表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
直毘国鬼切伝説  作者: 髪槍夜昼
第壱章
20/120

第二十話 残存


十年前、都は鬼の襲撃を受けた。


六人の鬼に率いられた百鬼夜行。


都は何の前触れも無く、地獄と化した。


帝は当時都を護っていた一騎当千の剣客達『親衛隊』に妖刀を持たせ、直毘衆を結成。


人間側にも大勢の犠牲を出しながら、何とか直毘衆は都を護り抜いた。


六人の鬼の内、五人を屠り、生き残った一人(・・)も命辛々鈴鹿山へ退散した。


その代償は大きかった。


命を懸けて戦った直毘衆もまた、ただ一人を除いて戦死してしまったのだ。


鬼は退散したが、完全に滅ぼした訳では無い。


再び鬼が都を襲うことを恐れた帝は、直毘衆の人員を補充することを指示した。


求めるのは、ただ妖刀の適正のみ。


その稀有な才能を持つ者ならば、地位も身分も年齢も前科も全て不問とした。


それにより全国から志願者が集まり、壊滅危機にあった直毘衆はすぐに再結成された。


しかし、実力のみで選別した者達は、どれもこれも人格に問題がある者ばかりだった。


かつての清流を謳った直毘衆はどこにもない。


残ったのは鬼に対する切り札と言う大義名分を得た、俗物ばかりだった。








「肉。食わねえのか?」


すっかり暗くなった森の中で、信乃は呟く。


焚き火で炙った串焼きを差し出すが、鈴鹿は苦笑を浮かべた。


「これでも神職に就く身ですから、肉は要りませんよ」


「そうかい。なら、酒も要らないか?」


「ええ。お気持ちだけ受け取っておきます」


そう言って鈴鹿は道中取っておいた木の実を食べ始める。


小さな木の実が二つだけ。


明らかに量が足りていないように見えるが、清貧を心掛けているのだろう。


巫女らしいことだ、と内心馬鹿にしながら信乃は串焼きに噛り付いた。


予め町で買っておいた酒も口に含む。


あまり上等な物では無いが、信乃は満足そうに笑みを浮かべた。


「………」


「何だ? やっぱり肉が欲しくなったか?」


「いえ、その…」


無言で見つめる鈴鹿に気付き、信乃は首を傾げる。


「直毘衆の方って禁欲的な修行をしていると聞いていたのですが、違ったのですね」


「ああ、その話か」


ブチブチと肉を喰い千切りながら、信乃は言う。


「それは前の(・・)直毘衆だな。帝の親衛隊が前身になったって言う」


信乃も話に聞いただけだが、それは正しく英雄と呼ばれる者達だったらしい。


欲を憎み、私情を棄て、ただ直毘国の為だけに尽くした忠臣達。


元々一騎当千の剣客だった彼らが妖刀を手にしたことで、その力は鬼すら恐れる程だった。


その殆どが戦死し、十年の時が流れて尚、人々の記憶に強く刻まれている。


「連中に憧れて直毘衆になった奴らもいるらしいぜ? まあ、憧れる人物がどれだけ偉大だろうと、自分もそうなるとは限らねえがな」


「信乃さんもそうなんですか?」


「ハッ。んな訳ねえだろ。俺が誰かに憧れるような殊勝な人間に見えるか?」


信乃は鼻を鳴らして、食べ終わった串を火に投げ入れた。


「俺が直毘衆に入ったのは………何つーか、成り行きだ」


「成り行き?」


「色々あって故郷を失ってなぁ。身の振り方に悩んでいた所を、頼光の奴に引き取られた」


やけにあっさりと信乃は身の内を語った。


詳細を濁したのは、あまり話したくないことだからだろう。


それを理解した鈴鹿は好奇心も同情心も抑え、珍しく空気を読んだ。


「頼光ってのは俺の親代わりみたいな奴なんだが、そいつが直毘衆の一人でな」


「なるほど。その関係で、信乃さんも直毘衆に入ったのですか」


「そうだ。アイツは直毘衆の隊長…」


揺らめく焚き火を見つめながら、信乃は言った。


「十年前の都攻めを生き残った、唯一の直毘衆だ」








同じ頃、夜の都を歩く影があった。


帝の住まう地、豪華絢爛の都も夜となれば静かだ。


一部の店は夜こそ本領とばかりに明かりを灯し、派手な格好をした遊女達が客寄せをしているが、それでも夜道を歩く人間は少ない。


都の者達は未だ覚えているのだ。


人ならざる者は夜を好むと言うことを。


