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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第弐章
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第三十九話 化物


「………」


菘の首に突き付けられた刀が止まる。


否、菘ではない。


肉体は菘のままだが、その体を支配しているのは鬼童丸だ。


菘の意識は既に失われ、今まで無垢な表情を浮かべていた顔は醜く歪んでいる。


「何だよ、殺れよ。その自慢の刀で、この子供の首を掻っ切れよ!」


煽るように鬼童丸は言う。


「出来ないか? 出来ないよなぁ? 君はそう言う人間だ」


「俺の何が分かる…」


「分かるさ。僕は他の鬼とは違うからね。敵を知ることの大切さを理解している」


ニタリ、と醜悪な笑みを浮かべて鬼童丸は人差し指を立てる。


ただ食欲を満たす為に喰い続けるだけじゃない。


人間と言う物を嬲り、傷つけ、その存在を観察した。


この村はその為の箱庭だ。


彼らは人間を知る上で、とても役に立った。


「君は人を殺せない。気が弱い訳ではなく、何か自分の中で譲れない一線がある」


村人達に対する反応から、鬼童丸は信乃をそう判断した。


「特に、ある程度相手のことを知ってしまったら、つい情が湧いてしまうのだろう?」


「情が湧くだと? 俺は情に脆い女共とは違う…」


「自分でそう思っているだけだよ」


ギリッと刀を握る手に力が込められる。


怒りに顔を歪める信乃を見て、鬼童丸は嘲笑を浮かべた。


「気を付けろよ。この体は見ての通り、脆い。どれだけ手加減しようと、簡単に死んでしまうぞ」


殺さず無力化すると言う選択肢も無い。


信乃が鬼童丸を拘束しようとすれば、どうやっても暴力的な手段になってしまう。


幼く脆い菘の体では、それに耐えられない。


そもそも拘束した所で鬼童丸を引き剥がせない限り、問題の先延ばしにしかならない。


「………」


躊躇う必要はない、と信乃の冷静な部分が囁く。


この鬼を斬れば、菘が死ぬ?


だからどうしたと言うのか。


信乃は全ての鬼を斬ると決めた。


故郷を鬼に滅ぼされた時に、そう決意したのだ。


躊躇うな。躊躇うな。


ここで鬼童丸を殺さなければ、後悔することになる。


下らない情に駆られて鬼を見逃せば、どうなるか。


それを信乃は知っていた。


あんな思い(・・・・・)は、二度と…!)


