episode 29 わたしはあなたと行かない
彼が言うよりも早く、少女は自身の拳銃を抜き、銃声がする方へ応射した。
トータツはアノンの援護射撃に隠れながら木陰に身を潜めた。
敵は一人だけのようである。
コートの内ポケットに収まった銃を取り出し応戦する。幸い撃たれたのは利き手ではない。射撃に支障はなかった。
アノンも弾がなくなり、トータツのところまで来てリロードをしながら、
「トータツ、逃げましょう。あいつ手強い……」
「わかるの?」
「ええ。なんとなくだけど」
「気配を消して逃げろ。おれが食い止めるから」
敵が放った弾丸が、バシバシっと凭れている幹にめり込んでいるのがわかる。
僅かに横から銃をのぞかせて応戦してみるものの、寄せ集めのパーツで創った銃はどうも集弾性が悪いようだった。
敵の銃声がだんだん近づいてきて、幹にめり込む弾丸の勢いが増す。
アノンも必死に応戦していたが、これだけ距離があると彼女の口径では太刀打ちのしようがなかった。
そして、トータツが何度目か銃身を幹の影からのぞかせたとき、綺麗に銃だけはじき飛ばされた。手がしびれるその感触は、つい先日味わったばかりのものだった。
「もう出てこい。無駄弾を撃たせるな。あ、弾を買わせる算段か?」
あの客の笑い声がした。
少女は悔しそうにしている。
撃たれるかも知れないが、トータツは顔を出してみた。
男はアノンの銃弾が制御の効かぬぎりぎりの位置に突っ立っていた。
アノンが二発の銃弾を放ってみたが、男の脇を掠めただけのようだった。
男はすかさず拳銃を二人に向けていつでも殺すことが出来る姿勢を取ると、そのままこちらに近づいてきた。
「シュテイン、おれだ。オンディだ。忘れちまったのか?」
「………」
「帰ろう! おまえはここにはいられない」
少女はなにも応えない。
客はオンディというらしい。その目には少女だけが入っているようだったが、銃口はしっかりトータツに向けられていた。
「おまえだけでも助けたい。本当は将軍も奪還する予定だったんだが、こっちの人数が減っちまってな。ちょっと出来そうにない。すまない」
「……わたしはあなたとは行かない」
少女が押し殺すような声で言った。
「――なに言ってるんだ? おれはおまえが誰だか知っている。さぁ、帰るぞ!」
「いや! わたしはあなたと行かないっ!」
少女はトータツを庇うようにして銃口の正面に立った。
「本当はもう一度あなたたちが現れたら、あなたたちについて行くつもりでいた。これ以上トータツたちに迷惑はかけられないし、あなたはわたしを知っているみたいだから――」
「じゃ、なぜだっ!?」
「みんなを……、トータツを傷つけるような人とは一緒に行かない!」
「なら、そいつを殺すまでだ。どけっ!」
オンディは銃を前に出し、狙いを定め直す。
「どかない! トータツを殺したらわたしはあなたを殺す。例え記憶が戻って、あなたが誰だかを思い出しても」
「でも、おまえはおれたちとしか生きられない……!」
必ずまた迎えに来る。眉間に皺を寄せて悔しそうに言い残すと、オンディは山の中へ消えていった。
アノンは素速く装弾して、その背中を狙った。
「やめろ」
トータツは後ろから少女の腕を押し下げる。
少女が振り返った。悔しそうに顔を歪めているのは少女も同じであった。
「トータツ、怪我……」
トータツの左腕からは、とくとくと血が溢れて、袖を赤黒く染めていた。
少女は自分が持っていたハンカチを細長く縒り、彼の傷の上に力一杯結わき付けた。
「街に病院があった。診てもらいましょう」
「平気だよ。こんなの」
トータツははじき飛ばされた自分の銃を拾った。フレームが割れてしまっている。今度はそう簡単には治りそうになかった。もう、射撃が特技だなどというのは控えよう。ここのところ連敗だ。傷口がずきりと痛む。
二人は薄暗い山道を下る。
「わたしは魔女なんかじゃないみたい。ただの疫病神」
「そんなことない。――アノン、あんなやつらのところには絶対に行くな」
「でも、わたしはきっとあいつらの仲間なのよ」
「違う! あいつらの仲間だなんてことがあるものか! ……あいつらのところに行く気
だった、なんて言って欲しくなかった」
少女の足が止まった。
数歩先を行ったトータツは振り返った。泣いていた。少女が初めて弱さをさらけ出していた。
「……どうしたの?」
「……本当は、行きたくなかった。わたしが行けば、それで終わって、あなたに迷惑がかかることもなくなるのに、わたしは行きたくなかった。あいつがあなたを傷つけたから行かない、なんて、口実。本当は行きたくなかっただけなの。わたし最低」
トータツは少女が立っているところまで戻ると、その小さな体を抱き寄せて、力の限り自分に押しつけてしまった。しゃくり上げる少女の呼吸や、流れる血の鼓動まですべてを感じることが出来た。
もはや、この少女を愛おしむ心を隠すことは無理であったし、今明示しておかなければ、少女があまりにも哀れではないか。自分の思い上がりかも知れないが、それをはっきりと伝えないのは卑怯にも思えた。幸い少女も彼の抱擁を嫌がったりはせず、彼女もまた彼を引き寄せた。
なるようになれ。
彼は一旦腕をほどくと、少女の肩に手をかけた。そして、不安げに見上げた少女の唇を無遠慮に奪ってしまった。少女が流した涙の味のする小さな唇を、自分の気持ちを伝えようと一心に塞いだ。
カバタに戻ったのは夜だった。駅前から辻馬車を拾って、どこへも寄り道せず銃砲店に帰った。
あの後、ベイデンの街に降りてすぐ、小さな診療所で消毒と包帯をしてもらった。医者の見立て通り、夜になってにわかに発熱し始めた。
意識がもうろうとしていて、気がついたときには彼女の部屋のベッドで寝ていた。その横で少女が看病してくれているようだった。
大丈夫?
優しい声だった。薄暗い部屋で少女が自分を見つめていた。
トータツはゆっくりと頷く。そして、少女の瞳を見ていた。
一体自分の目は、今どのような表情をして彼女を見つめているのか。そんな疑問が頭に去来し、再び意識が途切れてしまった。




