35歳のシンデレラ 大道芸人編 79
「…なにを、閃いたんだ?…」
私は、聞いてやった…
「…プレゼントです…」
「…プレゼントだと?…」
「…そうです…」
「…もしかして、そのプレゼントが、私?…」
と、バニラ…
が、
アムンゼンは、答えんかった…
それには、直接は、答えんかった…
「…ひとに会いに行くには、プレゼントが、必須です…」
アムンゼンが、続ける…
「…そのプレゼントが、バニラというわけか?…」
私は、言ってやった…
が、
アムンゼンは、それには、答えず、
「…父や兄といっても、いっしょに暮しているわけでも、ありません…たまに、会いに行くのに、手土産は、欠かせません…」
「…手土産だと?…それが、バニラというわけか?…」
「…父は、バニラ・ルインスキーの熱心なファンです…一度、本物のバニラさんと、会わせてやりたかった…」
「…なんだと?…」
「…誰もが、同じでしょ? 誰かが、誰々のファンと聞けば、会わせてやりたいのが、人情です…しかも、ボクは、こうして、バニラさんと知り合った…」
「…だったら、殿下…直接、私に言ってくだされば…」
バニラが、言った…
もっともな、言葉だった…
が、
アムンゼンは、それ以上は、言わんかった…
いや、
言えんかったのかも、しれんかった…
「…会わせることは、できます…ですが、その後が…」
アムンゼンが、ためらいながら、続けた…
「…父も、高齢ですが、男です…だから、どういう行動をとるか、わかりません…」
アムンゼンが、言った…
断言した…
途端に、バニラの顔が、曇った…
明らかに、険しい表情に変化した…
当たり前のことだった(笑)…
「…そして、ボクが、父以上に、恐れるのは、父の側近たちです…」
「…側近たちって? …どういう意味ですか? …殿下?…」
と、バニラが、アムンゼンに聞いた…
「…忖度ですよ…バニラさん…」
「…忖度って?…」
「…要するに、父に気に入られようと、父の側近たちが、勝手に、バニラさんを、どうにか、するんじゃないかと、心配だったんです…」
「…」
「…もちろん、そこに、父の意向は、ありません…ただ、側近たちが、父に内緒で、動くだけです…ですが、それが、なにより、怖い…」
「…どうして、怖いんだ?…」
私は、聞いてやった…
「…父のコントロールが効かないからです…父に内緒で、勝手に動く…だから、困る…」
「…」
「…そして、これは、ボクも同じです…」
「…なにが、同じなんですか? …殿下?…」
と、バニラ…
「…ボクの側近たちもまた同じ…ボクに内緒で、ボクが、喜ぶと思ったことを、時々してくれます…」
「…なんだと?…アムンゼン、オマエに内緒で、か?…」
と、私。
「…そうです…矢田さん…ですが、矢田さん、ボクのために、側近たちが、してくれたことです…だから、後で、ボクが、それを知っても、側近たちを叱ることは、できません…父も、また、同じです…」
私とバニラは、言葉もなかった…
が、
思わず、顔を見合わせた…
あまりにも、意外な、アムンゼンの言葉だったからだ…
「…それって、どういう?…殿下…失礼ながら、殿下の力で、側近たちに、そんなことを、しないように、命じることは、できないんですか?…」
と、バニラが、聞いた…
これも、当たり前のことだった…
アムンゼンが、ゆっくりと、首を横に振った…
「…できません…父にも、ボクにも…そして、兄にも…」
「…そんな…」
「…だから、ボクは、常々、自分の感情を殺して、生きてきました…もちろん、人間ですから、すべての感情を殺すことは、できません…これは、父も兄もまた同じです…いえ、父や兄だけじゃない…世界中の王族たちは、皆、同じでしょう…常に、自分の感情を爆発させるような真似をすれば、誰も、相手にしなくなります…たとえ、王族に仕える者たちでも、相手が、わがまま過ぎれば、嫌になって、当たり前です…」
「…」
「…ボクが、この日本に来て、良かったのは、ボクが、セレブの保育園に入ったことが、一つです…周囲は、皆、子供たちです…だから、遠慮なく、自分の感情を爆発させることができた…でも、その結果、周囲から、孤立した…これまで、散々、抑えてきた感情を、一気に、爆発させたから、わがままが過ぎたんです…まあ、マリアが、いてくれたから、どうにか、なりましたが…」
アムンゼンが、苦笑する…
「…そして、もう一つ、この日本に来て、良かったのは、このオスマンが、ボクの側近になったことです…」
「…どうして、オスマンが、側近になったのが、良かったんですか? …殿下?…」
バニラが、聞いた…
「…オスマンは、ボクの甥です…だから、気を許せるというか…他の側近に比べ、気を使わなくてすむ…」
アムンゼンが、言うと、オスマンも、また、苦笑した…
「…父が、オスマンの面倒を見てやってくれと、言うから、オスマンの面倒を見たわけですが、結果的には、もしかしたら、面倒を見て、もらったのは、ボクの方かも、しれない…」
「…殿下…それは、どういうことですか?…」
「…気を使わなくてすむ…」
アムンゼンが、即答した…
「…血の繋がった、身近な人間を使うことで、必要以上に、気を使わなくて、すむ…人間関係は、疲れる…使う方も、使われる方も、疲れる…」
アムンゼンが、ため息をついた…
そして、手元に、いる、太郎の顔を、いとおしげに、撫でた…
「…だから、太郎が、好きだ…人間のように、気を使わなくて、すむからだ…そして、これは、ボクに限らず、犬や猫を飼うひとも、同じでしょ?…」