「………」


それは、頭襟ときんを被り、袈裟を纏った山伏風の男だった。


錫杖しゃくじょうと呼ばれる杖を持ち、腰には紐を通して法螺貝をぶら下げている。


優し気な顔立ちをしているが、体つきは意外とがっしりしていた。


歳は三十半ば頃に見えるが、苦労しているのか髪には既に白い物が混じっている。


腰には刀を提げているが、鞘の上からも厳重に数珠を巻いて封印してあった。


「…はぁ」


杖が地面を突く度に、杖に付いた遊環が鳴る。


その音に交ざって、深いため息が聞こえた。


(何だか最近、問題ばかり起きている気がするなぁ。蝦夷君の処罰を考えないといけないし、千代君のことも心配だし………やることが多い)


「ねえ、そこのお兄さん?」


(信乃君も何か隠している気がするし、反抗期かなぁ? 引き取ったばかりの頃は、女の子みたいに大人しくて可愛かったのに)


「ちょっと、そこの若いおじ様?」


何やら背後から尋ねる女の声が聞こえるが、男は考え事に夢中で気付いていない。


(と言うか、あの頃はあんまり大人しかったから本気で女の子かと思って綺麗な着物を贈ったんだった。後から気付いた時は、慌てて誤魔化したけど。あの時は本当に…)


「ちょっと! 無視しないでよ!」


「…うん?」


いよいよ女が怒った所で、男はようやくその存在に気付いた。


のんびりと振り返った男の眼が、女の顔を捉える。


やけに派手で露出度の高い着物を纏った女だ。


「何か用かな? お嬢さん」


「用? そんなの、言わなくても分かるでしょう?」


そう言うと、女は遊女らしい妖艶な笑みを浮かべた。


「腰に刀を提げてるってことは、あなたは直毘衆の侍様でしょう?」


「まあ、そうだね」


「私って、強い男が好きなの。ついでに顔も良ければ言うことないわ」


興奮で顔を高揚させながら、女は男に顔を寄せる。


男はそれを見て、笑みを浮かべた。


「僕も強い女性は好きだよ。ついでに顔も良ければ言うことない」


「交渉成立、かしら?」


「そうだね…」


くるくると手にした錫杖を回す男。


「…君が鬼でなければ、最高だったんだけど」


ドスッとそれを女の胸に突き刺した。


「え、あ…あああああああ!」


ジュウジュウと音を立てて、錫杖に触れた肉が焼け焦げる。


悲鳴を上げる女の顔がボロボロと崩れ、醜い鬼の顔が浮かび上がった。


「何で…! お前は、女が弱点だと、聞いていたのに…!」


「うっそ。鬼界では僕が女好きだって広まっているの? まあ、否定はしないけどさぁ」


げんなりした表情でため息をつきながら、男は杖を握る力を込める。


「でも、女好きだからこそ、鬼と女性の区別も付かなくなったら、おしまいでしょうが」


「痛い痛い痛い痛いー…! やめて、やめてー!」


「生憎、鬼相手に温情を見せる程、善人じゃないんでね」


人間の女の声を真似て命乞いする鬼に、顔色一つ変えずに止めを刺す男。


「邪鬼調伏。塵となれ、怨念」


瞬間、鬼の身体が燃え盛る炎に包まれた。


原形を止めずに炭化した鬼は、男が杖を引き抜いた衝撃でバラバラになった。


「ふう。雑魚ばかりだが、最近やけに多いな」


餓鬼とは言え、妖刀すら抜かずに倒して見せた男は空を見上げながら呟く。


十年前の都攻め以来、都には鬼が出ていない、と言うことになっているが、それはこの男がひそかに退治しているからだ。


鬼が活動的になる夜に誘き寄せ、人知れず調伏する。


それがこの男『頼光』の都での役割だった。


「…都の人々は、十年前の悲劇からやっと立ち直ろうとしているんだ。鬼共め。これ以上、人々を怯えさせるんじゃない」


炭となった鬼の残骸を踏み締めながら、頼光はそう呟いた。


(…鬼、か)


ふと、信乃の報告を思い出した。


餓鬼ではない、確かな知性を持った鬼。


恐らくは、十年前の戦いの生き残り。


頼光を含む初代直毘衆が、殺し切れなかった最後の鬼だ。


それを倒すまで、この戦いは終わらない。


本当の平穏は訪れない。


それを果たすことこそが、あの戦いを生き残ってしまった頼光の宿命だ。


「そうですよね………道雪どうせつさん」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