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第79話 上へ上げるべきです

その頃、探索者協会では月島が今回の件を東京の協会本部へ共有していた。


時刻はすでに深夜に差し掛かろうとしている。

だが、協会本部の深層案件回線はまだ生きている。


むしろこういう話は、日が沈んでからのほうが本番だった。

月島の前にある大型端末には、資料がいくつも並んでいる。


二層ゴブリンラボ最奥での異常報告。

配信遮断ログ。

三名の証言録取。

写真・動画データの欠損。

過去案件の参照一覧。


そこに並ぶ文言の中で、いくつかは月島も見慣れていた。


十層到達班の一部が残した、月の魔女に関する断片報告。

九層の隠し遺跡で、自衛隊探索者部隊が発見した月のレリーフ。

その他、少数ながら確認されている月に関する遺物、壁画、異常現象。


月。

その単語は、協会内部では静かに重い意味を持っている。


公にはほとんど知られていない。

一般探索者の教材にも載らない。

配信やニュースで語られることもない。


だが、深層へ近づいた人間ほど、その単語に対して妙な沈黙を見せる。

今回も、そこまではまだ既存案件の延長で説明できた。


問題は、そこに新たな単語が差し込まれたことだ。


赤い○。


しかも、それは単なる遺物の記述ではない。

システム側の異常表示に近い形で現れた。


赤い○に認識されています。


その文言が、月島の頭から離れない。

端末の向こうでは、本部の深層研究班と記録管理班、さらに危機対策室の担当者がオンラインで繋がっていた。


画面は複数に分かれ、それぞれの深刻な顔が映っている。

最初に口を開いたのは、深層研究班の老教授めいた男だった。


「証言の一致率は高い」

「三名とも若年ではあるが、内容の骨子は崩れていない」

「配信遮断と記録欠損も合わせれば、異常現象として扱うには十分だ」


記録管理班の女性が、冷静に補足する。


「二層ラボ周辺の通常ログには、該当する異常表示は存在しません」

「映像途絶のタイミングも、三名が語った時刻と一致しています」

「ただし、現状では外部記録媒体に残存データなし。証拠としては人証が中心です」


「人証のみ…では弱いな」


危機対策室の男が低い声で言った。


その声には、現場より上に説明する時の面倒さが滲んでいる。


「月関連案件として内部管理で留めるか。あるいは、防衛省と内閣府へ速報扱いで上げるか。その線引きが問題だ」


月島は、そこで断言した。。


「上げるべきです」


画面の向こうで、全員の視線がこちらへ向く。


月島は続けた。


「これまでの月関連案件は、深層到達者の証言や遺物単体が中心でした」

「ですが。今回は二層という浅層で発生しています」

「しかも、協会管理下の標準配信機器に対して干渉が起き、三名同時に同一の異常表示を確認している」


そこで軽く息を吸って、間を置く。


「既存の、深い層ほど月に近づくという前提が崩れた可能性があります」


その一言で、画面の向こうの空気が変わった。

深層研究班の男が、少しだけ顔をしかめる。


「浅い層への浮上か」


「あるいは、接触条件の変化です」


月島は即答した。


「二層ゴブリンラボ最奥の壁画、赤い台座に隠し区画らしき反応」

「これらは、偶発的に事象が重なった可能性もあります」

「ですが、赤い○に認識されていますという文言は、こちらが見たのではなく、向こうに見られたと読むべきです」


危機対策室の男が腕を組んだ。


「その赤い○が何か、現時点で候補は?」


記録管理班の女性が、いくつかの資料を開く。


「既存の月関連資料において、赤い月、緋の天体と読める記述は散発的にあります」

「ただし、直接一致する名称は未確認です」


そこで、深層研究班の男が別ファイルを呼び出した。


九層隠し遺跡のレリーフ画像だ。


石に刻まれた少女。

その傍らに描かれた月と思しき天体。

そして周囲に配された複数の線と円。


「代表的なのはこれだろう」


男が続ける。


「少女が月を見上げ、寄り添い続け、最後には月の表と裏を従えて月の女王となる」

「終盤は、永遠の友と添い遂げるで締められている」

「内容は神話めいているが、月を単なる天体ではなく、人格と契約と支配の対象として描いている点が特徴だ」


