第三十八話 子供
「今、火を起こしますから、適当に座って寛いで下さいね」
家に着いて早々に菘はそう言って、薪を取りに行く。
信乃と鈴鹿はそれを見送ってからその場に腰を下ろした。
やや物が多いが、綺麗に掃除されていて広い家だった。
どこか育ちが良さそうな菘の雰囲気と言い、そこそこ裕福な家なのかもしれない。
「どう思います、信乃さん」
菘に聞こえないように鈴鹿は呟いた。
恐らく、この家に菘の両親が居なかったことだろう。
元々疑問には思っていた。
幾ら鬼に村が支配されている異常事態とは言え、戻ってこない一人娘をいつまでも探しに行かないのは奇妙な話だ、と。
「…多分、お前の想像通りだろうな」
「…ッ」
あくまで推測に過ぎないが、菘の両親は既に死んでいる。
娘を探す為に鬼に逆らったのか、それ以外の理由か。
菘の知らない内に、殺されてしまったのだろう。
「珍しい話じゃねえさ。この程度の悲劇なんて」
信乃は冷めた表情でそう告げる。
直毘衆と言う立場柄、この程度の悲劇は見飽きている。
鬼の前に人間は無力だ。
親が、子供が、恋人が。
目の前で鬼に貪り食われたと叫ぶ人々の顔も、うんざりするほど見てきた。
そもそも、信乃自身がそのような鬼の被害者の一人だ。
「でも…」
「お待たせしました」
鈴鹿の言葉を遮るように、菘は戻ってきた。
「あれ? 何かお話し中でしたか?」
「ううん。もう済んだから」
誤魔化しながら作り笑顔を浮かべる鈴鹿。
本当のことを菘に告げることは出来なかった。
ようやく立ち直ってきた菘の顔が曇る所なんて、見たくなかった。
「あ。お腹空いてない? 昨日の残りがあったから、それも温めますね?」
鍋を握りながら菘は笑みを浮かべた。
パチパチ、と火種が弾ける音が部屋に響く。
「美味いな」
野菜の入った汁物を啜りながら、信乃は呟いた。
その言葉に菘は目を輝かせる。
「本当ですか? それ、私が作ったんですよ?」
「ほう、その年で見事なもんだ。こんなに美味い物は久しぶりだ」
「ほ、褒めすぎですよぉ…」
照れくさそうに笑いながら、頬を掻く菘。
同じように器を傾けていた鈴鹿はちらりと信乃を見る。
「…ちなみに、普段何食べてるんですか?」
「その辺で採った肉とか草とかだな」
普段の食生活が野性的すぎる。
文明的な食事自体が久しぶりなのではないか。
「料理が上手いってのは良いことだ。将来は嫁の貰い手が引く手数多だろうよ」
「えへへ。そんなに褒めても何も出ませんよぉ?」
「………」
鈴鹿は無言で二人を見つめる。
何だか、あの信乃が普通のお兄さんみたいだ。
菘の境遇に同情しているのではなく、本心から言っているように見える。
女嫌いの信乃にしては、珍しいことだ。
「信乃さん、女の子に優しくすることも出来たんですね」
「酷い言われようだな。まあ、否定はしないが」
もぐもぐと口を動かしながら信乃は苦笑を浮かべる。
「俺が嫌いなのは、自分の命を軽視して、すぐ危険なことに首を突っ込む身の程知らずだ。それ以外の普通の女に対しては、何も文句はねえよ」
「は、はあ…」
「お前と言い、千代と言い、俺の周りにそう言う類の女が多いせいで勘違いされているだけだ」
要は弱い立場であることを理解し、自分に出来ることをしている者は嫌いではないと。
菘のように、女性らしい特技は素直に認めると。
「お前も料理の一つくらい出来ないと嫁の貰い手が見つからねえぞ?」
「失礼な! 私だって料理くらい出来ますよ!」
家事も出来ない女だと思われたのが心外だったのか、鈴鹿は眉を吊り上げる。
「例えばどんな?」
「え? ええと、しょ、精進料理なら何とか…」
「論外だな」
「何でですかー! 美味しいんですよ、精進料理!」
