8-3話
アリス先輩に教えてもらったエナメルの家は古い屋敷だった。古いといっても、元々は貴族が使っていた屋敷で、それを改築して複数の家族が住んでいる。いわゆる、前世のアパートだ。
学園の寮を選択していないのは、未就学児の妹がいるからだろう。エナメルはこの屋敷の3階を借りているそうで、外付けされた少し急勾配の階段を昇る。
「お邪魔します」
ベルを鳴らすと、バタバタと小さな足音が聞こえた。
「いらっしゃいませ!」
分厚いドアを開けて出てきたのは銀髪を二つ結びにした可愛らしい少女だった。特徴的な細長い耳をしており、明らかなエルフ族の特徴を持っていた。顔立ちはエナメルに似ているような、そうでないようなといったところだが、耳のせいで他人だと言われても納得するぐらい種族差がある。
私は少しかがみ、少女に目線を合わせた。
「はじめまして。私はオクト・ノエルという。エナメルに会いにきたんだけど呼んでもらえる?」
「はじめまして。私はルチル・クォーツといいます。兄は今おもてなしする為の準備で手が離せないので、上がってください」
思ってたよりすごくしっかりしてる。見た目は確かに私とアユムの中間、ディノよりちょっと下か、同い年かなといった外見だけれど、受け答えはそれ以上だ。
まだ挨拶をしただけなのに、すでにアリス先輩情報が当てにできない気がしてきたのは、果たして気のせいだろうか。
中に足を踏み入れると、バリンだか、ドカンだか良く分からない騒音が聞こえて、私は足を止めた。……一体、中でどんな戦争が起こっているのだろう。普通のおもてなしをする音ではない。
「大丈夫です。兄はエルフ流のおもてなし料理をしようとしてキッチンのみぐちゃぐちゃにしているだけですから」
「……それは本当に大丈夫?」
「大丈夫です。気が済めば諦めて片付けして普通のメニューが出るので。故郷でも、エルフ流のおもてなし料理で死人は出た事がありませんから」
何故料理で死人が出るかでないかの話になるのか分からないけれど、多分スルーしておいた方が良いのだろう。エルフ族は色々独特な種族なので、私の常識とは違う次元を生きているのだ。
「それに片付けまでの時間を計算すれば、ゆっくりオクトさんとお話しできると思ったので、あえて止めなかったというのもあります」
「私と話したい?」
奇遇だ。私もルチルの話を聞いてみたかった。しかし私の持つ情報で、ルチルが聞きたい事などあるだろうか。……兄がオタクに目覚めた件なら私以外に聞いて欲しい。あれは私の所為ではないと思う。抗議されても困る。
「はい。私の事、アリス先輩からどう聞いています?」
「えっと、見た目は五歳ぐらいで、幼い雰囲気だと」
しかしここまで話してもやはり幼い感じは全くしなかった。むしろアユムやディノより――それどころか下手をすれば私よりもずっとしっかりしている気がする。口調の所為で、外見との差がより大きく感じた。……いや、もしかしてあえて必要以上に幼く見せかけているのだろうか。髪型など、幼い子供の典型的な感結び方だ。
この髪型を変えただけで、ぐっと大人っぽくなるのではないだろうか。
「表向きはそういう事になっているのでそういう事にしておいて下さい。でも、オクトさんには隠さない方が得かなと思ったので、あえて素を出してみました」
隠さない方が得……。どういう理由でだろうか。
不穏な空気を感じて顔が引きつる。厄介事の匂いがプンプンする。
「私が学校に入学できてしまうと、寮生活ができるという事になります。つまり兄は私の面倒をみる必要がなくなるので、祖国に帰れるようになってしまいます」
「その話は私が聞きたい。祖国に帰らなければいけないと彼は言っていたけれど、その理由は何?」
どうやらルチルは帰国反対派のようだ。元々祖国での扱いが微妙だったのでこちらの魔法学校へ通う事を決めたはずだ。
それなのに家族が待っているわけでもない場所に戻らなければいけない理由が良く分からなかった。すぐに行くわけではないというのは、どうやら妹の関係があってのようだが……。
「オクトさんって混ぜモノだし、王家の人とのつながりもあるから、ある程度知ってそうですけど、この世界の神様についてどのあたりまで知っています?」
【混ぜモノ】、【王家とのつながり】、【神様】という単語に私は目を見開く。混ぜモノが神様を引きつぐという話は、王様にすらちゃんと伝えられていない話だった。知っていたら、もう少し王様も混ぜモノの保護に力を入れただろう。
だからこれは神様があえて情報発信していない内容だ。
しかしこの単語から連想されるのは、神様になれるのは混ぜモノもしくはそれに近い混血だけで、神様は王家と精霊族しか会えないという情報だ。果たして、この内容はこの少女に伝えてもいいものだろうか。神様が情報発信していないという事は、むやみに広めるべきではない事だと思ってはいるが。
「その様子だと、混ぜモノが神様の元だという事は知ってみえますよね?」
「……知ってる。ルチルは何故、それを知っている?」
「私も、兄も、神を引き継ぐ候補者だからです」
