35歳のシンデレラ 大道芸人編 40
まさかとは、思うが、初めて、太郎に対する疑念が、生じた…
そして、それは、ハッキリ言えば、この太郎が、この矢田ではなく、リンダを選んだからだった…
この太郎は、この十日間、いつも、この矢田といた…
この矢田のために、動いてくれた…
だから、この矢田は、太郎に、頭が、上がらんかった…
この矢田ができんことを、いともたやすく太郎が、やってくれたからだ…
が、
今、初めて、太郎に、疑念が湧いた…
この十日間、いつも四六時中、いっしょにいた、この矢田ではなく、リンダを選んだからだ…
これは、ハッキリ言えば、裏切り…
この矢田に対する裏切りだった…
太郎は、この矢田ではなく、リンダを選んだのだ…
これが、裏切りでなく、なんだと、言うんだ?…
私は、思った…
これが、太郎が、人間の男だったら、浮気だ…
浮気=不倫だ…
これまで、この十日間、この矢田と大道芸の旅を続けてきたにも、かかわらず、この矢田よりも、少しばかり、美人の女を見れば、そっちに、行く…
これが、この矢田に対する裏切りでなく、なんだと言うんだ!…
私は、思った…
だから、私は、それを、言うべく、葉問を見た…
葉問に、私の考えを、応援して、もらいたかったからだ…
「…なあ、葉問…」
私は、言った…
「…なんですか? …お姉さん?…」
「…オマエ…太郎を見て、どう思う?…」
「…どう思うと、言うと?…」
「…太郎をどう、思うか? だ…率直な意見を言え!…」
「…率直な意見ですか?…」
「…そうさ…」
「…だったら、言います…よく訓練されている…」
「…なんだと?…」
「…今、リンダが、涙を流したのを見て、すぐに舐めるのは、どうしてだと、思いますか?…」
「…わからんさ…リンダが、涙を流したからだろ?…」
「…それも、あります…でも、誰かが、涙を流したら、舐めるようにと、調教されたとしたら、どうですか?…」
「…バカな? …考え過ぎだろ?…」
「…たしかに、考え過ぎかも、しれません…でも、いかに猿でも、人間が、涙を流すのを見て、すぐに、それを舐めるでしょうか?…」
葉問が、言う…
たしかに、葉問の言うことは、わかる…
いかに、目の前で、誰かが、泣いたとしても、それを、舐めることは、普通は、しないだろう…
だから、もしかしたら、誰かが、太郎をそのように、仕込んだのでは? と、疑うのだ…
ハウツー本ではないが、誰かが、なにかをしたら、どうすれば、よいか、あらかじめ、仕込まれたのではないか?
そう、疑うのだ…
私が、そんなことを、考えていると、
「…二人とも、考え過ぎ…」
と、いうリンダの声がした…
「…考え過ぎだと?…」
と、私。
「…そうよ…考え過ぎ…」
リンダが、言った…
太郎に、ペロペロと、涙を舐められながら、リンダが、嬉しそうに、言った…
私は、それを、見て、
…やはり、この女は、ダメだ!…
…やはり、この女は、使いものにならん!…
と、見限った…
さっきの葉問の言葉ではないが、この矢田も、アムンゼンやウィリアム皇太子同様、このリンダを見限ることにした…
いかに、太郎に、自分の流した涙を舐めてもらおうと、それと、太郎の背後に誰かいるのでは?
と、考えるのを、止めにするのとは、違う…
例えば、それは、仮に、女が、それまで、散々、悪口を言っていた男が、実は、実家が金持ちで、しかも、自分を好きだと、言われたのと、似ている…
それまで、散々、その男の悪口を言っていたにも、かかわらず、その事実を知って、コロッと、態度が、変わる…
それと、似ている…
その場合も、この太郎と、同じ…
その男の能力は、変わらん…
ブザイクが、美男に変わるわけでも、なんでもない…
仮面ライダーやウルトラマンのように、変身するわけでも、なんでもない…
ただ、その男の背後関係を知って、急に、態度を変える…
その男の実家が、お金持ちと知って、もしかしたら、その男と結婚すれば、自分も、お金持ちになれるかも、と、考え、態度が、豹変する…
それと、似ている…
が、
私は、そんな人間は、信用せん…
今まで、見てきた男が、すべて…
この矢田が、見てきた男が、すべて…
いかに、金持ちでも、頭が良くても、この矢田が、見てきたものが、すべて、だ…
この矢田の細い目が、見てきたものが、すべて、だ…
現に、この葉問だ…
この葉問は、私の夫の葉尊の、もうひとりの人格…
本当は、この世に、存在しない、人格だ…
が、
この矢田は、この葉問が、好き…
葉問の存在を、認めている…
その理由は、ただ一つ…
それは、この葉問が、常に、この矢田のために、行動するからだ…
そして、それは、これまで、この葉問と、知り合ってから、一度も、ブレたことはない…
この葉問と、知り合ったのは、当たり前だが、夫の葉尊と知り合ったのと、同じ時期…
そのときから、この葉問は、必ず、この矢田を助けてくれた…
そして、そのことに対して、見返りもなにも、求めなかった…
いや、
見返りを、求めようもなかったのかも、しれない…
なんといっても、この矢田だ…
この葉問に、お礼もなにも、与えることは、できんからだ…
私は、今、この葉問を見ながら、そんなことを、考えた…
が、
リンダは、別のことを、考えていたようだった…
ぺロペロと、太郎に、涙を舐められながらも、
「…葉問…今日、どうして、いきなり、この家にやって来たの? …目的は、なに?…」
と、いきなり、聞いた…
至極、冷静に聞いた…
「…まさか、私に会うのが、目的って、わけじゃないでしょ?…」
リンダが、笑った…
私は、その言葉を聞いて、今さらながら、このリンダと葉問の関係を考えた…
この葉問と、リンダの関係は、長い…
リンダ=ヤンと、葉尊は、幼馴染…
学生時代からの友人だ…
ということは、どうだ?
