表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第弐章
46/120

第四十六話 村雨


雨が、降っていた。


凹凸など何一つない真っ白な空間に、ただ土砂降りの雨だけが降り続けていた。


「…何?」


何もない世界に一人立つ信乃は、思わず呟く。


(ここはどこだ? 俺は確か、宿で頼光に会って…)


明日、帝に会うなんてことを突然言われた。


驚愕する信乃達に頼光は詳しい話は明日教えると言って、立ち去った。


その後は久しぶりの都を歩き、日が落ちる頃に元の宿に戻った。


「………」


そこまで思い出して、信乃はがっくりと脱力する。


「夢か」


『夢ではない』


「うおっ!?」


この世界全てに響き渡るような声に、信乃の肩が跳ねる。


誰か居たことに驚いて視線を向けると、驚愕は更に大きくなった。


『ようやく気付いたか。存外、鈍いのだな。人間』


そこに居たのは、信乃(・・)だった。


信乃と全く同じ顔。同じ服装をした謎の男。


瞳の色だけは血のように赤く、信乃と異なる。


「…何なんだ、お前は」


外見は殆ど同じだが、身に纏う妖力は桁違いだ。


霊鬼と呼ばれる鬼達と同等か、それ以上。


信乃は思わず腰に手を当てるが、探し物は見つからなかった。


常に腰へ差していた筈の妖刀が無い。


『見て分からんのか?』


信乃と瓜二つの顔に、肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべる男。


土砂降りの雨に打たれながら、鬱陶しそうに長い前髪を掻き上げた。


『我のことはそうだな。村雨…いや、村雨丸(・・・)とでも呼べ』


信乃の持つ妖刀と同じ名を名乗る怪人物。


今すぐに信乃に危害を加える気はないのか、楽し気に信乃を眺めている。


「………」


『そう怯えるな、小さきもの。我と貴様の仲ではないか」


「何の話だ?」


『ふははは! 脆弱な人間である貴様が鬼と戦えているのは、一体誰のお陰だと思っている? 貴様の刀の名は何だ?』


「…まさか」


妖刀にも意思があるのでは、と考えたことがある。


自身を使う者に力を貸し、相応しくないと判断した者は狂気に堕とす。


刀に悪霊や妖怪の類が取り憑き、使い手を選んでいるのではないか、と。


この男が、そうだと言うのか。


『理解したようだな。歓喜せよ! 我が力を賜ったことに咽び泣け! 人間! ふはははは!』


村雨丸は高笑いを上げる。


傲岸不遜を絵に描いたような男だ。


人間と言うものを『脆弱な存在』と見下しているようだが、不思議と蔑むような悪意は感じられなかった。


『貴様が刀を手に取った日のことは今でも鮮明に覚えているぞ。朽ちた祠に収められていた刀を、十三の小僧が手にした』


まるで旧友を相手にするかのように村雨丸は親し気に信乃を見る。


『あの日の貴様は良い顔をしていた! 憎悪と狂気と絶望と! そして少しばかりの恐怖! とても十三の餓鬼が浮かべる表情では無かった! 故に、我は貴様に力を貸すことにしたのだ!』


