35歳のシンデレラ 大道芸人編 66
「…なんだ?…」
私は、聞いた…
葉尊が、とんでもなく、真剣な表情で、私に語りかけてきたからだ…
葉尊は、私より、6歳年下…
だから、私から、見れば、少々頼りない…
それゆえ、なにか、聞かれれば、助けてやらねば、ならんと、思ったのだ…
「…実は、最近、アラブ世界で、台北筆頭やクールの製品の売り上げが、伸び悩んでいるんです…」
「…なんだと?…どうしてだ?…」
「…理由は、わかりません…ただ、伸び悩むというより、はっきり言えば、売り上げが、落ちてきている…」
「…売り上げが、落ちるだと?…」
「…お姉さんのおかげで、台湾の台北筆頭と、日本のクールの名前が、アラブ世界で、広まりました…そのおかげで、台北筆頭や、クールの製品が、アラブ世界で、脅威的に、浸透しましたが、それが、一転…」
「…どうした? …なにか、わけがあるのか?…」
「…噂は、掴みました…」
「…噂だと? …どんな噂だ?…」
「…なにか、サウジアラビアの前国王と、現国王が、揉めているとか?…」
「…それが、クールや台北筆頭の売り上げと、なんの関係がある…」
「…一見、なんの関係もないと、思いますが、さにあらず…」
「…どういうことだ?…」
「…サウジアラビアの前国王のモハメド・シンプソン氏が、バニラのファンなんです…」
「…バニラのファンだと? …サウジアラビアの前国王が?…」
私は、怒鳴った…
同時に、これは、昨日、葉問が、言ったことと、同じだと、気付いた…
葉尊と、葉問は、同一人物…
人格は、違うが、同じカラダを使っている…
だから、葉尊が、知ったことは、葉問も、また、知ったということだろう…
それゆえ、葉問は、私にバニラを勧めた…
私にバニラを護衛に就けることを、勧めた…
「…だから、それを知っている、サウジアラビアの現国王の側近たちが、率先して、サウジアラビア国内で、台北筆頭や、クールの製品の不買運動を起こしている…そういう噂が、耳に入って…」
葉尊が、考え込みながら、言う…
が、
どこか、歯切れが、悪かったというか…
どこか、自信なさげだった…
だから、それを、指摘した…
「…葉尊…その話をしても、どこか、自信なさげだな…その情報が、信頼できないのか?…」
と、ずばり、指摘した…
「…その通りです…お姉さん…」
葉尊が、吐露する…
「…その掴んだ噂は、正しいと、思いますが、証拠がありません…」
「…証拠だと?…」
「…今の時代…どこの国の人間もまた、SNS等で、情報を拡散します…だから、なかなか、隠し事は、できません…」
「…」
「…例えば、誰か、どこそこで、タレントなり、有名人を、よく、見かけるとします…要するに、その店が、その有名人の行きつけの店だとします…それを、誰かに聞きつけた一般人が、誰々さんは、その店の常連だから、ずっと、待っていれば、会えるかも、と、言います…でも、ここだけの話だから、みんなに、言わないで…もし、みんなにバレたら、誰々さんは、もう来なくなっちゃうかもしれないから…と、言います…」
「…」
「…でも、それを、聞いた一般人は、それを、誰かに、しゃべりたくて、堪らない…結果、誰かに、ここだけの話だけどと、言って、話す…それが、続いて、結構、知っているひとが、多くなる…それが、ネットが、普及する以前の話です…」
「…」
「…でも、今は、違う…情報が、簡単に拡散します…ネットがあるからです…だから、最初の話に戻れば、証拠がない…」
「…証拠? …どんな証拠だ?…」
「…現国王の側近が、クールや台北筆頭の製品を買わないように、呼びかけている証拠です…ネットを、見ても、そんな形跡は、ない…だから、あくまで、噂レベルなんです…」
葉尊が、言った…
一気に、言った…
まるで、ダムが、決壊したごとく、一気に言った…
まるで、ダムの水が、一気に放水したようだった…
私は、考え込んだ…
まさに、予想外…
考えられん事態だったからだ…
実は、この矢田トモコ…
アラブの女神と、密かに、言われていた(爆笑)…
あの小人症のアムンゼンに気に入られたからだ…
あの小人症のアムンゼンは、アラブの至宝と呼ばれている…
アラブ世界で、比類のない、優れた頭脳の持ち主だからだ…
そのアムンゼンに、私が、気に入られたから、
…アラブの女神…
と、ひとは、私を呼んだ(爆笑)…
そして、それは、アムンゼンが、人前に決して、出ないことが、大きい…
何度も言うように、アムンゼンは、小人症…
ホントは、30歳だが、外見は、3歳にしか、見えない…
それゆえ、公で、人前に出ることが、できない…
それが、かえって、功を奏したというか…
人前に出ないことで、かえって、存在感が、増した…
アラブ世界で、
…アラブの至宝…
と、呼ばれるほどの実力者になった…
そのアムンゼンが、この矢田トモコを贔屓にしたとの噂が、アラブ世界で、広まり、その結果、夫の葉尊が、社長を務める、日本の総合電機メーカー、クールと、その親会社である、台湾の台北筆頭の製品の売り上げが、猛烈に伸びたということだ…
それが、一転して、売り上げが、落ちるとは?
