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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第弐章
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第四十五話 都


色鮮やかな建物が並び、活気ある人々の声が響く豪華絢爛の都。


一部の権力者しか住むことが出来ない、この直毘国の首都。


帝の住まう地だ。


「すごい。こんなに沢山の人を見たの、初めてです…」


綺麗に整備された道を歩く人々を見て、鈴鹿は呟く。


「かはは、田舎者には珍しいか? おのぼりさん」


「うっ」


きょろきょろと興味津々に視線を動かす鈴鹿の姿に、信乃は思わず言った。


その顔には馬鹿にするような笑みが浮かんでいる。


「何言っているの。自分だって地方の生まれのくせに」


千代はそう言ってジト目で信乃を睨んだ。


いかにも都会慣れしているように振舞っているが、信乃だって都の出身ではない。


七年前に頼光が拾ってくるまでは地方の田舎で暮らしていたのだ。


「バラすなよ」


「ちなみに私は生まれも育ちも都だけどね」


今度は千代が馬鹿にするような笑みを浮かべる。


道雪の娘である千代は、十年前までは両親と共に都で暮らしていた。


今でも何不自由なく都で生きていける程度の地位は持っているのだ。


まあ、千代本人はそれを望まずに直毘衆となって各地を転々としているが。


「直毘衆のお二方も都へ帰還するのは久しぶりなのでは?」


先を歩いていた才蔵が振り向きながら尋ねる。


「どうでござるか? 何か変わった所でも?」


「そうだな…」


ちらりと信乃はすれ違う人々に視線を向けた。


笑顔を浮かべて友人や家族と会話しているように見える彼らの顔を観察する。


「『恐怖』が見えるな。隠しているが、誰もが恐れを感じている」


「と言うよりは、不安じゃないかしら? やっぱり、この間の一件が尾を引いているみたいね」


信乃の言葉に千代は僅かに暗い表情を浮かべる。


都の人間は、地方に比べて鬼の噂に過敏になる。


かつて十年前に起きた地獄を覚えている者は、未だその恐怖から逃れられていない。


霊鬼六道による大虐殺は、都の者達を震え上がらせているのだ。


「歴戦の武人である貴方達がそう言うなら、やはりそうなのでござるな。はぁ、我が身の不徳を嘆くばかりでござる」


陰鬱なため息をつく才蔵。


どうやら、民衆を怯えさせていることに無力感を感じているようだ。


直毘衆に代わり帝、ひいては都を護る天文道として責任を感じているのだろうか。


「…さっきから思ってたが、随分とこちらを持ち上げるな。天文道ってのは、そんなに腰が低い連中では無かったと記憶しているが?」


首を傾げながら、信乃は疑問に思っていたことを告げる。


元々直毘衆と天文道はあまり仲が良いとは言えない。


方や鬼と戦う戦士で、方や妖術を極める妖術師である。


畑違い故に話も合わず、憎み合っているとまでは言わないが、積極的に干渉するような仲では無かった。


信乃の知る天文道は基本的に愛想が悪く、妖術の開発とそれを使って帝を守護することしか考えていないような連中だった。


「あはは。まあ、その認識で相違ないでござる。拙者は天文道ではまだまだ若輩者で、馴染めていないのでござる」


「若輩者?」


信乃は才蔵の顔に目を向ける。


顔、と言っても才蔵は目元以外を布で覆っている為、あまり分からないが。


体格や声の感じから判断にするに、三十歳前後と言った所か。


若輩者と言うのはやや年を食い過ぎているような気もする。


「日が浅い、って意味でしょう。天文道に入ってからの」


「その通りでござる。何分、拙者の妖術の才は遅咲きでしたので」


苦笑しながら才蔵は頬を掻く。


軽い口調だが、苦労したように聞こえる。


「実を言うと、拙者は元々直毘衆になりたかったのでござる」


「へえ。それは何とも、命知らずなことだ」


「ははは。残念ながら、妖刀の素質が一切なく夢破れましたが」


笑いながら才蔵は信乃が腰に差した刀を見る。


その眼には羨望が宿っていた。


「妖刀の素質ってそんなに重要なんですか?」


「当たり前だろうが。妖刀ってのは、ごく一部の人間にしか使えねえんだぞ」


不思議そうに言う鈴鹿に、信乃は呆れた顔を浮かべる。


周囲に直毘衆が何名も居る為、感覚が麻痺しているらしい。


妖刀は誰にでも使える訳ではない。


