35歳のシンデレラ 大道芸人編 56
「…だから、4人とも、お姉さんには、感謝していると、思います…特に葉敬は…」
葉問が、続ける…
私は、それを、聞いて、なぜ、葉敬が、私を優遇するのか?
今さらながら、わかった気がした…
たしかに、葉問の説明を信じるならば、私は、中和剤というか…
4人のギスギスした関係を和らげることが、できる…
だから、必須…
あの4人には、私が必須ということになる…
だから、葉敬は、私を大事にするのか?
今さらながら、その事実に、気付いた…
気付いたのだ…
「…お姉さんが、いることで、葉敬一家も、うまくバランスをとることが、できました…」
葉問が、続ける…
「…だから、お姉さんは、必須です…ですから、お姉さんが、思っている以上に、あの4人から、大事にされてます…」
葉問が、言った…
が、
それを、言ってから、葉問の顔色が、変わった…
わずかだが、明らかに、沈んだ表情に、なった…
「…ただ…」
と、葉問が、続けた…
が、
それ以上は、続かなかった…
そこで、黙ってしまったからだ…
だから、私は、
「…ただ、なんだ?…」
と、言った…
「…お姉さんは、誰にも、好かれますが、稀に、お姉さんを羨む人間が、います…」
…葉尊のことか?…
私は、思った…
「…それは、変な話、美人と同じです…」
「…美人と同じだと? なにが、同じなんだ?…」
「…ただ美人であるという理由だけで、周囲の女性から、羨ましがられ、同時に、嫉妬されることが、多い…」
「…」
「…本人は、なにも、悪いことを、しないにも、かかわらず、勝手に、周囲の女性が、美人を嫉妬する…」
「…」
「…そういうものです…」
葉問が、苦笑いを浮かべながら、説明する…
「…いわゆる、善人説は、当てになりません…人間は、嫉妬の生き物だということが、よくわかります…」
「…」
「…お姉さんの場合も、それと、同じです…」
「…同じだと?…」
「…お姉さんは、誰にも、好かれますが、稀に、そんなお姉さんに、嫉妬する者も、出て来ます…」
「…」
「…だから、気をつけることです…」
葉問が、言った…
そして、それを、言うや否や、葉尊に、戻った…
葉問から、葉尊に戻ったのは、太郎が、
「…キー…」
と、鳴いて、すぐに、葉尊の元から、去ったから、わかった…
太郎が、葉尊を嫌っているのは、明白だった…
太郎は、葉尊から、離れると、私の背後に、回った…
私を盾にして、葉尊から、身を守るようだった…
いや、
明らかに、身を守っていた…
私は、葉尊に、どう言っていいか、わからんかった…
太郎が、葉尊を嫌っているのを、見て、葉尊が、気分が、いいわけが、なかったからだ…
が、
葉尊は、なにも、言わんかった…
何事も、なかったように、スルーした…
だから、私も、なにも、言わんかった…
ただ、黙って、葉尊を見た…
葉尊も、無言で、私を見た…
そして、それでは、マズいと、思ったのか、
「…お姉さん…早く食事にしましょう…お腹が、減って仕方がない…」
と、言って、笑った…
だから、私は、
「…すまんかったさ…いますぐ、用意するさ…」
と、言って、キッチンに立った…
急いで、夕食の用意をした…
私と葉尊は、夫婦だが、寝室は、別…
互いに、一人がいいから、寝室は、別にしている…
それは、私も葉尊も、一人っ子であることが、大きい…
一人っ子だから、子供のときも、兄弟姉妹が、いないから、一人で寝る…
厳密には、葉尊は、幼いときには、葉問という双子の弟がいたが、事故で死んだ…
葉尊の仕掛けた、ちょっとしたいたずらが、原因で、死んだ…
だから、ほぼ、一人っ子…
葉尊は、ほぼ、一人っ子として、育った…
よく、兄弟姉妹がいれば、幼いときは、兄弟姉妹は、いっしょの布団に寝るものだが、私に、そんな経験は、ない…
それは、葉尊も同じ…
なにより、葉尊は、大金持ち…
大金持ちの一人っ子だ…
どうせ、子供の頃から、大きな部屋で、一人で寝ていたに、違いない…
だから、私も葉尊も、隣に、誰か、ひとがいると、寝付けない…
どうしても、隣にひとがいるのが、気になって、寝付かない…
だから、二人で、相談して、寝室は、別にした…
お互い、その方が、安心して、寝つけるからだ…
隣に、ひとがいないから、安心して、寝つける…
が、
今は、私の隣には、太郎が、いた…
猿の太郎が、いた…
太郎といっしょに、布団に入り、寝ていた…
が、
それでも、私は、簡単に、寝つけた…
それは、やはり、太郎が、人間で、ないことが、大きいかも、しれんかった…
太郎が、猿だから、たいして、気も使わんから、寝れるということだ…
私は、ときおり、太郎のカラダを手で撫でながら、考えた…
葉尊のことを、考えた…
これまで、誰にも、言っていなかったが、実は、この矢田は、葉尊よりも、葉問の方が、好きというか…
気安く、話せる…
安心して、話せる…
葉尊といると、緊張するというか…
葉問と話すほど、気安く話せない…
と、いうことは?