村雨丸は知っている。


信乃以外、誰も知らなかったあの日のことを。


故郷を鬼に滅ぼされ、刀を手に取った日の記憶を。


必ずあの鬼をこの手で斬ると誓った日を。


『だが』


そこで、村雨丸は表情を変える。


『最近の貴様と言えば、鬼一匹まともに殺せていないではないか! 酒吞童子に敗北したこともそうだが、鬼童丸には体を乗っ取られかけた上、結局は殺しきれなかった!』


「鬼童丸…?」


『情けない! 不甲斐ない! 遣る瀬ない! 全く以て、つまらない!』


恐ろしい雰囲気を持つ怪物が、失望を露わにして叫ぶ。


まるで、出来の悪い劇を見たかのように深々とため息を吐いた。


「…それで、何が言いたい?」


『何?』


「俺に失望したから、以後手を貸さない………とでも言うつもりか?」


わざわざ顔を晒してまで文句を言いに来ただけでは無いだろう。


不甲斐ない信乃に愛想を尽かし、これ以降は手を貸さないと決別を告げに来たのか。


仮にそうだとしたら、それを認める訳にはいかない。


妖刀が無ければ鬼とは戦えない。


例えこの怪物と戦うことになったとしても、妖刀を手放す訳にはいかなかった。


だが、決意を固める信乃を見て、村雨丸は不機嫌そうに鼻を鳴らした。


『早合点するな、人間。貴様の人生は貴様の物だ。我はそれに興味を持ったから、ここに居る。例え貴様が誓いを果たせずに無様に死ぬとしても、それはそれとして貴様の人生を見届けてやる』


力は貸すが信乃の人生に干渉する気は無い、と村雨丸は告げた。


村雨丸が見たいのは信乃自身の人生であり、その結末が悲劇にしろ喜劇にしろ、最後まで付き合うつもりだった。


『しかし。しかしだ。あの鬼共は良くないな。台無しだ』


「…あの鬼のことを知っているのか?」


『それは難しい質問だ。そうだとも言えるし、そうでないとも言える』


「?」


『とにかく、こうして貴様に干渉したのは、あの鬼共が我にとっても邪魔で不愉快な存在だからだ。我は貴様の物語が見たいのに、奴らに首を突っ込まれることが我慢ならん』


そう言うと、村雨丸はニヤリと悪辣な笑みを浮かべた。


『故に。貴様に手を貸してやろう。あの亡者共を残らず殺し尽くし、人の世に平和とやらをもたらす力を与えてやろう』


「それは、具体的にはどんな物だ?」


信乃はやや警戒した口調でそう訊ねた。


上手すぎる話は警戒するに越したことは無い。


何せ、相手は得体の知れない怪人物なのだから。


『力とは力だ。我の持つ膨大な妖力。コレを得れば、貴様は鬼すら容易に超える化物と化す』


「…人をやめるって意味か?」


『その通り。何の問題がある? 迫害が恐ろしいか? 力で捻じ伏せてしまえばいい! 孤独が恐ろしいか? 人間共を支配してしまえばいい! 何でも出来るぞ? この世界の王になれるぞ?』


欲望を煽るように村雨丸は言う。


その言葉は、正しく人を惑わして狂気に堕とす妖刀の呪いだった。


一度でも頷けば、その瞬間に信乃は取り込まれるだろう。


力に溺れ、狂気に浸り、人も鬼も滅ぼす化物と化すだろう。


「断る」


信乃ははっきりと拒絶を告げた。


これが、幼少の頃より信乃が恐れていた物だった。


信乃自身が無意識の内に、殺人を拒絶していた理由だった。


この男こそが、信乃の内に秘められた狂気。


一線を越えた時に信乃の全てを乗っ取る悪意だ。


「俺の誓いは、俺自身の手で果たす。そうでなければ意味がない」


『…分からんな。何を犠牲にしてでも誓いを果たしたいのではなかったのか? 人をやめることがそれほど恐ろしいのか?』


「そうじゃないんだよ。俺が人間のまま、誓いを果たすことに意味があるんだ」


信乃は己に潜む狂気を睨んだ。


「お前は黙って見ていろ。脆弱な人間が、鬼を滅ぼす物語をな」


『………………ふ』


ぽかんと驚いた顔をしていた村雨丸の口元が歪む。


『ふははははははははは! 良い顔だな! やはり貴様は面白い! ならば、無粋な口出しはこれまでにしよう!』


心底愉快そうに笑いながら、村雨丸の姿が段々と消えていく。


『貴様の物語、楽しみにしているぞ! くれぐれも、我を失望させるなよ?』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