35歳のシンデレラ 大道芸人編 45
なにを、目的にしているか、知らんが、この太郎を使って、なにか、することは、許せん!…
この太郎を使って、なにか、仕掛けてくることは、許せん!
とにかく、この太郎を利用することは、許せん!
私は、思った…
思ったのだ…
すると、だ…
「…お姉さん…今、凄い目をしてますよ…」
と、いきなり、葉尊が、言った…
「…凄い目だと?…」
「…いつも、お姉さんは、目が笑ってます…それが…」
葉尊が、ビックリしたように、言った…
が、
当然のことだった…
当たり前のことだった…
この矢田トモコとて、いつも、笑っているわけではない…
いつも、ヘラヘラと笑っているわけではない…
ときには、真顔になる…
ときには、真剣になるのだ…
「…それは、当たり前さ…」
私は、言った…
「…当たり前?…」
「…そうさ…」
「…なぜ、当たり前なんですか?…」
「…この太郎のことを、考えていたからさ…」
「…どんなことを、考えていたんですか?…」
「…まさかとは、思うが、この太郎を利用して、なにか、するんじゃないかと、思ったのさ…」
「…この猿を使って?…」
「…そうさ…」
「…それは、一体?…」
「…それは、私にも、わからんさ…でも、今、葉尊、オマエが言ったように、この太郎の持ち主が、いて、わざと、私に預けたとする…」
「…わざと? …ですか?…」
「…そうさ…」
「…でも、もし、そうだとすると、一体、なんの目的で、そんなことをするんでしょうか?…」
「…それは、わからんさ…あくまで、仮定の話さ…」
「…仮定の話?…」
「…そうさ…でも、もし、仮にさ…なにか、目的があって、私に太郎を預けたとしても、太郎を利用することは、許せんさ…」
「…許せない…」
「…そうさ…」
私が、言うと、葉尊は、考え込んだ…
だから、私は、心配になった…
なにか、私が、おかしなことを言ったのか?
心配になった…
すると、だ…
葉尊が、口を開いた…
が、
出てきた言葉は、
「…お姉さんは、優しいんですね…」
と、いう言葉だった…
あまりにも、意外な言葉だから、拍子抜けしたというか…
肩の力が、抜けた…
「…優しい? …私が?…」
「…そうです…」
「…どうして、そう思う?…」
「…見返りがないからです…」
「…見返り? …なんの見返りだ?…」
「…ほら、人間ならば、奢ってもらえるとか、仕事で返してもらうとか、あるでしょ?…」
「…どういう意味だ?…」
「…決して、見返りを求めているわけでは、なくても、例えば、疲れているときに、誰かに、なにか、飲み物を奢ってもらえば、次には、大抵の人間が、奢り返して、くれるものです…そして、奢り返して、くれない人間には、奢らないものです…」
「…」
「…でも、この猿には、そんな見返りがない…あるのは、お姉さんになつくだけ…それだけです…」
葉尊が、言った…
私は、それを、聞いて、落胆したというか…
葉尊の知らない一面を見た感じだった…
もしかしたら、葉尊の経営者の一面を見たのかも、しれんかった…
残酷なようだが、経営者としては、投資や実績を考える…
要するに、今の葉尊の言葉ではないが、
…誰かに、なにか、奢るのは、相手が、奢り返して、くれるから、奢る…
と、いうことだ…
自分のしたことに、対する見返りが、事前に期待できるから、相手に、投資するということだ…
この最たる例は、男でも、女でも、異性を口説くときだ…
最初は、誰でも、相手に、プレゼントを贈ったりして、盛んに相手の気を惹こうとする…
が、
一向に、その効果がなければ、それも、止める…
そんなことを、いくらしても、結果が出ないことは、明らかだからだ…
それと、似ている…
が、
葉尊の言うことは、わかるが、それでは、なんとも、味気ないというか…
つまらないと、思った…
葉尊の言うことは、わかるが、それでは、行動の基準は、常に、損か得かの二択になる…
たしかに、考え方としては、合理的だし、言っていることは、理解できるが、それでは、寂しいというか…
冷たすぎるのではないか?
それとも、これは、葉尊の性格なのだろうか?
これまで、考えてもみんことだったが、葉尊の性格は、冷たいのだろうか?
それとも、経営者ゆえに、何事も損得というか…
合理的に考えるようになったのだろうか?
