35歳のシンデレラ 大道芸人編 71
が、
それを救ったのは、母親のバニラだった…
「…マリア…そんなことを、言っちゃ、ダメ…」
と、優しく諭した…
「…このお猿さんは、お姉さんの息子同然なの…」
「…矢田ちゃんの?…」
「…そうよ…マリアが、このお猿さんを、嫌いになれば、当然、お姉さんも、マリアと遊んでくれなくなるわ…」
「…マリアと遊んでくれなくなるの? 矢田ちゃんが?…」
「…そうよ…」
「…それは、困る…」
マリアが、喚いた…
「…矢田ちゃんと、遊べなくなったら、困る…」
「…だったら、マリアも、このお猿さんと、仲良くしなきゃ…」
バニラが、言うと、マリアが、
「…」
と、黙った…
マリアが太郎と仲良くなりたくない、気持ちは、ミエミエだった…
すると、だ…
太郎が、いきなり、マリアの前に出て、手を差し出した…
まるで、握手すると、言わんばかりだった…
が、
マリアは、拒んだ…
当たり前のことだった…
「…マリア…お猿さんと、握手してあげなさい…」
バニラが、命じた…
が、
マリアは、できんかった…
だが、私は、それで、いいと思った…
これまで、嫌っていたものを、突然、好きになれと、言っても、出来るものでは、ないからだ…
だから、
「…マリア…ムリをせんでも、いいさ…」
と、私は、マリアに、言った…
「…太郎を好きになってくれなくても、いいさ…でも、嫌いにならないで、欲しいのさ…」
「…矢田ちゃん…」
「…太郎は、男さ…立派なオスさ…マリアが、今は、太郎を嫌いでも、我慢するさ…きっと、マリアも、いつか、太郎を好きになる日が来るさ…」
私が言うと、マリアが、
「…矢田ちゃん、ごめんなさい…」
と、私に詫びた…
「…いいさ…でも、詫びるのは、私でなく、太郎さ…マリア…」
「…太郎?…」
「…この猿の名前さ…」
私は、言った…
「…この猿の名前が、太郎?…」
「…そうさ…」
「…どうして、太郎なの?…」
「…それは…」
私も返答に詰まった…
それは、この太郎を連れていた、あのアンナという女が、
「…太郎…」
と、この猿の名前を呼んだからだ…
だから、私も、なんの躊躇もなく、太郎と呼んだ…
が、
それを、今、このマリアに説明するのは、面倒臭いというか…
どう、説明しようか? と、悩んでいると、
オスマンが、
「…さあ、早く…」
と、私たちに言った…
「…いつまでも、ここにいては…」
オスマンが、急かせた…
私も、オスマンの言葉で、急いで、周りを見た…
さっきも、言ったように、すでに、見世物状態だった(爆笑)…
こんなところで、いつまでも、話していては、堪らん…
見世物になる…
あらためて、そう、悟った…
だから、私も、
「…さあ、行くゾ…」
と、声を上げた…
が、
すでに、この矢田を取り残して、みんなが、歩き出していた…
この矢田と太郎を取り残して、歩き出していた…
太郎が、残っているのは、この矢田が、太郎の首につけたひもを、握っているため…
だから、動けん!
だから、太郎は、残った…
残ったのだ…
が、
その太郎もまた、みんなの後を追いたそうだった…
だから、私は、それを、見て、ショックだった…
この太郎も、また、ホントなら、この矢田を置いてゆくつもりだったのか?
と、思ったのだ…
私は、初めて、この太郎に、疑念を持った…
持ったのだ…
すると、バニラが、
「…お姉さん…なにを、しているの? …グズグズしていると、置いてちゃうわよ…」
と、取り残された、私と太郎を振り返って言った…
「…すぐに、行くさ…」
私は、言った…
そして、太郎を抱きかかえると、私は、走り出した…
オスマンが、用意したクルマは、意外にも、ロールス・ロイスでは、なかった…
日本製の大きなクルマだった…
「…なんだ? …このクルマは?…」
と、私は、聞いた…
「…トヨタのアルファードです…」
オスマンが、答える…
「…どうして、このクルマなの?…」
バニラが、聞いた…
「…大勢の人間が、ひとつクルマに、乗るには、このクルマがいい…」
オスマンが、答える…
「…クルマなど、どうでもいい…」
アムンゼンが、言った…
「…走れば、いい…」
アムンゼンが、続ける…
私は、その言葉で、意外にも、このアムンゼンは、見た目を気にしないのだと、気付いた…
これは、意外だった…
お偉いさんは、見た目を気にするものだ(笑)…
要するに、自分が、偉いと、周囲に、見せびらかすというか…
自分が、いかに、偉いかと、周囲に、認識させたがる人間が、多い(笑)…
だから、少しでも、高いクルマに乗ったり、男なら、若くキレイな女を近くに、置きたがる…
要するに、自分が、いかに、金を持っているか? とか、いかに、若い女にモテるか?
