35歳のシンデレラ 大道芸人編 1
「…キャー、凄い!…」
「…エーッ! カワイイ!…」
「…オオーッ!…」
路上で、老若男女の激しい声が、聞こえた…
あたりに、こだました…
私の名前は、矢田トモコ…
歳は、35歳…
日本の大手電機メーカー、クールの社長夫人だ…
私は、私の持つ、唯一の武器…
自慢の巨乳を生かして、クールの社長夫人の座を射止めた…
世間は、そう思うかも、しれんが、さにあらず…
私は、なぜか、クールの社長、葉尊に気に入られ、おまけに、葉尊の父、台湾の大企業、台北筆頭のCEО、葉敬にも、気に入られた…
つまり、それほど、私は、凄い女だと、いうことだ…
見かけは、身長159㎝…
六頭身で、幼児体型だからと、バカにしてもらっては、困る…
甘く見て、もらっては、困るのだ…
だが、今、目の前で、この大きな歓声を聞いて、少しばかり、いい気分になった…
あくまで、少しばかりだ…
「…太郎…凄い!…」
「…太郎、カワイイ!…」
なぜか、目の前の、私の相棒である、猿の太郎に、周囲の歓声が、飛んだ…
周囲の歓声が、飛び交った…
これは、わからん!…
実に、わからん、現象だった…
この矢田トモコにも、理解できないことだった…
この世の中には、この矢田トモコにも、理解できないことがある…
わからんことが、ある…
これも、その一つだった…
私が、太郎の首にかけた、ロープを、持っている…
が、
ハッキリ言って、私は、ただ、ロープを持っているだけ…
私がなにもせずとも、太郎が、一人で、歩き、一人で、飛び、周囲の歓声を一身に浴びていた…
私は、ただ、太郎の首にかかったロープを持っているだけ…
ただ、それだけだった…
そして、私が、ただ、太郎の首にかかったロープを持っているだけで、目の前にいた、大勢の観客が、私の置いた、特製の、大きな帽子に、次々と、お金を投げ入れた…
私が、待っていた瞬間だった…
「…ありがとうございます…」
「…ありがとうございます…」
私は、お辞儀をして、礼を言った…
すると、
「…誤解しないで…これは、お姉さんに、上げたわけじゃないの…太郎クンに上げたの…」
と、観客の女が、告げた…
…なんだと?…
私は、大声で、叫び出したかったが、できんかった…
目の前の現金の魅力には、勝てんかった…
これで、今日、一日、生き延びることが、できる…
私は、ホッとした…
心の底から、ホッとした…
そして、なぜ、私が、今、路上で、猿の太郎と共に、大道芸人になったのか、あらためて、考えた…
私、矢田トモコは、大企業、社長夫人…
子供こそ、いないが、立派な社長夫人だった…
夫の葉尊は、台湾の大企業、台北筆頭のオーナー、葉敬の一人息子…
台湾の大企業、台北筆頭が、経営危機に陥った、日本の総合電機メーカー、クールに出資して、クールの筆頭株主になった…
それゆえ、葉敬は、一人息子の葉尊を、クールの社長に据えた…
そして、その葉尊となぜか、この矢田は、知り合い、求婚された…
だから、今、現在、私は、クール社長夫人…
間違いなく、クール社長夫人だった…
が、
今は、この猿の太郎を連れて、ドサまわりではないが、大道芸人として、生きている…
大道芸人として、糊口をしのいでいる…
ハッキリ言って、生活をしている…
正直、わけが、わからんかった…
つい、一週間前では、こんな事態になることは、考えもせんかった…
予想も、できんかった…
原因は、すべて、あのバニラ…
バカ、バニラが、原因だった…
バニラこと、バニラ・ルインスキー…
歳は、若干、21歳…
職業は、モデル…
身長、180㎝…
カラダは、大きいが、顔もいい…
顔は、完璧…
金髪碧眼の絶世の美人だ…
が、
それは、あくまで、見た目だけ…
中身は、最悪…
最低だ…
しかも、なぜか、この矢田トモコに対し、いつも、歯向かう…
なぜか、敵対する…
実は、その理由は、わかっている…
公には、知られていないが、あのバニラは、私の義父、葉敬の愛人…
おまけに、二人の間には、マリアという3歳の娘がいる…
それを、いいことに、私に立ち向かおうとする…
きっと、私のポジションが、怖いのだろう…
きっと、私のポジションが、羨ましいのだろう…
台湾の大企業、台北筆頭のオーナー、葉敬は、いずれ、引退して、息子の葉尊に、CEОの座を譲る…
CEО(最高責任者)の座を譲る…
すると、どうだ?
葉尊が、CEОになる…
CEО(最高責任者)になる…
そして、この矢田トモコは、CEОの葉尊の夫人…
それが、どういうことか?