「…どう、同じなんですか? …殿下?…」
と、バニラが、聞く…
「…動物には、気を使わない…だから、疲れない…そして、自分になついてくれれば、癒される…おまけに太郎は利口です…とんでもなく、頭がいい…だから、ボクが疲れたとき、黙って、そばにいてくれる…ボクを癒してくれる…」
アムンゼンが、吐露する…
率直な思いを、吐露する…
私は、アムンゼンの言葉を聞きながら、実に、複雑だった…
なぜなら、このアムンゼンは、すべてを持って、生まれた人間だからだ…
選ばれた人間だからだ…
容姿=ルックス以外は、選ばれた人間だからだ…
サウジアラビアの王族の一員に生まれ、なに不自由のない、生活を送って来たに違いない…
が、
そんなアムンゼンが、人間関係に疲れたと、吐露する…
人間関係に疲れたと、告白する…
しかし、これでは、私たち、庶民と大差ない…
いや、
私たち庶民と、大佐ないどころか、まったく同じ…
同じだ(爆笑)…
とんでもなく、偉い身分に生まれたアムンゼンと、この庶民代表の矢田と、悩みが、同じ…
同じだったのだ…
これは、驚きだった…
まさに、驚きだったのだ(苦笑)…
私が、そんなことを、考えていると、
「…そして、矢田さんです…」
と、アムンゼンが、続けた…
「…矢田さんは、不思議なひとです…」
…なんだと?…
…私が、不思議だと?…
…どういう意味だ?…
私は、アムンゼンを見た…
私の細い目を、さらに、細めて、ジッと見た…
「…矢田さんは、変わらない?…」
「…変わらない? …なにが、変わらないんだ?…」
「…他人に対する態度です…」
「…態度だと?…」
「…そうです…矢田さんの身近には、このバニラさんが、います…そして、あのリンダさんも、います…」
「…それが、どうした?…」
「…普通の女のひとなら、バニラさんとリンダさんに、憧れたり、その裏返しで、バニラさんとリンダさんに、嫉妬したりするものです…」
「…なんだと? …嫉妬だと?…」
「…そうです…持たざる者は、持つ者に憧れます…持つ者に嫉妬します…」
アムンゼンが、力を込めて、言った…
実感を込めて、言った…
おそらく、自分自身が、そうなのだろう…
自分自身が、持つ者であり、同時に、持たざる者だからだ…
アムンゼン自身が、持つ者というのは、サウジアラビアの王族に生まれ、金と権力に恵まれた生活を送る人間だからだ…
そして、同時に、また、持たざる者でもある…
それは、アムンゼンが、小人症だからだ…
小人症ゆえに、通常の人間よりも、劣っている…
外見で、劣っている…
だからだ…
だから、一方で、他人から、憧れられる存在であり、もう一方で、他人から、あざけられる存在でもある…
実に、摩訶不思議な存在である…
だから、憧れる者、憧れられる者の気持ちがわかるのだろう…
「…だが、矢田さんには、それがない…」
「…ない? …私に? …なにが、ないんだ?…」
「…他人に憧れる心です…他人に、嫉妬する心です…」
「…なんだと?…」
「…矢田さんは、変わらない…台湾の大金持ちと結婚しても、変わらない…」
「…なにが、変わらないんだ?…」
「…自分を大きく見せない…」
「…自分を大きく見せないだと?…」
「…誰もが、そうですが、少しでも、自分を大きく見せたがるものです…自分が、意識すると、しないと、大きく見せたがるものです…」
「…なんだと?…」
「…例えば、身長が、160㎝の小柄な男が、普段、自分の身長は、162㎝だと、周囲に言っているとか…少しでも、自分を大きく見せたがるものです…」
「…」
「…ですが、矢田さんには、それがない…矢田さんは、天衣無縫…なにものにも、縛られず、なにものにも、こだわらない…これは、誰にでも、できることでは、ありません…」
アムンゼンが、言った…
まっすぐに、私の顔を凝視して、言った…
私は、なんて、言っていいか、わからんかった…
アムンゼンの顔は、真剣だった…
いつもの顔では、なかった…
真剣も、真剣…
普段、私に見せる顔と、まったく違ったからだ…
これが、アラブの至宝の正体か?
私は、思った…
これが、サウジアラビアの王族の持つ、権威か?
これが、サウジアラビアの王族の持つ、威厳か?
私は、思ったのだ…
すると、どうだ?
この矢田のカラダが、こわばった…
まるで、カラダが、金縛りにあったように、動かんかった…
動かんかったのだ…
…これが、身分の違いというヤツか?
私は、思った…
思ったのだ…
自分との圧倒的な差に気づいたことで、カラダが言うことをきかなくなった…
まさに、私の言うことを、きかなくなったのだ…
そんな私の状況を知ってか、知らずか、マリアが、
「…当り前よ、アムンゼン…」
と、いきなり、怒鳴った…
「…なにが、当たり前なんだ? …マリア?…」
アムンゼンが、優しくマリアに聞いた…
アムンゼンは、いつも、マリアに優しいが、このときは、いつも、以上に、優しかった…
それは、おそらく、アムンゼンが、王族としての顔を見せたからだろう…
3歳のアムンゼンではなく、30歳の大人としての、アムンゼンの顔を見せたからだろう…
私は、思った…
思ったのだ…
すると、だ…
マリアが、
「…矢田ちゃんは、面白いの…矢田ちゃんは、楽しいの…矢田ちゃんは、誰にとっても、楽しいの…」
と、口を尖らせて、言った…
アムンゼンの顔色が、変わった…




