した。


親衛隊に相応しくない蛮人、と誰もが思った。


しかし、誰もがそれを口に出来なかった。


彼は強かった。


実力だけなら隊長である道雪に並ぶと称される程に。


彼が隊長に選ばれなかったのは、単に性格が相応しくなかっただけだと噂される程に。


十年前、親衛隊が直毘衆と名を変えた時、彼らは期待した。


性格はともかく、その実力だけは信じていた。


妖刀を手にすれば、彼はきっと鬼の脅威から都を護ってくれると信じた。


だが…


「この儂を直毘衆と呼ぶな…」


憮然とした表情で、酒吞童子は吐き捨てた。


頼光と再会した時に浮かんでいた笑みは消え、苛立ちが浮かんでいる。


「そう、でしたね。謝罪します」


何かを思い出したように、頼光は答えた。


「どう言う意味だ? アイツは、元直毘衆じゃないのか?」


「違うんだよ。彼は、親衛隊ではあっても、直毘衆では無いんだ」


「それって、つまり…」


十年前、妖刀を手にした親衛隊は直毘衆と名を変えた。


直毘国最強の武人達は、妖刀を手に入れたことで鬼と戦う力を得たのだ。


しかし、そうでなかったとすれば。


十人の親衛隊の中に、妖刀の素質の無い者が居たとすれば?


素質の無い者が妖刀を手にすれば、妖刀の穢れに毒されて発狂する。


そうと分かってい(・・・・・・・・)るのは何故か(・・・・・・)


「儂は狂ったのよ。あの薄汚い坊主共がこの儂に刀を握らせ! 完全に気が触れた! 思い出すだけではらわたが煮えくり返るわ!」


正気を失った長可は獣のように暴れた。


元々常人を超越した実力を持つ化物だ。


目に付く者は誰であろうと殺し、その果てには…


「ですが、あなたはあの時に確かに死んだ。道雪さんに斬られた筈…!」


「その通り。儂は狂乱の果てに一度死んだ。じゃが、儂はこうしてここに存在している」


人として、親衛隊としての長可はあの時に死んだ。


ここに居るのは酒吞童子の名を持つ鬼である。


「地獄の底へ堕ちたこの儂を呼ぶ声があった。そして、儂はそれに答え、鬼へ変生した。それだけの話じゃ」


「鬼へ…変生…」


かつて共に戦った相手の末路に、頼光は呆然とする。


凶暴で危険な男だったが、長可は確かに人間だった。


それが狂気の果てに、鬼となって転生したのだ。


「さあ。最早、問答は無用! かつての同胞を殺すことになろうとも、是非も無し! 人と鬼。思う存分、殺し合おうぞ!」


酒吞童子はそう叫び、手にした槍を頼光へ向けた。

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