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episode 09 奇妙な客

 翌日、ぱたぱたぱたというハタキの音でトータツは目を覚ました。


「あ、起こしちゃった?」


 どこから持ってきたのか、三角巾にたすきがけという出で立ちで、アノンが部屋の掃除をしていた。


「……うん。おはよう」


 トータツが回らぬ頭でそれだけ言うと、少女も照れたように、


「――お、おはよう」


 と返し、猛烈な勢いではたきがけを再開した。


 トータツは着替えながら、微笑ましくその姿を追っていたが、アノンが椅子の上に乗り、背伸びをしてシャンデリアをはたこうとしたとき、一遍に目が覚めた。


「やめろっ!」


「えっ?」


 僅かに遅かった。


 アノンのハタキがしたたかにシャンデリアを打ちつけていた。改装のときも手を触れなかったらしい。何十年分ものほこりや煤が、黒煙と見まがうほどに立ち上った。


「は、早く言ってよ!」


 少女はごほごほと噎せ返りながら、トータツを非難する。


 頭から被ったほこりを払い、一階に下りて店の扉を開けながら、トータツは昨日のことを思い出してにやにやしていた。


 あの後、アノンを連れて戻り、ミンツの部屋を訪れた。


 老人はアノンのことを男と勘違いしていたらしく、騒がせるなよ、などと言っていたが、チェスカの後ろからひょこりと現れた気品漂う愛らしい少女に魂を奪われた。


 目に入れても痛くないような可愛がりようで、いつまでいてくれても構わない、と少女の手を握る始末。


 顔合わせが一段落したところで、トータツが鍵を返そうとすると、ミンツはそれを押しとどめた。


 こういうときに店を閉めていると変な邪推をされるから店を開けて欲しい、とのことだった。


 家賃五割引に惹かれた。仕事を探しているところだったし、アノンも世話になるのだからと引き受けた。一つだけ確認した。


 二十四時間は働けないがいいか? と。


 ブラインドもすべて開けて光の入った店内を見回すと、塵一つ落ちていない。彼女の仕業だろうか。トータツは一手間省けたと一粲する。


 帳場に座って客が来たときのことを想像してみた。接客している自分の姿を想像すると不思議な気分だった。


 今まで軍一筋でやってきて、いきなり商人が務まるのであろうか。


 二階から、のそのそとミンツが腰を気遣いながら降りてきた。甲斐甲斐しく看護するアノンが健気であった。


 昨日、なかなか治らぬミンツを、チェスカが病院へ連れて行ってやると言ったのに、それを遠慮して、アノンが連れて行くような話の流れになった途端快諾した。


 そんな老人は少女に付き添われてご満悦であった。


「どうじゃ? 出来そうか?」


「まだわからないな。客も来てないし」


「そうか。ま、気長にやっておればそのうち来るかもしれんて」


 悠長な店だ。が、自分にはそのくらいがちょうどよい。


「アノン。チェスカさんが書いていった買い物、覚えてる?」


「わかってるわ。じゃ、行ってきます」


 老人と孫のような二人づれを見送った。


 透明な空に輝く日が差している。結構な陽気であった。


 急にがらんとした店の中で一人になってしまうと、なんとも言えぬ退屈。しばらく我慢したが、ついには部屋から本を持ってきて読み始めてしまった。


 昼が過ぎても客は来ない。そろそろ、二人が帰ってくる時間ではあるまいか。


 一人も客が来ないのは、もちろん自分の責任ではないにしろ、どうも格好が悪い、誰でもいいから来てなにか買っていってはくれぬものか、と切望していたら、不意に扉が軋んだ。


 三十路前後だろうか、長身で黒い秋コートを着た男が咥え煙草で入ってきた。痩せてはいるものの、首周りなどには良質の筋肉がたっぷり付いていた。


「いらっしゃいませ」


 緊張が抜けきらず、少しうわずった調子になってしまった。


 煙をくゆらせながら男は店の中を一周すると、トータツの元に来て弾丸を求めた。男の注文はうるさかったが、トータツはそのすべてがわかった。


 実はこの仕事に向いているのかも知れない、と幽かな自信が湧いた。

 男は数種類の弾丸をかなりの数購入した。


 金を受け取ると、トータツも商売が面白くなり、お愛想が口から継いで出た。


「最近は物騒な世の中ですからね。なにが起こるかわからない。自衛は必要ですとも」


 男は自分の鞄に弾薬を移し替える手を休めずに、どこか人を見下したような目で、


「自衛か。そうだな。それは確かに大事だ」


「まぁ、でも、あのウスタリカ号の事故みたいのに巻き込まれてしまったら、自衛もなにもあったものじゃないですけどね。あれは痛ましい惨事でした」


「痛ましい? おれには起こるべくして起きた神罰にしか見えなかったぜ」


「………?」


 トータツは背筋にぞっとするものが通ったのを感じた。追い打ちをかけるように男は続ける。


「おまえ、ただの店員じゃないだろ? 違うか?」


「確かに、本業じゃありません」


 芽生え始めたこの仕事に対するプライドは、瞬く間に土へと帰っていった。


「わかるんだよ。なんか」


 男は鞄を閉じて踵を返した。トータツはそんな男を呼び止めて、


「ちょっと待ってください。さっきあなたウスタリカ号の事故を『神罰』だと言った。どういう意味なんですか?」


「そんなこと言ったかな?」男は振り向かずに足だけ止める。


「とぼけないでください」


「そのうちわかるだろう。――自衛は大切だ」


 トータツはそれ以上聞くことが出来なかった。煙草の嫌な匂いが妙に鼻につく。


 男はもう店の扉に手をかけていた。


 男が扉を開けようとしたとき、ちょうど外から扉は開いた。荷物を抱えた少女が重そうに扉を押していた。


 抱えた袋の隙間から、アノンは男を認めて、愛嬌のある挨拶をした。その後ろにいる店主のミンツよりも遙かに好印象である。


 そんなミンツにトータツは叱られた。


「こら。お客が帰るときは『ありがとうございました』じゃろが! ――それと、この店は禁煙じゃ!!」

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