候補者と言う言葉に私は彼女をマジマジト見つめた。私も時の神の候補者と言えば候補者だ。でも候補者となるまでには、色々あった。少なくとも、トキワさんは私以外に候補者を立てているようには思えない。
しかし彼女の言い方だと、何人か候補者が立てられているという感じだ。
「どの神のと聞いても?」
「最古の神、地の神、キサラギ様です。この外見と、白の大地出身という事を合わせれば、そこ一択だと思うんですけど。あっ。オクトさんは緑の神の候補者ではないのですか? 髪も瞳もこの地域の出身ではなさそうですよね。どこの出身なんですか?」
「私は旅芸人の生まれだから出身はない。属性は風と水が強くて、後は闇と時を持っている。将来的には、時の神になる予定にはなっている」
どこまで明かしていいものなのか分からないけれど、ルチルが地の神の候補だと言ってきたのだから、私もある程度は明かすべきだろう。
「時?! それって、消滅した神が復活するって事ですか? そんなの可能なんですか?!」
「一応時の精霊が代行管理をしているから、完璧な消滅ではないという事なんだと思う。ただ簡単にできるものでもないから、神を選ぶタイミングを見計らっている」
「そっか。逆に既に空席だからこそ、自分で神になるタイミングが決められるんですね。そもそも治めていた大地が既に消滅してますし、今すぐどうのこうのというわけでもないのか……」
「地の神はそういうわけではない?」
へぇっと関心するルチルを見ていると、彼女はかなり深く神について知っている様に感じた。むしろ私よりも詳しいのではないだろうか。
「地の神はこれまで代替わりがなかった神なんです。だからこそ、空白の時間は作れません。水の神が十五年程度空席となっただけで、青の大地だけでなく隣接する黄の大地と赤の大地もかなりの余波を貰ったそうです。だからキサラギ様は代替わりが近くなったと悟った時、候補者と候補者がいる土地の王に情報を流したんです」
「二人共、エルフ族と人族の混血だと聞いているけれど、混ぜモノはいないの?」
混血ならば神を引き継ぐ最低限のラインには立っている。実際に叔母である風の神、カンナは精霊族と獣人族のハーフだ。だから彼女達が候補者となるのも納得できる。でも混ぜモノのように、魔素を生み出していないので、やはり混ぜモノが神を引き継ぐのがスムーズなのだと思う。
「残念な事にいないそうです。元々混ぜモノは生まれる確率も無事に育つ確率も低い生き物なので。だから白の大地に住む混血児に地の神は唾を付けたんです。混血ならば混ぜモノを産む可能性はありますし、タイミング悪く混ぜモノがいない状態で神が亡くなった場合は、候補のうちの誰かが継げるのではないかと考えたんです」
必ず後継者をと思えば、妥当なやり方だろう。でもそんな方法、初めて聞いた。私が知っている神様はそういう事をしている様な感じがない。やはり土地が変われば考え方も変わるという事だろうか。それとも最期が迫り、切羽詰まっているからという事なのだろうか。
この間の地震を考えると、後者の可能性が高い。
「誰かがとなると、どういう基準で最後は選ぶの?」
「龍玉を飲み込んで生きてれば継げたという事ですし、耐えられなければ、継げなかったという事です」
「は?」
生きていれば継げた?
神様になるという事はそんなに危険な事だったの?
私は死ぬかもしれないなんて、トキワさんから言われていない。もしもそんなリスクがあるのに一言も言わないのは、かなりのルール違反ではないだろうか。
「ああ。混ぜモノにはそういうリスクはないのでオクトさんは大丈夫です。ですがただの混血が死ぬ事なく継げるかどうかは五分五分です。私達は混ぜモノのように魔素を生み出してはいないので、魔素を作り出すという事に体が耐えられない可能性が高いんです。それにたとえ継げたとしても膨大な記憶が強制的に脳に入れられるので、最終的な人格が、ヒトであった頃とは変わると思います」
確かに膨大な記憶が入れば、元の人格に影響が出るだろう。私も前世の知識が、ほぼまっさらだった私の中に入ったために、かなり影響されたと思う。でもたぶん今の私は、前世の人格とはまた別の人格だ。
だからたぶん神になるという事は、新しい生を得るという事なのだろう。
「兄は神の座を自分が継ぐ、もしくは混ぜモノの子をつくるように祖国から言われています。兄の外見はめずらしく人族の血が強く出ています。つまり他種族との間に子を成せる可能性が高いんです。でもそれって、兄の人格丸無視ですよね。でも兄は私を守る為に、犠牲になろうとしています。それでも私は絶対兄を神になんてしたくないんです」
私はルチルの言葉になんと返していいのか分からなかった。
神は誰かが継がなければいけないとは理解している。トキワさんが、これ以上は減らせないと言っていた。
でもその犠牲を誰かに強いるのを肯定していいのか分からない。
「それにもしも兄が神になったら、それこそ本当に、私は兄に会えなくなってしまいます。だからオクトさん。オクトさんも一緒に兄が神にならない方法を考えて欲しいんです。私は兄を失いたくないの」
少女のささやかな、でもとても強い願いを前に、私は何も言えず、黙り込むしかなかった。




