第二十一話 千代
「ふう。やっと見えてきましたね…」
疲労困憊と言った表情を浮かべて、鈴鹿は息を吐く。
丸二日ほど歩き続け、ようやく辿り着くことが出来た。
鈴鹿の視線の先に見えて来た村こそ、二人の目的地である維那村だ。
パッと見た感じでは、貝寄村とあまり変わらないように見える。
違う所と言えば、村の奥に大きな社が見えることと、修行僧のような恰好をした者が多いことか。
「白装束の方ばかりですね。この村に居る間なら、私の恰好が目立つことも無さそうです」
「この辺は有名な修行地だからな。全国から修行僧が集まってきているんだろ」
「人気の滝でもあるのですか?」
「…何で滝限定なんだよ」
打たれたいのか、と信乃は呆れ顔を浮かべる。
「そう言うのもあるかも知れんが、連中の目当てはアレだよ」
信乃は村で一番目立つ建物、奥に見える社を指さす。
大きく立派な建物だが、他の建物に比べると少し綺麗すぎる。
ここ最近作られたばかりのような真新しさを感じた。
「アレは?」
「墓だ」
「…お墓、ですか?」
言われて鈴鹿は改めて社を見る。
他の村で見た神を祀る社と何も変わらない。
個人の墓にしては、大きすぎる物だ。
「この村で祀られているのは、神ではなく人。かつてこの村を発ち、修行を積み、やがて英雄となった一人の男の墓だ」
「英雄…」
「名を道雪。“夜叉”道雪と呼ばれた初代直毘衆の一人だ」
「おい、そこの女。ここから先は女人禁制だ」
しばらく村を探索していると、二人はそんな声を聞いた。
社に向かって歩いていた信乃は持ち上げた足をそのまま止めて、視線を向ける。
そこには険しい顔をした坊主が立っていた。
「ここは我らの修行場だ。女が入るような場所ではない」
「…なるほど。どうやらお前はここまでみたいだな、鈴鹿」
くるりと振り返り、信乃はひらひらと鈴鹿に手を振る。
「この先は俺一人で調べて来るからお前は別の所を見てこい」
「あの、多分、この人が言っているのは…」
「お前も駄目に決まっているだろうが…!」
おずおずと鈴鹿が何か言おうとした所で、坊主が怒鳴った。
「我らは俗世への執着を絶ち、修行する身だ。それを惑わす女を通す訳にはいかん!」
「………」
そこでようやく坊主の真意に気付き、信乃は自身の恰好を見下ろす。
牡丹柄の派手な着物を揺らし、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
「あのあの、お坊様、このお方はですね…」
「黙っていろ、鈴鹿」
「…はい」
ビクッと身体を震わせ、鈴鹿は静かに合掌した。
それを一瞥してから、信乃は不敵に笑いながら前に一歩出る。
「こら、それ以上に近付くなと………んな!?」
文句を言おうとした坊主は、途中で石のように硬直した。
何故なら坊主の目の前で、信乃が着ていた着物に手を掛けたからだ。
サッと帯を解き、布が擦れる音を立てて着物がはだけていく。
「ま、まてまてまてぇー!? お、お前! 何を、何をしている!?」
動揺を隠せずに、声を震わせながら坊主は叫んだ。
「………」
坊主の声など聞こえていないかのように、信乃は答えない。
信乃はれっきとした男性なので、着物をはだけて上半身を晒すくらい何ともないが、絵面が最悪だった。
どこからどう見ても女性にしか見えない美貌を持つ信乃の行為は、事情を知らない者からすれば狂人か痴女の所業だった。
「ぼ、煩悩退散! 煩悩退散! おのれ! 貴様、魔羅の類か! うおおおおお! 我が信仰に乱れ無し!」
口調の割にかなり深手を負っている様子の坊主。
相手が男とも知らずに、自身の信仰を試されている。
「うわ、うわぁー…背中すごいきれいー…」
一方、鈴鹿も鈴鹿で信乃の背中を凝視しながら何やら息を荒げていた。
初めて見た異性の肌に興奮しているのだろうか。
混沌とした状況に布が擦れる音だけが響く。
調子に乗った信乃は、女扱いされて腹を立てていたことも忘れ、悪乗りを続ける。
「…何かうるさいと思ったら、何を遊んでいるのかしら?」
「おや…?」
そこへ現れた女の声に、信乃は思わず手を止めた。
それは信乃とそう歳の変わらない女だった。
背に三日月が描かれた黒色の着物を着た女。
着物の色とは対照的に肌は白く、月光のように透き通っている。
清廉で落ち着いた顔立ちをしているが、やや気の強そうな目をしていた。
最近負傷したのか、左腕から肩にかけて包帯を巻いており、薬液の匂いを纏っている。
「…久しぶりじゃねえか、出来れば会いたくなかったぜ」
「奇遇ね。私もそうよ、信乃」
信乃の言葉に、不機嫌そうな顔で女は同意した。
信乃は脱ぎ掛けていた着物を着直しながら、じろじろと女を見つめた。
「意外と元気そうだな。てっきり死んだものかと思っていたが」
「私がそう簡単に死ぬ訳ないでしょう? どうしてそんなこと…」
言いかけて、女は苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべた。
「…ああ、そう言うこと。頼光様の遣いで来たのね、アンタ」
「話が早くて助かる。お優しい頼光様は、全然連絡に応えない不良娘を酷く心配しておられるぜ?」
「ぐっ…!」
信乃の皮肉を受けて、女の顔が更に歪む。
そんなことは言われなくても分かっている、と目が語っていた。
悔しそうな女の顔を見て、信乃は楽し気に笑う。
「あの、千代さん? その方はお知り合いだったのですか?」
二人の会話を見守っていた坊主が不思議そうにそう尋ねた。
「千代さんってことは、もしかしてこの人が…?」
それを聞き、鈴鹿も首を傾げながら信乃へ視線を向ける。
そこで初めて千代は見慣れない顔が居ることに気付いた。
「…はじめまして、お嬢さん。私の名は千代」
信乃とは異なり、愛想の良い笑みを浮かべて千代は言う。
「この女男と同じ、直毘衆の一人よ」
腰に差した妖刀を見せながら、千代はそう告げた。