危機対策室の男が苦い顔をする。


「毎度思うが、遺物の内容が詩的すぎる」


「深層案件はそういうものです」


月島が淡々と返す。


「問題は、その詩的な内容が時折現実側へ染み出してくることです」


画面の向こうで、しばし沈黙が落ちた。


防衛省連絡室の担当者が、初めて口を開く。


「今回の件を上へ正式に共有する場合、あくまで月関案件の異常として扱うのか?」

「それとも、浅い層における未知のシステム干渉案件として扱うのか?」


「両方です」


月島は迷わなかった。


「月関連の系譜上にある可能性が高い」

「しかし同時に、浅層で配信遮断と記録改変に近い現象が起きたのも事実」

「そこを切り分けて報告すると、逆に全体像を見誤ります」


危機対策室の男が、少しだけ皮肉っぽく言う。


「つまり、上に持っていくと面倒になる…と」


「ええ」


月島はあっさり認めた。


「ですが持っていかずに、後でなぜ上げなかったとなる方がもっと面倒です」


その言葉に、画面の向こうで小さな苦笑がいくつか漏れた。


防衛省連絡室の担当者が、息を吐く。


「現場判断としては、正しいな」


記録管理班の女性が資料を閉じる。


「少なくとも、今夜のうちに限定共有ラインへ回すべきでしょう」

「内閣府危機管理センター、防衛省ダンジョン対策室、そして自衛隊探索者部隊にも」


深層研究班の男も頷いた。


「月の魔女案件と紐づける以上、過去に九層・十層案件を持っている連中を外す意味がない」


危機対策室の男が最後に確認する。


「現場封鎖は?」


「二層ラボ周辺を、通常探索推奨ルートから一時的に外します」


月島が答える。


「表向きは、ラボ区画で不安定な罠挙動が確認されたための安全措置とします」


「例の三人は?」


「保護観察寄りの任意協力です」

「口外制限はかけました。ただし、彼女たちを完全に外すのは難しいでしょう」


そこで、月島はほんの少しだけ視線を落とした。


「少なくとも一名は、既存の月関連案件の中心人物に直接繋がっています」


防衛省連絡室の担当者が、すぐに理解したように頷いた。。


「佐倉七海か」


「はい」


その名が出た瞬間、画面の向こうの空気がまた少し変わった。


人類史上初の十層到達者の一人。

月の魔女との接触した現代の魔女。


どれも、内部資料の中では軽く扱えない肩書きだ。


危機対策室の男が小さく唸る。


「因縁めいてきたな」


「因縁で済めばいいのですが」


月島は、ほとんど独り言のように言った。


赤い○からの認識。

浅い層への浮上。

そして、佐倉七海の娘。


偶然と呼ぶには、並びが悪すぎる。


やがて、会議は結論を出した。

この件は、さらに上へ上げる。

ただし、最小限の共有ラインで。


防衛省と内閣府。

自衛隊探索者部隊。

協会本部の深層班。


名称はまだつけない。

だが、内部管理番号だけはすぐに振られる。

月島の端末に、新しい案件番号が発行された。


月関連異常接触案件・例外接触

仮番号 M-2R


月島はその表示を見て、静かに目を細めた。

偶然にしては、よくできすぎている。


会議回線が切れると、部屋には端末の駆動音だけが残った。

月島は背もたれに深く寄りかかり、短く息を吐く。


結局、上へ上げた。

正しい判断だと思う。

だが、その先に待っているのは、面倒な政治ともっと面倒な深層案件だ。


しかも今回、現場にいたのはただの探索者ではない。

まだ高校生の三人組。

そのうち一人は、過去案件の中心人物の娘。


月島は、自分の机の上に置かれたメモへ視線を落とした。

そこには、しずくたちの証言から書き起こした文言がある。


赤い○に認識されています。


その一文だけが、やけに浮いて見えた。


月島は端末を閉じる前に、最後に一つだけ個人メモを残した。


認識の主が不明。

月関連既存資料の再精査。

佐倉七海への非公式聴取を検討。

浅層での再発に備え、二層ラボ周辺を重点監視。


記録を保存し、端末の電源を落とす。


月島は、窓の外に浮かぶ夜の色を一瞬だけ見た。

空に月は薄く、雲に隠れてほとんど見えない。


それでも今夜ばかりは、見えない月の向こう側に何かがある気がしてならなかった。

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