「俺は見ての通り肉食系なんでな。肉も魚も無い精進料理なんぞ、胃が受け付けない」
「肉料理なんて食べたことないんだから、作れるわけないでしょう!」
手先は器用であり、料理も得意だと自負している鈴鹿だが、流石に食べたことも無い物までは作れない。
信心深い鈴鹿は、生まれてから一度も肉食をしたことが無いのだ。
「えへへ。お二人共、仲が良いんですね」
二人のやり取りを楽し気に見つめていた菘はそう言った。
「仲が良さそうに見えるか? 俺とコイツが?」
「うん。羨ましいくらい」
少しだけ寂し気に菘は呟く。
愁いを帯びた顔に、信乃は首を傾げる。
「友達とか居ねえのか?」
「居ないの。外で遊ぶとお母さんが心配するから…」
「…病弱そうには見えないが」
「お母さん心配性だったから。だから、良いの」
寂しそうに菘は表情を曇らせる。
その言葉に、信乃も口を閉じた。
(…だった、か)
菘は気付ている。
今、家に両親が居ないことの意味に。
気付いた上で泣き喚かず、その事実を受け止めている。
利口な子供だ。
悲しいほどに。
「菘ちゃん!」
「うわ!」
感極まったように鈴鹿は菘の体に抱き着いた。
「私達はもう菘ちゃんの友達だからね!」
「え? え? ほ、本当に?」
「勿論! どんな遊びだって付き合っちゃうから!」
(私達、って俺もかよ)
姉妹のように抱き合う二人を呆れたように信乃は見つめた。
今はこんなことをしている場合じゃないと言うのに。
(とにかく、早く鬼童丸を殺さねえと、このガキの身も危ないな)
失われた命を取り戻すことは出来ないが、菘がこれ以上不幸になることは阻止できる。
それをすることが信乃がこの村に来た理由だ。
「…ん?」
突然、涙を浮かべて菘を抱き締めていた鈴鹿が声を上げた。
「どうした?」
「いえ、あの、コレって…」
至近距離で菘の顔を凝視して、鈴鹿は訝し気な顔を浮かべた。
段々とその顔が青褪めていく。
「おい、何だ。何に気付いた!」
「そんな、こんなことって…! し、信乃さん!」
真っ青な顔で鈴鹿はそれを打ち明けようとした。
その時だった。
「残念。気付くのが遅かったね」
菘の口から、耳障りな嘲笑が聞こえた。
その小さな手が伸び、鈴鹿の首に触れる。
「あ、う…」
瞬間、糸が切れた人形のように鈴鹿の体が崩れ落ちた。
「あはは! あはははは!…おっと」
菘の顔で醜い笑い声を上げる鬼の首に、信乃の刀が突き付けられた。
「鬼童丸! お前、こんなガキにまで…!」
「逆に聞こう。何で、この子供だけ蛇に寄生されていないと思い込んでいたの?」
嗤う鬼童丸の顔に菘の意識は残っていないようだった。
恐らく、菘自身も知らない内に蛇に寄生されていたのだろう。
今の今まで会話していた菘の言葉に、嘘は一つもなかった。
「とは言え、この子に寄生させた蛇は『特別性』でね。鈴鹿ちゃんが気付かなかったのも無理はない」
「特別性、だと?」
嫌な予感がした。
特別性。村人達に寄生させた蛇とは違う物。
「信乃、さん。それです」
苦しそうに息を吐きながら鈴鹿は言う。
「その子の中に、別の生き物の気配を感じます…」
「まさか…」
妖力で生み出した分身ではなく、本物の鬼童丸。
村中を埋め尽くす蛇達の本体。
鬼童丸の弱点そのもの。
「あははは! 理解したようだね? さあ! さあさあ! どうする? どうするよ? 僕はここに居る。この子供の中になぁ!」
鬼童丸は自身の胸に手を当てながら嗤った。
「引き剥がすことなんて出来ないよ? 殺すには体ごと斬るしかない! さあ、直毘衆の信乃ちゃんは僕を殺す為に何の罪もない子供を殺すことが出来るのかな?」
悪辣に嗤いながら、鬼は言った。