あのバニラは、わかっているに違いない…
葉敬が、私の夫に権力を譲れば、私のもの…
この矢田トモコが、最高権力者の夫人になる…
そうなれば、あのバカ、バニラを追放して、やる…
日夜、それを楽しみに、この矢田トモコが、生きていることを、あの、バカ、バニラは、わかっているに違いない…
むろん、アレは、バカだ…
それは、間違いは、ない…
しかし、バカというものは、案外、勘が鋭い人間が、多い…
きっと、自分の頭の悪さを、勘で補っているのだ…
バニラは、その典型だ…
この矢田トモコの密かな計画を見抜いていたに違いない…
私は、それを、恐れた…
だから、普段は、極力、私の遠大な計画を知られらんように、した…
将来のバニラ追放計画を、だ…
だから、バニラに会うときも、
「…オマエは、相変わらず、バカだな…」
とは、言わん…
いや、
言えん…
言えんのだ…
せいぜい、
「…オマエは、バカだが、バカでも、バカなりに、使い道が、どこかにあるものだな…」
と、褒めてやった…
要するに、オマエは、頭が悪いが、背が高く、スタイルもいいし、顔もいいから、モデルとして、成功している…
だから、神様は、そんな頭の悪いオマエにも、生きる道を用意してあげたんだと、教えてやったのだ…
所詮、あのバカ、バニラの頭では、神様の情けがわからんと、思ったからだ…
そんな私の親心?も、わからず、私の言葉に、
「…なんだと、クソチビ!…」
と、バカ、バニラが、返した…
当然、私は、怒った…
私の親心も、わからず、私に歯向かう、バカ、バニラに、激怒した…
「…バニラ、口の利き方に、気をつければ、いいさ…オマエは、ダメな女だ…だが、顔だけは、いい…おまけに背も高い…だから、神様はオマエに配慮したのさ…ダメなオマエに、ルックスという武器を与えてやったのさ…」
私が、丁寧に、説明してやった…
すると、だ…
「…じゃ、クソチビ…オマエは、なにもかも、ダメじゃないか? ルックスは平凡、背も低い…歳も35歳…いいものが、ひとつもないじゃないか?…」
「…なんだと、もう一度、言ってみれば、いいさ…」
「…何度でも、言ってやるさ…クソチビ…」
「…貴様、許さん!…」
私は、このバカ、バニラに正義の鉄拳を下さんと、心に決めた…
このバカの性根を叩き直してやろうと、思ったのだ…
このバカは、ダメだ…
それは、このバカを叱る人間が、いないからだ…
21歳と、若くして、すでに、世界的な、トップモデルの一人…
すでに、名声を得ている…
しかも、子供も得ている…
マリアという名前の娘まで、産んでいる…
そして、そのマリアの父は、台湾の大実業家、葉敬…
バニラは、その葉敬の愛人だからだ…
だから、このバカ、バニラは、態度がデカい…
若くして、すべてを得ている…
地位も名声も、子供も、すべてを、だ…
だから、調子に乗っている…
だが、その調子に乗っているバニラを、叱る人間が、周囲には、誰もいない…
私以外、誰もいない…
が、
それでは、困る…
困るのだ…
周囲に叱る人間が、誰もいない人間ほど、怖いものはない…
普段から、調子に乗っているから、周囲の人間も、皆、見て見ぬフリ…
どうせ、調子に乗りまくって、いずれ、コケるのを、周囲は、待っている…
だから、それでは、困る…
困るのだ…
だから、私は、あえて、悪者になって、このバカ、バニラに、世間の風の冷たさを、教えてやらねば、ならんと、心に誓った…
そして、それが、バニラのためにも、なる…
私のためにも、なる…
なぜなら、そんな私の、温情ある行動の真意を知って、葉敬も、
「…さすが、お姉さん…ありがとうございます…」
と、私に礼を言うに、違いないからだ…
実は、私は、密かに、それを、狙っていた…
まあ、そんな下心もあって、私は、このバニラに、日夜、厳しく接していたわけだ…
まあ、話は、若干、長くなったが、とにかく、バニラを叱ってやろうとした…
その腐った性根を叩き直してやるべく、正義の鉄拳を振るうときが、来たと、思ったのだ…
が、
ダメだった…
邪魔が、入ったのだ…
パン、パンと、手を叩く音がして、
「…ハイ…二人とも、そこまで…」
と、ヤンが言った…
ヤン=リンダが、言った…
リンダというのは、リンダ・ヘイワース…
ハリウッドのセックス・シンボルと呼ばれる、有名女優だ…
歳は、29歳…
私の夫、葉尊の幼馴染でも、ある…
そして、このバニラの憧れでも、ある…
リンダも、元は、モデル…
身長175㎝で、スラリと、スタイルも、いい…
それが、女優になり、ハリウッドのセックス・シンボルとまで、呼ばれる、世界的な名声を得た…
だから、憧れ…
バニラの憧れなのだ…
バニラもまた、いずれは、このリンダのように、モデルから、女優に転身して、成功したいと、思っている…
だから、このバニラは、リンダに頭が上がらない…
