【37】
隠れ家のある森と反対側にある高貴な一族が住む住宅街の一角にトーマの実家がある。
ダニエルは友達に会いに、アルは師匠を訪問という理由で別行動だ。
「「お帰りなさいませ、斗真様」」
お金持ちの王道路線だ。執事と侍女長が出迎えている図に、脳内一人ツッコミをしていた。
「母さんは?」
「斗真様に会いたいと居間でお待ちです」
長い廊下を歩いて居間の扉の前に着くと、
「斗真様とトイ様とヨウコ様がお越しです」
執事が慣れた様子で扉を開けると薄紫色の塊が、いや綺麗な女性がトーマに抱きついた。
「斗真!会いたかったわ!」
「母さん、元気そうだね」
「キャー!斗真ったら、あの人の声にそっくり!」
夫と息子を溺愛しているのはわかった。拓磨さんは何処だろう?気配がない。もしかしたら…
「さぁ、あの人の月命日。お墓へ行きましょう」
隣接した墓地に案内された。お土産には花が良いと言ったトーマの真意に気づかないフリをした。亡くなっていることを直感で悟っていたから。
【最愛の妻と息子の元、安らかに眠る】
【藤原 拓磨/享年56歳】
口に出して墓石の文字を読んだ。日本語で記されているのは、生前の拓磨さんが彫り示すよう遺言したのだろうから。
洋子はボックスから自作の数珠を取り、無言で両手を合わせた。目を閉じて語りかける。
………藤原拓磨さん、初めまして。息子の斗真さんの友人、佐藤洋子です。日本から此の地へ来て如何でしたか?寿命が長い人達と過ごした貴方は一人年老いてゆく運命を受け止められましたか?幸せでしたか?
死して魂は自由だと言います。現代の日本は変わり果てて驚きましたか?日本の未来がこれからどうなっていくのか?そして奥様と斗真の行く末をどうか見守っていて下さいね。
【幸せだった。日本で彼女と親友に裏切られた僕は失意の中で仲間達と登山道を登っていた。僕の居場所は此処だ。僕は精一杯生きた。幻想と謳われる魔法の異世界に夢中になった。最愛の妻ジャスミン、真の星になるよう名付けた息子斗真。僕は幸せだった】
拓磨さんの残留思念が天へと昇ってゆく。洋子は月影の霊笛で奏した。桜翠が導いてくれる。キラリ耳飾が揺れて光った。
「ありがとうございます。異国の娘よ。夫の最期の言葉が聞けました」
薄紫色の服を着たトーマの母ジャスミンは晴れやかな表情を浮かべていた。
居間で寛ぐ中で、ジャスミンから洋子に手渡された一冊の本がある。
「この本は日本からの“異世界渡り”した方へ捧げると彼が遺しました。父にも息子にもわからない強い封印が施されてあります」
表題はない。
しかし強靭な闇の力を感じる。
『暫くお預かりしてもいいですか?』
その場で本を開かない洋子に皆、疑問符を投げたが一切取り繕うこともせず、お暇を告げた。
《転移》
皆を置いて森の滝の前まで移動した洋子。異変に気付き待機しているシヴァ。
瑠璃[貴女の判断はますます鋭くなるわね?]
紅蓮[やはり闇の龍を召喚する魔法陣だな]
紫雲[魔族から解放されたと聞いていたが]
琥珀[何故ここに封印されていたのか]
桜翠[藤原の力では制御できぬからか?]
《闇の龍よ応えて?私は五色を纏う黒魔女洋子》
〈永かった。儂の力を持て余す弱者ばかり〉
現れたのは漆黒の体に透明な鱗が様々な色に反射し染まる美しい龍だった。
《デカッ!龍というより竜ね。真紅の瞳は私の右眼と同じ色ね》
〈ほぉおお〜!凪より深く狐より紅い独特な色だな?〉
[洋子っ!!]
龍達が弾かれて姿を消した。一瞬で闇竜の中に囚われたが、不思議と恐くなく不安や心配も無かった。