と、いうことは、私は、葉尊よりも、葉問の方が、好きなのだろうか?
考える…
好きと、簡単に答えを出すことは、できない…
なぜなら、この矢田が、最初に、会ったのは、葉尊だからだ…
結婚したのも、葉尊…
葉問ではない…
私は、初めて、台湾から、一人で、来日した葉尊を道案内した…
それが、葉尊と知り合ったきっかけだった…
葉尊は、道に迷っていた…
一人きりで、来日して、秋葉原に行きたかったが、行けんかった…
どの電車に乗れば、いいのか、わからんからだ…
それで、偶然、葉尊に声をかけられた私は、秋葉原まで、葉尊を連れて行った…
ちょうど、暇だったからだ…
それを、葉尊は、恩に着た…
そして、別れ際に、
「…また、会いましょう…」
と、言った…
が、
私は、ただの社交辞令だと、思った…
二度と会うことは、ないと、思った…
それが、半年後、葉尊は、颯爽と、日本に現れた…
しかも、
しかも、だ…
最初、会ったときと、二度目に来日したときは、葉尊の容貌は、激変していた…
最初、会ったときは、葉尊は、太っていた…
身長こそ、高かったが、誰が、見ても、秋葉原で、よく見かけるオタクだった…
オタクそのものだった…
なにより、全然カッコよくなかった…
が、
二度目に来日したときは、違った…
長身のイケメンが、颯爽と、飛行機のタラップを降りる姿が、テレビカメラに映った…
葉尊の父、葉敬が、倒産危機に陥った日本の総合電機メーカー、クールを買収したからだ…
葉敬は、台湾の大企業、台北筆頭の創業者で、社長…
日本の総合電機メーカー、クールを買収して、自分の息子である、葉尊を、社長として、送り込んだのだ…
だから、注目された…
日本の大手の総合電機メーカーが、台湾の子会社になるのは、前代未聞の出来事だったらだ…
そして、繰り返すが、飛行機のタラップを降りる姿は、以前、会ったときとは、違った…
以前、会った葉尊は、長身だが、ただのデブのオタク…
が、
今回、テレビカメラに映った葉尊は、長身のイケメン…
誰が、見ても、同じ人物とは、思えんかった…
だから、私も気付かんかった…
が、
後にそれは、薬のせいだと、わかった…
要するに、葉尊は、多重人格…
葉尊の中に、葉問という、もう一人の人格を持っている…
だから、葉問を消滅させるために、薬を、飲んだ…
その副作用で、葉尊は、太ったということだった…
それが、痩せたので、この矢田も、まさか、同じ人物だとは、わからんかった…
そして、最初、葉尊と会ったときに、別れ際に、葉尊に名前を聞かれ、
「…矢田トモコ…」
と、名乗った…
もはや、二度と、葉尊と会うことなど、ないと、思ったから、気軽に名乗ったのだ…
が、
来日した葉尊は、真っ先に、私を探した…
矢田トモコと名乗る女を探した…
すると、どうだ?
日本中の矢田トモコが、集まった…
これは、驚きだった…
矢田トモコと、名乗れば、葉尊と結婚できる…
台湾の大金持ちと結婚できると、思ったのだ…
葉尊は、テレビのインタビューで、
「…ボクは、半年前に来日したときに、矢田トモコさんと名乗る方に、お世話になりました…ですから、テレビ局の力で、矢田トモコさんを探し出して下さい…ボクは、矢田トモコさんと結婚したいんです…」
と、宣言したからだ…
だから、日本中の矢田トモコが、集まった…
台湾の大金持ちと結婚できると、思って、集まった(爆笑)…
要するに、本物の矢田トモコに成りすまして、葉尊との結婚を目論んだのだ…
いかに、日本中にずる賢い女が、多いのかの、見本だった(爆笑)…
が、
それは、おそらく葉尊もまた、同じだったろう…
今になって、考えれば、わかる…
おそらく、葉尊は、話題にしたかったのだろうと、思う…
いわゆる、プロモーションの一つ…
広告の一つだ…
台湾の大企業が、日本の大手総合電機メーカーを買収する…
それは、下手をすれば、日本の国民の感情を逆なですることになる…
だから、それを、考慮して、日本で、嫁探しをする…
そうすれば、話題になるし、なにより、日本国民の感情を逆なですることが、なくなるからだ…
実に、ウマい判断だ…
今、考えれば、葉尊は、策士…
策士だ…
実に、狡猾だ…
私は、ベッドの中で、太郎を抱きながら、考えた…
考えたのだ…