リンダは、バニラの憧れだからだ…
が、
そのリンダは、いつもは、ヤンという男の姿をしている…
男装をしている…
それは、なぜかと言えば、リンダ・ヘイワースは、世界的に有名…
だから、どこに行っても、目立つ…
それでは、気が休まらないから、普段は、男装をしている…
ヤンの格好をしている…
最初は、そう思っていた…
なぜなら、リンダが、そう、説明したからだ…
が、
違った…
真相は、性同一性障害…
心は、男だが、カラダは、女というヤツだ…
が、
だからと言って、このヤン=リンダが、他の女と、性的な関係になったとは、聞いたことがない…
だから、この矢田は、ホントなのか?と、実は、心の中では、密かに疑っている…
が、
しかし、まだ、それを一度も、この矢田は、言ったこともないし、態度に出したこともない…
なぜなら、このリンダは、葉敬に気に入られている…
理由は、ただ一つ…
このリンダが、台北筆頭のイメージガールだからだ…
しかも、世界的に有名なハリウッドのセックス・シンボルだから、その効果は、絶大…
だから、葉敬は、このリンダ=ヤンに一目置いている…
そして、二人のそもそもの縁は、リンダが、高校生のときに、葉敬から、生活の援助をしてもらったから…
実は、リンダは、台湾出身のハーフ…
両親、どっちだが、知らないが、片方は、白人だ…
だから、今のリンダの金髪も、染めたもの…
黒髪を染めたものだという話もある…
が、
本当のところは、わからん…
本当のところは、知らん…
ただ、このリンダは、謎がある…
ある意味、謎に溢れている…
その一端が、リンダ・ヘイワースの謎の人脈…
イギリス王室のウィリアム皇太子を筆頭に、セレブの人脈を持っている…
皆、リンダに憧れたセレブの男たち…
地位も権力も、金も、すべてを持ったセレブの男たちだ…
が、
なにを、目的に、そんな人脈を作っているのか、さっぱり、わからん…
この矢田トモコの頭脳をもってしても、わからん…
ソニー学園出身の優れた頭脳をもってしても、わからん…
天下のソニーが作った学校出身者の頭脳を、もってしても、わからん…
だから、誰にも、わかるはずがないのだ…
私が、そんなことを、考えていると、
「…だって、リンダ…このクソチビが!…」
と、バニラが、リンダに、言った…
すると、リンダが、
「…この格好をしているときは、ヤンと、呼んでって、いつも、言っているでしょ?…」
と、バニラを叱った…
途端に、バニラが、
「…ゴメン…」
と、詫びた…
私は、それを、見て、
…ざまあみろ!…
と、思った…
そして、勝ち誇ったように、バニラを見た…
すると、バニラがまたも、悔しそうに、私を睨んだ…
が、
私は、いい気味だと、思った…
何度も、言うように、このバニラは、リンダに頭が上がらない…
この、バカ、バニラは、リンダに頭が上がらないのだ…
すると、だ…
リンダが、なにげなく、
「…そういえば、近々、葉敬が、来日するみたい…」
と、告げた…
「…お義父さんが?…」
私は、思わず、声を上げた…
「…なんでも、仕事の都合で…」
と、リンダが、続けた…
その話を聞いて、バニラが、
「…そう…」
と、短く、返事をした…
明らかに、表情が、変わった…
実に、嬉しそうな表情になった…
それから、私の方を向き、ニヤリと、笑った…
実に、意味深に笑った…
そのバニラの笑い顔を見て、私は、ゾッとした…
背中に、悪寒が走った…
私の身長159㎝、六頭身のカラダに悪寒が走った…
この女、なにか、とんでもないことを仕掛けて来るかも、しれん…
それを思うと、ゾッとした…
すると、だ…
…やられる前に、やれ!…
と、どこかで、声がした…
もちろん、その声の持ち主は、わかっている…
声の持ち主は、この矢田トモコ自身だ…
声は、私の心の声だった…
私は、その声を聞き、考えた…
すると、その私の顔を見て、
「…なに? …お姉さん、なにを考えているの?…」
と、リンダ=ヤンが、聞いた…
そのリンダに続いて、
「…このクソチビでも、考えることがあるんだな…その細い目をさらに、細めて…」
と、バニラが、またも、私の悪口を言った…
それを、聞いて、私は、決断した…
…このバカ、バニラに天誅を加えねば、ならん…
と、決断した…
葉敬が、来日する前に、天誅を加えねば、ならんと、決断した…
なぜなら、葉敬が、来日すれば、バニラに天誅を加えることが、できんからだ…
バニラは、葉敬の愛人…
当然、この矢田よりも、葉敬に大事にされている…
だから、葉敬が、身近にいる間は、バニラに手を出すことが、できんのだ…
…やられる前に、やってやる!…
私は、心に誓った…
後日、その決断が、私の大道芸人への道に繋がるとは、そのときは、思っても、みんかった…
今、思えば、悔やんでも、悔やみ切れない、失態だった(涙)…




