火星人体験談 第七話
※本作は「火星での体験談」という体ていで描かれる、完全なフィクション(SF小説)です。作中の生態環境や国際情勢(1日48時間、人口20億人、金星・海王星の冷戦など)はすべて架空のものであり、実在の人物、団体、実際の宇宙開発・科学的事実とは一切関係ありません。
※本作の文章制作の補助として、生成AI(AIツールによる文章作成補助)を使用しています。
「お待たせ! 火星いかの刺身ね!」
店主の威勢のいい声とともに、居酒屋「マースフーズ」のカウンターに差し出された皿を見て、俺は思わず目を見張った。
皿の上にきれいに並べられたその刺身は、ほんのり青白く光を放っていた。半透明でみずみずしく、見た目は確かに地球のイカの刺身にそっくりだ。だが、自家発光している刺身なんて地球では見たことがない。深海魚ならぬ、火星の地下海洋生物の神秘をさっそく突きつけられた気分だった。
「へえ……本当に綺麗だな。光ってる刺身なんて初めて見るよ」
「だろう? 晴人、鮮度が抜群な証拠さ。さあ、醤油をつけて食べてごらん」
タナカが嬉そうに小皿を差し出してくる。俺は割り箸(これも地球からの輸入品だろうか)で一切れつまみ、少しだけ醤油をつけて口へと運んだ。
「――っ! うま、何これ!」
一口噛んだ瞬間、驚きで声が出た。
タナカの言った通り、地球のイカを遥かに凌駕するほどの驚異的なコリコリ感だ。それでいて決して固いわけではなく、噛めば噛むほど、口の中に濃厚な甘みと旨味がじゅわっと広がっていく。ほんのりとした光のせいか、どこか冷涼ですっきりとした後味もある。
「めちゃくちゃ美味いな……! 地球の高級料亭で出てきてもおかしくないレベルだぞ、これ」
「気に入ってくれて嬉しいよ。それは火星の極寒の地下水脈で育つから、身が極限まで引き締まっているんだ。火星人にとっても、ちょっとしたご馳走さ」
タナカは自分の分の刺身を器用に口に放り込みながら、満足そうに目を細めた。
仕事終わりの五臓六腑に、美味い食べ物としみじみとした美味い水が染み渡っていく。最高の瞬間だった。さっきまでガリ副部長の急な指示で地下倉庫を這いずり回っていた疲れなんて、一瞬でどこかへ吹き飛んでしまった。
「いやー、ハプニングなしでカチッと仕事を終わらせて、その後に飲む水と食う飯は格別だな」
「ははは、そうだね。でも晴人、さっき僕が話した『貿易』のことだけどさ、実は水だけじゃないんだよ」
「え? 水だけじゃないって、何がだ?」
俺が首を傾げると、タナカはグラスに入った透明な水を指先で軽く小突いた。
「さっき晴人が食べてるその『醤油』も、実は地球からの輸入物さ。火星の超技術で作った大豆っぽい植物からそれっぽい調味料は作れるんだけど、やっぱり本物の地球の醸造技術には敵わないんだよね。だから火星の美食家たちは、こぞって地球の調味料を買い漁るのさ」
「へえ、醤油まで……。じゃあ、俺たちが今使ってるこの箸もか?」
「そうだよ。火星の乾燥した大地じゃ、こんなに質のいい木材は育たないからね。火星政府が地球の環境保護団体や特定の裏ルートと交渉して、余った木材や資源を水と一緒に仕入れてるんだ」
タナカの解説を聞きながら、俺は改めて手元の箸と醤油皿を見つめた。
自分が今、地球から何億キロメートルも離れた赤い惑星にいるという事実が、一瞬だけ分からなくなる。目の前にあるのは、地球の自然が育んだ水と木と、伝統的な日本の調味料。
「なんだか、不思議な気分だな」
「どうしてだい?」
「いや、俺は火星人に連れてこられて、ここで借金を返すために必死に働いてるわけだけど……。こうして地球の恵みに囲まれて、火星人のタナカと一緒に美味いものを食ってると、宇宙って意外と狭いんじゃないかって気がしてくるんだよ」
俺の言葉に、タナカは本当に嬉しそうな、優しい笑みを浮かべた。
「宇宙が狭い、か。いい表現だね。僕たち火星人も、最初は地球のことを『遠い水の惑星』としか思っていなかった。でも、晴人のような地球人とこうして言葉を交わして、お互いの文化を混ぜ合わせながら居酒屋で笑い合える。それができるなら、星の距離なんて大した問題じゃないのかもしれないね」
「だな。……よし、店主! この『火星いかの刺身』、もう一皿おかわり!」
「おっ、景気がいいね晴人! 借金返済の予算は大丈夫かい?」
「これくらいなら必要経費だろ! 今日は頑張って働いたんだから、自分へのご褒美さ」
俺たちの声に応えて、店主が「あいよ!」と威勢よく新しい皿を切り始めてくれる。
楽しい夜は、ゆっくりと、しかし確実に更けていく。火星の夜空には、地球からは絶対に見られない二つの小さな月が、静かにオフィス街を照らしているはずだった。
――そして、次の日。
「ふぁ……。昨日はちょっと夜更かししすぎたな」
あくびを噛み殺しながら、俺はいつも通りに出勤した。
職場のエントランスを通り、オフィスへと続く廊下を歩いていた、その時だった。
前方をフワフワと低重力に任せて歩いていた一人の火星人が、抱えていた大きな工具箱をうっかりひっくり返した。
ガシャシャシャシャーン!!!