まさに、緊急事態…
ありえんことだった…
葉尊が、悩むのが、わかった…
いや、
葉尊だけではない…
きっと、葉尊の父である、台湾の葉敬もまた、悩んでいるに、違いない…
台北筆頭は、葉敬が、創業した会社だからだ…
これは、困った…
実に、困った…
せっかく、アラブ世界で、クールや台北筆頭の売り上げが、上がったのに、それが、落ちれば、元の木阿弥というか…
この矢田トモコの実績が、台無しになると、思った…
だから、考え込んだ…
が、
すぐに、腑に落ちないことが、わかった…
なぜ、サウジアラビアの前国王が、バニラのファンだとしても、それが、どうして、台北筆頭や、クールの不買運動に繋がるのか?
それが、わからんかったからだ…
だから、
「…葉尊…オマエの話は、わかったさ…」
と、言った…
「…でもさ、どうして、サウジアラビアの前国王が、バニラのファンだとしても、それが、クールや台北筆頭の不買運動に繋がるんだ?…」
「…それは、簡単です…」
「…簡単だと?…なにが、簡単なんだ?…」
「…バニラは、クールや台北筆頭のキャンペーン・ガールをしています…だから、サウジの前国王と敵対する現国王の側近が、バニラを貶めるために、クールや台北筆頭の製品の不買運動を勧めたんです…」
「…どういうことだ??…」
「…バニラをキャンペーン・ガールに起用したクールや台北筆頭の売り上げが、落ちることは、即、バニラの信用に、直結する…なぜ、サウジ国内で、クールや、台北筆頭の製品の売り上げが、落ちたんだ? と、聞かれれば、実は、サウジの現国王が、バニラを嫌っていて、とか、言う噂を流すでしょう…そうすれば、バニラの評価は、急降下…結果、バニラのファンである、サウジの前国王に、嫌がらせをしたことになる…」
葉尊が、説明した…
私は、
…そんなバカな!…
と、思った…
開いた口が、塞がらんかった…
それでは、まるで、子供のケンカだ…
大の大人が、やることではない…
私は、思った…
思ったのだ…
が、
同時に、そんなことは、ありえない…
絶対に、ありえないと、断言することは、できんかった…
それでは、まるで、子供のケンカだが、それが、また、いい…
と、気付いた…
なぜなら、血が出ない…
戦争をするわけでも、なんでもないから、人が殺されるわけでも、なんでもない…
ハッキリ言えば、嫌がらせ…
ただの嫌がらせに他ならないからだ…
もちろん、サウジアラビアで、クールや台北筆頭の製品を売っている業者は、困るに違いない…
もしかしたら、商売上がったりかも、しれん…
が、
命を取られるよりは、マシ…
殺されるよりは、マシ…
そういうことだ…
私が、そんなことを、考えていると、
「…要するに、ただの嫌がらせです…」
と、葉尊が、私が、考えたことを、同じことを言った…
「…まるで、子供のやることのようですが、それが、精一杯なのかも、しれません…」
「…精一杯だと? …どういうことだ?…」
「…いくら、前国王と現国王が、争ったといっても、父子…血の繋がった父子です…もしかしたら、すぐにでも、関係が修復されるかも、しれない…だから、側近たちも、あまりのことは、できない…もし、前国王と現国王の関係が、修復されれば、報復されるかも、しれないからです…」
「…」
「…だから、きっと、できることは、制限されている…そんな中で、現国王の側近たちが、思いついたのが、バニラに嫌がらせをすることだったのかも、しれない…サウジ国内で、台北筆頭や、クールの製品の売り上げが、急減して、それが、バニラのせいにされる…その結果、バニラのファンである、前国王が、怒り出す…きっと、そんな筋書きでしょう…」
「…」
「…ですが、それでは、我がクールも、台北筆頭も堪ったものではない…もちろん、バニラもです…」
葉尊が、言った…
これまで、見たこともないくらい、真剣な表情で、言った…
私は、それを見て、初めて、葉尊は、経営者だと、思った…
クールの社長だと、思った…
葉尊が、クールの社長であることは、知っているが、普段、自宅で、葉尊は経営者の顔を見せることは、なかった…
が、
これは、ある意味、当たり前だった…
どんなお偉いさんも、家庭で、威張っている人間は、あまりいないだろう…
誰もが、家庭では、ただの父親に過ぎない…
ただの父親だから、子供に疎まれたり、
「…クソジジイ…」
と、呼ばれたりしても、驚かない…
それは、家族だからだ…
たとえ、大会社の社長だったりしても、会社での顔を家族に、見せたりしないものだからだ…
だから、私は、今、初めて、家庭で、葉尊の経営者としての、顔を見た…
クールの社長としての顔を見た…
だから、驚いたのだ…
普段、自宅で、見せたことのない顔を見せたから、驚いたのだ…
そして、葉尊は、怒り狂った、あるいは、苦悩した表情のまま、
「…実は、最近、そのサウジアラビアの前国王、モハメド・シンプソン氏が、極秘来日しているという情報を掴みました…」
と、続けた…
それから、ニヤッと、笑って、
「…チャンスです…」
と、付け加えた…




