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直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第壱章
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第二十九話 声


「勝った、の?」


信じられない物を見たように、千代はそう呟く。


頭部を失った酒吞童子は一切動かなくなった。


首が急所であることは人も鬼も変わらない。


どれだけ強靭な生命力があっても、生物である限り脳を失えば生きてはいられない。


「何とか、な」


勝利したと言うのにどこか浮かない表情で信乃は答えた。


この勝利は、まぐれだ。


酒吞童子は明らかに信乃達より格上の存在だった。


信乃が勝つことが出来たのは、酒吞童子に油断があったから。


最初から本気で戦われていれば、死んでいたのは信乃の方だっただろう。


「………」


これでは駄目だ。


今のままでは、鬼に勝つことが出来ない。


信乃が直毘衆に入った理由。


彼の故郷を滅ぼした鬼を倒す為には、もっと強い力が必要だ。


「何、不満そうな顔をしているの」


「…あ?」


「アンタにそんな顔されたら、殆ど役に立てなかった私の立場が無いでしょうが…」


千代は呆れたように息を吐いた。


嫉妬と尊敬が混ざったような複雑な顔だ。


「アンタはあの鬼を倒した。強大な鬼から人々を護った英雄(・・)なのよ。少しは嬉しそうな顔をしなさいな」


少しだけからかうような笑みを浮かべて千代は言った。


村を救った英雄が景気の悪い顔をしていては、他の者がいつまでも安心できない。


不安そうに酒吞童子の亡骸を見つめる周囲の人々に一瞥し、千代は信乃へ向き直った。


「手でも振ってあげたら? もう大丈夫だよってさ」


「ハッ、やる訳ねえだろ。英雄なんて柄じゃねえっての」


本気で嫌そうに舌を出す信乃。


それに千代はもう一度ため息をつく。


自身より遥かに英雄に近い実力を持つ男だが、同時に英雄からかけ離れた精神の持ち主でもあった。


「信乃さーん! 千代さーん!」


「今頃来たか」


大声を出しながら駆け寄ってくる姿を見て、信乃は刀を鞘に仕舞いながら呟く。


「今までどこで遊んでやがったんだ?」


「失礼な! 私は遊んでなんていませんよ!」


鈴鹿は憤慨したように何枚かの護符を見せる。


「怪我した人の治療とか、結界の準備とか、色々していたんです」


そう言いながら、千代は手にした護符を信乃の肩に貼り付けた。


すると、護符に書かれた文字がぼんやりと光り、痛みが和らいでいく。


「ほう? 変わった妖術だな」


「妖術じゃなくて、呪術です。はい、千代さんも」


「ありがとう」


少しずつだが、傷も段々と小さくなっている。


重傷を瞬時に癒すほどの力は無さそうだが、それ以外の傷なら完治させることが出来そうだ。


基本的に鬼を探し、倒す為の妖術しか学ばない直毘衆の二人にとって未知の技術だった。


「それよりもアレが村を襲った鬼、ですか?」


鈴鹿は千代の肩に護符を貼り付けながら、酒吞童子の遺体へ視線を向ける。


首を失って尚、それは恐ろし気な存在感を放っており、鈴鹿は恐る恐る見つめた。


「…あれ?」


鈴鹿は何かに気付いたかのように首を傾げる。


しかし、自分でもそれが何なのか分からず、言葉に出来ない。


「………………」


何というか、違和感のような物を感じたのだ。


存在が異なる者同士が、同時に存在している。


この世に在ってはならない異物が、中に潜んでいる。


その違和感は、酒吞童子の胸から強く感じた。


ドクン、ドクン、ドクン。


酒吞童子の体が脈打つ音が、確かに聞こえた。


「ッ! 信乃さん! この人、まだ生きて…!」


「何…?」


振り返る信乃達の前で、酒吞童子の遺体が動き出す。


信乃によって断たれた筈の首が、再生している。


骨が生え、それに肉が付き、皮膚に覆われていく。


現実とは思えない光景だった。


「…ふう。流石に首を生やしたのは初めての経験じゃな」


完全に元に戻った首の調子を確かめながら、酒吞童子は言った。


「嘘だろ。首を斬り落としても、死なねえのかよ…!」


「どんな鬼だろうと、頭部を破壊されたら死ぬ筈なのに…!」


戦慄する二人の前で、酒吞童子は大きく口を開いた。


再生した喉の奥から、槍の穂先が飛び出す。


ずるずると喉から新たな槍を引き出し、それを信乃達へ向けた。


「さて、まずは貴様からだ。小僧!」


「ッ!」


「この儂の首を刎ねたのだ。楽には殺さん! 本当の地獄(・・)を見せてやろう!」


槍を構えた酒吞童子の体が強く脈動した。


夥しい妖力が噴き出す。


何か、来る。


目の前の酒吞童子も恐ろしいが、それ以上の何か(・・・・・・・)が現れる。


漠然とした恐怖を感じながら、信乃は妖刀を抜いた。


その時だった。


「え…?」


何の前触れもなく、強い光が人々を照らした。


夜闇を振り払うその光の正体は、炎。


勢い良く燃え盛るそれは、社だった。


「や、社が燃えてる…!」


「コレは…」


『撤退ー。撤退の時間ですよ、酒吞さん』


炎上する社に驚く信乃達の耳に、この場にいない男の声が聞こえた。


(コレは、天耳か? いや、少し違うような…)


突然聞こえた声に耳を抑える信乃を余所に、酒吞童子は怒り狂った表情を浮かべる。


「天邪鬼か! 邪魔をするでない!」


『邪魔って…社に放火したら撤退って言ったじゃないですか』


「儂はこの餓鬼共を殺す! アレを…『霊鬼れいき』を使うぞ!」


(…霊鬼?)


知らない単語に訝し気な顔を浮かべる信乃。


信乃達に聞かれていることに気付ているのか、いないのか、海若は深々とため息をついた。


『はぁ。それはまだ使ったらダメだって言ったでしょう? 忘れたんですか?』


「知るか! 儂はこの小僧を…!」


『………酒吞童子(・・・・)!』


その時、海若の雰囲気が変わった。


今までのどこか温厚で丁寧に聞こえた声から、冷たく殺気立った物に変化する。


『お前、そんなに物言わぬ骸(・・・・・)に戻りたいのか? そうして今も生きていられるのは、一体誰のお陰だと思ってやがる!』


「………」


ピタリと酒吞童子の動きが止まった。


噴き出していた妖力が収まり、構えていた槍を下す。


「………そんなに老人を虐める物ではない。ちょっとした冗談ではないか」


そう呟く酒吞童子の顔には、怒りよりも焦りの表情が浮かんでいた。


恐れている。


あれだけの力を誇る酒吞童子が、海若の言葉に怯えていた。


『はぁ。分かればいいんですよ。それでは、早く戻って下さいね』


「…了解じゃ」


そう言うと、酒吞童子は現れた時と同じように地面を蹴る。


天高く跳躍した酒吞童子は悔し気に信乃を一瞥した後、夜の空へと消えていった。

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