当然、この葉問もまた、このリンダ=ヤンと、同じくらい長い付き合いのはず…
だから、このリンダ=ヤンと、葉問の会話は、熟年夫婦というか…
すでに、長く付き合ったカップルのような間柄だ…
だから、二人の会話は、親密さというか…
長く付き合いのある間の人間にしか、できない、距離感がある…
距離感=親密さがある…
そして、そのリンダの質問に、葉問は、
「…」
と、答えなかった…
なにも、言わんかった…
それは、まるで、リンダに、
…自分で、考えろ!…
とでも、言っているようだった…
そして、それは、リンダに伝わったようだった…
なにしろ、長い付き合いだ…
相手が、なにを、考えているか、わかる…
当たり前のことだった…
まもなく、
「…答えないって、ことは、自分で、考えろってこと?…」
と、リンダが、聞いた…
「…その通りだ…」
「…どうして、私に考えさせるの?…」
「…オレが、なぜ、この場にやって来たのか、わからないようじゃ、この先も、オマエとの関係も、考えなきゃ、ならんだろ?…」
「…」
「…こんな簡単なことも、わからない、おバカさんを相手には、できんからな…せいぜい、ろくでもない、男に引っかかって、哀れな人生を送れ!…」
葉問が、滅茶苦茶、厳しい言葉を、リンダに浴びせた…
が、
リンダは、少しも、気分を害した様子は、なかった…
ただ、葉問の言葉を受け、真剣な表情で、考え込んでいた…
それから、すぐに、
「…お姉さんね?…」
と、言った…
「…わ、私?…」
思わず、声を上げた…
まさか、いきなり、この矢田の名前が、ここで出るとは、思わんかったからだ…
「…このお姉さんを守るために、現れたんでしょ?…」
「…ご想像にお任せする…」
葉問が笑った…
それから、リンダが、
「…それは、ひょっとして、アムンゼンからの指示?…」
と、意外なことを、言った…
私は、仰天した…
そんなことは、考えたことも、なかったからだ…
「…ひょっとして、葉問…アナタ…アムンゼンと繋がっている?…」
リンダが、指摘した…
が、
この質問には、葉問は、答えんかった…
私は、なぜ、葉問が、答えんのか?
考えた…
それは、アムンゼンが、いるからだ…
と、悟った…
この質問に答えるには、アムンゼンの許可がいる…
そう思ったのかも、しれない…
これは、変な話、芸能人の恋愛に似ている…
例えば、芸能レポーターが、交際が噂される男女のどちらかに、
「…〇〇さんと、お付き合いされてますね?…」
と、直撃されたとする…
その場合、当然、答えられない…
なぜなら、相手が、どう答えるか、わからないからだ…
芸能人は、人気商売…
付き合っていても、答えられない場合も、多いだろう…
さらに言えば、芸能人の場合は、事務所の関係もある…
イメージ商売ゆえに、所属する事務所に、お伺いを立てなければ、ならないだろう…
つまりは、そんな諸々の手続きをクリアして、初めて、付き合っていると、世間に発表できる…
それと、似ている…
私は、思った…
私は、考えた…
そして、私が、そんなことを、考えていると、
「…葉問…どうして、答えないの?…」
と、リンダ=ヤンが、面白そうに、言った…
「…答えないのは、私の指摘が当たっているということよ…」
「…ご想像にお任せする…」
葉問が、答える…
「…そう…」
と、言って、リンダが、笑った…
勝ち誇った笑いだった…
そして、私は、それを、見て、似た者夫婦だと、思った…
似た者同士だと、思った…
だから、二人は、気が合うのだろうと、思った…
お互いが、騙し合うというと、語弊があるが、互いの心を探り合うところがある…
決して、本音を明かさない…
が、
それが、互いに、ホッとするのかも、しれない…
仮に、互いに、本音を語っていても、気が合わない者は、合わない…
そういうものだ…
だから、決して、本音を語らずとも、気が合うに、越したことはない…
なにより、二人は、バカではない…
それもまた、あるのかも、しれない…
マンガではないのだから、例えば、東大を出た男や女と、偏差値40の高校を出た、男や女が、結婚できるわけがない…
仮に、結婚したとしても、結婚が、続くわけがない…
頭が、違うからだ…
だから、互いが、普段、話す話が、違う…
普段、話す内容が、違う…
そして、それは、東大とまでは、言わなくても、誰もが、身近な高校で、その地域の一番、頭の良い高校出身の子供と、偏差値40の子供が、結婚すると、考えれば、良い…
とてもではないが、うまくいかないことは、誰でも、わかる…
それと、同じだ…
この葉問と、リンダも、それと、同じだ…
頭の程度が、互いに、同じだから、話が合う…
頭の程度が、互いに、同じだから、気が合う…
そういうことだ…
私は、この葉問とリンダのやりとりを見て、今さらながら、そう、気付いた…
この矢田トモコ、35歳…
伊達に、これまで、生きてきたわけではない…
ただの胸の大きな女でもない…
優れた頭脳の持ち主だ!…
ただ、私の優れた頭脳が、あまり世間で、評価されないだけだ(涙)…
私は、思った…
思ったのだ…