「時間切れだよ。畜生道『人面獣身』」


鬼童丸がそう呟いた瞬間、夥しい数の蛇が出現した。


木の床が見えなくなる程の蛇の群れ。


それらは近くで倒れている鈴鹿には見向きもせず、全て信乃へと襲い掛かる。


「くっ…!」


足に絡みつく蛇達を斬り落とす信乃。


しかし、一匹や二匹減った所で、蛇の勢いは止まらない。


仲間が殺されるのも気にせず、蛇達は信乃の足に巻き付き、締め上げ、その牙を突き立てる。


「僕の『人面獣身』は、肉体を獣に変える能力。指の一本、髪の毛の一本からでも分身を作り出せるのさ」


前回とは違い、菘に寄生した鬼童丸の姿は変わらない。


無尽蔵に生み出せる分身の内、唯一代えの利かない『本体』が菘の中に潜んでいるのだ。


本体さえ無事なら分身は幾らでも生み出せる。


「僕は霊鬼『鬼童丸』………その再生能力は、凡俗な鬼共とは格が違いますよ」


「!」


斬り殺された蛇さえも、すぐに復活し、再び信乃へ牙を剥く。


殺しても殺しても、意味が無い。


「あはは。あはははははは! どうしたんだい? 顔色が悪いよ? 毒蛇にでも噛まれたのかい?」


「…毒、か」


幾度となく蛇に噛まれた信乃の顔が、段々と青褪めていく。


質の悪いことに、この蛇達は毒を持っていたようだ。


すぐに死ぬような猛毒ではないが、体が麻痺して、動きが鈍る。


「逃げることも出来ず、殺すことも出来ず、絶望して死ね」


「………………」


信乃の顔から表情が消え、ぐったりと俯く。


心が折れた。


肉体より先に精神が死んだ。


後は蛇達を使って仕上げるだけだ。


鬼童丸は、そう思っていた。


「――――『銀竹』」


「え…」


瞬間、信乃の足元から白銀の氷柱が出現した。


竹のように地面から伸びる氷の刃は、信乃に絡みついていた蛇達を全て串刺しにする。


「な、に…」


「逃がさん。『氷雨ひさめ』」


信乃の刀から水滴が飛ぶ。


ほんの数滴の水が菘の服に触れた途端、それは凍り付き、その動きを完全に止めた。


「う、動けない…!」


「非力な体に潜んだことが災いしたな。菘の腕力では、その氷は破れまい」


その氷のように冷徹に、信乃は淡々と告げる。


氷に拘束された菘の体へと、手にした刀を振り上げる。


「…頼光の言いつけを破っちまったな。人間だけは、殺したくなかったんだが」


人を殺せば、信乃は化物(・・)になる。


最後の一線を越えてしまえば、この身は鬼と何も変わらなくなる。


もうまともではいられない。


鬼を殺す復讐鬼となる。


「………」


そうなっても、もう良かった。


ただ鬼を殺すことだけを考えていれば、迷うことも悩むことも無い。


信乃の刀が振り下ろされる。


菘と言う少女ごと、鬼童丸を殺す為に。


「…信乃さん!」


「ッ!」


その時、声が聞こえた。


たった今、菘の首を断つ筈だった刀が止まる。


(…何故)


信乃は自問する。


何故、刀を止めた。


もう決めた筈だ。鬼を殺す鬼になると決意した筈だ。


それなのに、どうしてまだ躊躇う。


どうして、


「信乃さん…それは、駄目ですよ…」


今にも泣きそうな鈴鹿の顔に、ここまで心を乱される。


自分は何も、間違っていない筈なのに…


信乃の頭が完全に空白となる。


それは、致命的な隙だった。


「…あはは」


「!」


その思考が止まった隙を突くように、菘の体から何かが飛び出した。


肉体には傷一つ付けず、まるで幽霊のように擦り抜けて這い出たのは、白い蛇。


「な…」


「いただき!」


純白の蛇。


鬼童丸の本体である小さな蛇は、そのまま目の前に居た信乃の胸を貫く。


「信乃さん! そんな…!」


鈴鹿の悲鳴が上がる。


だが、胸を貫かれた信乃の体には傷一つ無かった。


菘の体から飛び出した時のように、信乃の皮膚を破ることなく、鬼童丸はその体に侵入する。


「あはっ。あははははははは! やった! 手に入れたぞ! 妖刀使いの肉体を!」


信乃の口が動き、鬼童丸の醜悪な笑い声が響く。


寄生された。


今度は信乃の体が、鬼童丸に乗っ取られた。


「私の、せいで…」


鈴鹿が止めてしまったせいで、信乃に隙が出来てしまった。


鬼童丸はずっと隙を狙っていたのだ。


人質を取ったり、分身を使ったりして信乃が隙を見せるのを待っていたのだ。


それを、鈴鹿が手助けしてしまった。


「首を持っていくよりもこっちの方が面白いと思ってねぇ!」


妖刀を手にしたまま、鬼童丸は嗤う。


「色々と骨を折った甲斐があったと言う物! あははははははははは………は?」


「?」


嗤い続ける鬼童丸の動きが、突然止まった。


その眼が驚愕に見開かれている。


「…おい。何だよ、コレ(・・)


何かに気付いたかのように、鬼童丸の表情が引き攣る。


「コイツ、腹の中で何を(・・・・・・)飼っているんだ(・・・・・・・)!?」


冷や汗を浮かべながら、鬼童丸が悲鳴のように叫んだ。


何かが居る。


この体の中には、既に別の何か(・・)が居る。


例えるならそれは、八首の大蛇。


一匹の蛇でしかない鬼童丸とは比べ物にならない化物。


大蛇が睨む。


ここは自分の縄張りだと。


「ひ、あ…」


殺される。殺される。


このままここに居れば、鬼童丸は喰われてしまう。


「ぎ、ぎゃああああああああああ!」


絶叫と共に信乃の体から鬼童丸が飛び出す。


恥も外聞も無く、ただ死にたくないと言う生存本能に従って。


逃げなければ。逃げなければ。


安全な場所、安全な場所はどこだ?


錯乱する鬼童丸の眼が、鈴鹿の姿を捉える。


そうだ。この娘だ。


この娘に寄生すれば、安全だ。


人の肉の中に潜めば、誰も自分を殺せない。


自分はまだ死にたくない。


「…させるかよ。寄生虫」


地を這う鬼童丸の背から、死神の声が聞こえた。


鬼童丸が抜けたことで意識を取り戻した信乃が刀を振るう。


剥き出しの鬼童丸に、もう身を護る盾は存在しない。


「あ」


信乃の刀が白蛇の胴体を両断した。

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