刀は自分を使う者に素質を求める。


肉体的な強さもそうだが、精神的な強さも必要とする。


「妖刀ってのは鬼や妖怪の穢れを帯びた呪われた刀。素質のねえ連中が抜けばどうなるか」


「…どうなるんですか?」


「死ぬ」


簡潔に信乃は告げた。


「ただ死ぬだけならまだマシな方だ。最悪なのは、妖刀に宿った怨念なんかに取り憑かれて誰彼構わず襲い掛かる狂人になることだな」


鬼と対等に戦える妖刀を持つ者が無差別に人を襲う。


それでは鬼と同等の怪物だ。


その為、現在の直毘衆ではそんなことが絶対に起きないように、先に妖刀の素質を調べる。


そして、素質の無い者には絶対に妖刀を渡すことは無い。


「鞘に収まっているのを運ぶくらいなら大丈夫だが、抜身の妖刀には絶対に触るなよ」


「さ、触りませんよ。ええ、近づきもしません…!」


震えながら鈴鹿は信乃から距離を取った。


信乃が持っている内は安全なのだが、それは頭から抜けたようだ。


「妖刀って、怖い物だったんですね…」


「しかし、同時に頼もしい武器でござる。十年前、天文道が掻き集めた妖刀を直毘衆に授けたのは陛下の英断だったでござるな」


当時はまだ天文道では無かったのか、どこか他人事のように言う才蔵。


信乃は直毘衆に妖刀を授けたのが帝なのは知っていたが、それを集めたのが天文道であることを知らなかったのか、少し驚いていた。


「それはそれとして。皆様、長旅でお疲れでござろう。まずは今日の宿へ案内するでござるよ」


そう言うと、才蔵は再び先を歩き始めた。








「待ってたよ。皆、息災で何より」


案内された宿で出迎えたのは、信乃の良く知る人物だった。


頭襟ときんを被り、袈裟を纏った山伏風の男。


厳重に封をした妖刀の代わりに錫杖しゃくじょうを握る直毘衆の長。


「ら、頼光様!」


「や。千代君は随分と久しぶりじゃないかな?」


気さくな雰囲気で片手を上げながら、頼光は朗らかな笑みを浮かべた。


「隊長直々の出迎えか………暇なのか?」


「やれやれ、君も相変わらずだね。もう少し愛想よくなってくれたら、僕としては嬉しいんだけど…」


思わず絶句する千代とは異なり、信乃はあっさりとした反応だ。


頼光も慣れた様子でため息をついている。


まるで、手の掛かる弟か息子を見るような表情だ。


「まあ、とにかく。鬼童丸討伐の件は見事だった。よく頑張ったね」


「…子供扱いすんじゃねえよ。アレくらい楽勝だ」


頭を撫でようとする頼光の手を叩き落とし、信乃は仏頂面を浮かべた。


それを微笑ましそうに眺めた後、頼光は居心地悪そうにしていた千代に視線を向ける。


「あ、えっと、頼光様。私は…」


「千代君もよく頑張ったね」


「…え?」


てっきり叱責されると思っていた千代は俯いていた顔を上げる。


「酒吞童子から維那村を護ったと聞いたよ。君の御父上の故郷が無事なのは、君の功績だ」


「いえ、私は…」


千代は暗い表情を浮かべる。


そんなことは無い、と思っているのだろう。


千代に出来たのは、時間稼ぎだけだ。


酒吞童子を退け、鬼童丸を倒した信乃には遠く及ばない、と。


再び俯く千代の頭に、そっと手が置かれた。


「誰が最も優れているかなんて関係ないんだ。自分のしたこと、自分が救った人々だけを見なさい。彼らにとって君は間違いなく英雄なのだから」


「頼光様…」


頼光の言葉に、感涙する千代。


そんな二人を信乃と鈴鹿は少し離れて見ていた。


「優しそうな人ですね。流石、直毘衆の隊長です」


「…気を付けろ。ああ見えて、結構な女たらしだぞ。誰にでも甘い言葉を掛けるから、口説き落とした女は数知れない女の敵だ」


「え゛。ほ、本当ですか?」


「こら、人聞きの悪い嘘を吹き込むのはやめなさい」


いつから聞いていたのか、コツンと信乃の頭を叩く頼光。


心外そうに眉をひそめているが、信乃の表情は変わらない。


「嘘じゃねえだろ。お前に拾われてから、一体何人の女がお前の家を出入りしたと…」


「ら、頼光様?」


「ゴホン! とりあえず、その話は置いておこう!」


恐る恐る目を向ける千代の視線に気づき、慌てて頼光は話を変えた。


「君達に伝えておかなければならないことがあってね」


頼光は表情を真剣な物に変える。


「君達に明日、僕と共に陛下へ『謁見』して欲しいと思っているんだ」


頼光はあっさりとそれを告げた。

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