とかを、周囲にアピールしたいのだ…
周囲にアピールしたいが、ために、高いクルマに乗り、若くキレイな女を身近に、はべらかす…
そういうものだ…
が、
それが、もしかしたら、このアムンゼンには、ないのかも、しれん…
それを、思うと、実に、不思議だった…
不思議だったのだ…
なにしろ、言っちゃ、悪いが、このアムンゼンは、小人症…
ホントは、30歳だが、3歳の子供にしか、見えん…
だから、余計に、自分を大きく見せようとするものだ…
誰にでも、わかる、豪華なクルマに乗ったり、美人を横にはべらかせて、喜ぶものだ…
が、
それが、このアムンゼンには、一切ない…
すると、これは、やはり血か?
と、思った…
血=生まれか?
と、思ったのだ…
生まれつき、身分が、高いから、自分を大きく見せる必要が、ないのかも、しれん…
そう、気付いた…
なまじ、一般人が、社会で、成功したから、自分は、こんなに偉くなったんだと、周囲に、言いたい…
だから、それをアピールする手段として、豪華なクルマを購入したり、豪邸を建てたりする…
が、
アムンゼンには、その必要がない…
だからかも、しれん…
私は、あらためて、このアムンゼンを見て、そう思った…
生まれつき、高貴な身分に生まれた者との差を痛感した…
そして、私が、そんな目で、アムンゼンを見ていることに、アムンゼンも、気付いた様子だった…
「…さっきから、なんで、ボクをジッと見ているんですか? …矢田さん?…」
と、アムンゼンが、聞いた…
だから、私は、直球で、
「…いや、オマエは偉いと思ってな…」
と、素直に言った…
「…なんですか、矢田さん、いきなり?…」
アムンゼンが、当惑する…
「…ただ、そう思っただけさ…」
私が、言うと、それ以上は、アムンゼンも、なにも、言わんかった…
ただ、ジッと、私を見た…
ジッと、私を、睨んでいた…
だから、今度は、真逆に、私が、アムンゼンに、
「…なんだ? …その目は?…」
と、聞いた…
すると、
「…矢田さんは、不思議です…」
と、答えた…
「…不思議? …なにが、不思議なんだ?…」
「…どんな人間にも、気後れしない…」
「…なんだと?…」
「…言いたくは、ないですが、ボクもオスマンも、サウジの王族です…そして、バニラさんは、世界的に、有名なモデル…マリアは、その娘です…だから、言うなれば、社会的に地位がある…ですが、矢田さんだけ、一般人です…」
「…それが、どうした?…」
「…ですが、矢田さんは、そんな面々の中にも、すんなり、溶け込める…決して、図々しとか、計算高いとか、いうではなく、溶け込める…つくづく、人徳というか…つくづく、不思議なひとです…」
と、アムンゼンが、言った…
私は、そういうものかと、思った…
たしかに、このアムンゼンの言うことは、わかる…
わかるのだ…
誰もが、大人になれば、相手がお偉いさんならば、気後れするものだ…
また、気後れしないのならば、それは、おかしい…
単に、図々しいとか、相手が、どれほど、偉いのか?
あるいは、どれほど、自分と違うのか? わからないのでは?
と、考えてしまう…
要するに、おバカさんだ(笑)…
だから、自分も相手も、変わらない…
対等に、見る…
対等に、考える…
だから、気後れしないのだ(笑)…
真逆に、本当は、この矢田も、実は、内心、ビビっていた…
いかに、このアムンゼンや、バニラが、凄いか、知っていたからだ…
だから、このアムンゼンが、言うようでは、決してない…
が、
おそらく、アムンゼンの目には、そう見えるのだろう…
私が、考えていることと、アムンゼンの目に映る私とは、違うということだ…
私に関して言えば、そんなお偉いさんたちが、なぜか、この矢田を、相手が、好いてくれる…
それだけだ…
だから、この矢田も、安心して、古くからの友人のように、接することが、できる…
それだけだ…
私が、そう思っていると、
「…矢田ちゃんは、子供なの…」
と、マリアが、言った…
「…なんだと?…」
「…矢田ちゃんは、お子ちゃま…だから、相手も、お子ちゃまに戻って、矢田ちゃんと、遊ぶの…」
マリアが、言った…
すると、その場にいた、この矢田とマリア以外の全員が、
「…プッ!…」
と、吹き出した…
「…さすが、マリア…うまいことを、言う…」
アムンゼンが、マリアを褒めた…
マリアもまた、アムンゼンに褒められて、嬉しそうだった…
が、
この矢田は、不満だった…
実に、不満だった…