派手な金属音とともに、スパナやドライバー、見たこともない火星の特殊なネジといった工具類が、廊下一面にバラバラと散らばる。
「うわっちゃー! やべえ、やっちまった!」
作業着を着たその火星人は、頭に載せたゴーグルをずらしながら慌てて這いつくばり、工具を拾い集めようとし始めた。しかし、ここは地球より重力が軽い火星だ。焦って手を動かすたびに、軽い工具たちがフワフワと宙に浮いてしまい、なかなか上手く拾えていない。
「あーもう、浮くなよ! じれったいな!」
困り果てているその姿を見て、俺は放っておけなくなり、その場にしゃがみ込んだ。
「大丈夫ですか? 手伝いますよ」
「え? ああ、すまねえ!」
俺は一昨日、地下倉庫の仕事で学んだ『質量』の感覚を思い出していた。重力は軽くても、物質の動きにくさは地球と同じ。だから焦って素早く手を動かすのではなく、浮き上がろうとする工具を上からそっと、一定の力で押さえるようにして丁寧に拾い集めていく。
「お、おいおい地球人……お前、めちゃくちゃ拾うの上手いな! 火星の物理法則を完璧に分かってるじゃん!」
「まぁ、一昨日ちょっと手痛い勉強をしましてね」
苦笑いしながら、俺たちは数分で全ての工具を箱に戻し終えた。作業着の火星人は、よっこらしょと立ち上がると、俺の手をガシッと握りしめてブンブンと振った。
「助かったぜ! 俺はナカジマ。この会社に出入りしてる専属のフリーランス・メカニックさ! いやー、優しい地球人がいてくれて命拾いした。お礼に、お前の『火星人ボディ』にちょっといい機能をタダで追加してやるよ!」
「え? ナカジマさん? いや、お礼なんていいですし、勝手にボディを改造されるのはちょっと――」
「まぁ固いこと言うなよ! 強すぎるチート機能じゃないから安心しろって。お前、たまにこの会社や街で見かける『他の星からの旅行者』の言葉が分からなくて困ることないか? 金星人とかさ。だから、他の惑星の言語を自動で地球の言葉に翻訳して脳内に届ける機能だ。ほら、ちょっと耳の裏を失礼……よし、インストール完了!」
ナカジマが俺の耳の後ろのスイッチをパチリと押した。違和感はない、かなり地味な機能のようだ。
本当に効果があるのかと俺が首を傾げていると、オフィスの窓の外を、見たことのない奇妙な格好をした集団が歩いているのが見えた。
肌がほんのり金色に輝いていて、カメラのようなガジェットを片手にフワフワと楽しそうに火星の街を観光している。
「あ、あれって……」
「おう、あれは金星から来た観光ツアーの団体さんだよ」
その瞬間、俺の耳の奥(脳内)で、ピピッという小さな電子音とともに、ナカジマの言った新機能のアナウンスが響いた。窓の向こうの彼らの、今まではただのノイズにしか聞こえなかった宇宙言語が、急にハッキリとした言葉になって頭に飛び込んできたのだ。
『わあ、見てよ! 火星の空って本当に赤茶色なんだね!』
『地球とも金星とも違って面白いなぁ。あ、あそこのビルをバックに記念写真を撮ろうぜ!』
「……すげえ、本当に聞こえる。なんて言ってるか丸分かりだ」
「だろ? 火星は今、観光地だからな。その機能があれば、金星人でもどこの星の旅行者でもバッチリ会話できるぜ!」
ナカジマは工具箱を抱え直すと、またフワフワと陽気に廊下を去っていった。
お調子者の優秀なメカニックと出会い、宇宙の旅行者たちの言葉がわかる面白い新機能まで手に入った。
やっぱり俺の火星人ライフは、一秒先も予測ができなくて、ますますエキサイティングになっていく。俺は新しくできた耳を少し触りながら、今度はどんな宇宙人と出会えるだろうかと少しワクワクしつつ、今日も地下の倉庫へと向かうのだった。
第七話までお読みいただきありがとうございます!
今回は行きつけの居酒屋「マースフーズ」での、火星いか(美味しそう!)と、火星の水についてのちょっとした設定裏話でした。
そして翌朝、新キャラのメカニック「ナカジマ」が登場し、晴人の耳が『他惑星の翻訳仕様』にアップデートされました。窓の外を歩いていた金星人旅行者の会話が聞こえるようになり、ここから世界観がさらに宇宙規模へと広がっていきます!
面白いと思ってくださったら、ブックマークや評価、感想をいただけると執筆の励みになります!