私は、考えた…
考えたのだ…
結局、私は、葉尊の許可をもらって、太郎といっしょに、自宅に、住むことになった…
私は、嬉しかった…
おおげさに言えば、天にも昇るほど、嬉しかった…
なぜなら、太郎といっしょに、いれるから…
私は、太郎とは、別れたくなかった…
なにがあっても、別れたくなかった…
太郎は、私の恩人…
猿だから、恩猿だった…
だから、別れたくなかった…
別れたくなかったのだ…
が、
同時に、正直、太郎の扱いに、困った…
このマンションは、ペットを飼っても、OKだったが、さすがに、毎日のように、太郎を連れて、外出は、できんからだ…
太郎を連れて、昼間から、歩けば、誰もが、驚く…
猫や犬を連れて歩くのとは、わけが違うからだ…
だから、最初は、夜に、外出することを、考えた…
その方が、目立たないからだ…
が、
それを、聞いた葉尊が、
「…お姉さん…それは、かえって、マズいんじゃ、ないでしょうか?…」
と、疑問を口にした…
「…マズい? …どうして、マズいんだ?…」
「…だって、考えてみて下さい…お姉さん…」
「…なにを、考えるんだ?…」
「…夜、お姉さんが、この猿を連れて、歩きます…すると、道で会ったひとは、かえって驚くんじゃないでしょうか?…」
「…どういう意味だ?…」
「…夜は、当たり前ですが、あたりは、真っ暗です…そんなときに、お姉さんが、この猿を連れて歩けば、誰もが、ビックリするでしょ?…」
言われてみれば、葉尊の言う通りだった…
たしかに、夜は、暗い…
江戸時代じゃないから、街灯はあるから、少しは明るいが、それでも、暗闇で、私が、太郎を連れて歩いているのを、見れば、誰もが、驚くかも、しれん…
私は、思った…
「…ということは、葉尊…オマエは、太郎を外に連れ出しちゃ、ダメだと言いたいのか?…」
「…いえ、そこまでは、言いません…」
「…だったら、どうしろと、言うんだ?…」
「…昼間、少しずつ、慣らす感じで、この猿を連れて、散歩すれば、いいのでは、ないでしょうか?…」
「…慣らす感じで?…」
「…ハイ…クルマでは、ないですが、少しずつ、この猿を連れて、お姉さんが、外出します…すると、最初のうちは、誰もが、驚いて、この猿を見るでしょう…ですが、それに慣れると、その光景が、当たり前になっていき、誰もが、驚かなくなります…」
「…」
「…だから、最初のうちは、毎日とは、いわず、一週間に、一回や二回とか、この猿を連れて、散歩すれば、いいのでは、ないでしょうか? …そうするうちに、いつのまにか、お姉さんが、この猿を連れて、歩くのを見るのが、当たり前になります…」
「…」
「…それに、まさかとは、思いますが、その猿は、お姉さんといっしょに、大道芸をしていたぐらいですから、頭もいいでしょう…だから、ひとを襲うことも、ないでしょう…」
「…ひとを、襲うだと?…」
「…ハイ…猿は、凶暴です…暴れ出したら、手がつけられません…」
葉尊が、言った…
考えても、みんことを、言った…
たしかに、葉尊の言うことは、わかる…
わかるのだ…
が、
太郎が、ひとを襲うなんて、考えても、みんことだった…
太郎が、ひとを襲うなんて、想像も、してみんことだった…
だから、驚いた…
だから、絶句した…
同時に反発した…
葉尊に反発した…
「…太郎が、ひとを襲うなんて、ありえんさ!…」
私は、言った…
強く、言った…
「…葉尊…オマエの考え過ぎさ…」
「…ハイ…たしかに、考え過ぎかも、しれません…ですが…」
「…ですが、なんだ?…」
「…何度も言うように、その猿が、誰かに飼われていたことは、明らかです…」
「…葉尊…なにが、言いたい?…」
「…ボクが言いたいのは、その猿が、元の飼い主に、どんな調教をされていたのか、ということです…」
「…どんな調教だと?…」
「…例えば、ひとを襲うように、調教されていたとします…」
「…なんだと?…」
「…あくまで、仮定の話です…ですが、前の飼い主が、いきなり現れて、この猿に、誰々を襲えと、命じたら、どうなると、思いますか?…」
「…どうなると、いうんだ?…」
「…その通りに、襲うでしょう…」
「…そんなことは、させんさ!…」
私は、言った…
断固として、言った…
「…私がさせんさ!…阻止するさ!…」
「…でも、お姉さん…この猿が、お姉さんの命令を聞くでしょうか?…」
「…なんだと?…」
「…この猿とお姉さんが、知り合って、まだ二週間か、そこらでしょう…でも、この猿を育てた元の飼い主は、何か月、あるいは、何年も、この猿といっしょに過ごしたはずです…だから、元の飼い主が、命じたことと、お姉さんが、命じたこと…そのどっちの命令を聞くべきか、この猿は、考えます…すると、どうですか? お姉さんの命令を聞くと思いますか?…」
葉尊が、言った…
私に畳みかけるように、言った…
すると、だ…
私が、答えられんのを、見て、
「…とにかく、お姉さん…このことは、肝に銘じて下さい…これは、おそらく、一番、大切なことです…」
葉尊が、力を込めて、言った…
葉尊が、力説した…
私は、
「…わかったさ…」
と、いうのが、精一杯だった…
精一杯だったのだ(涙)…




