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第28話 寝ぐらの奥の少女

ほのかが、腰の双剣にちらっと目をやってから、はっとしたように呟いた。


「これ」


しずくが首を傾げる。


「…どうしたの」


ほのかは、少し興奮した顔で続けた。


「さっき使って分かったんだけど、ある程度ならこう動けって考えた通りに自立行動させられる」


「…自立?」


「完全に手放しってほどじゃないけど、かなり賢い」


ほのかは双剣の片方の柄を軽く叩く。


「これ、慣れたらかなり複雑なことができそう」


しずくは一瞬だけぽかんとして、それから小さく頷いた。


「…なんとなく、わかるかも」


実際に、なんとなくだった。

でも、言いたいことは分かる。


自分の手から離れて、意志を持ったみたいに飛ぶ武器。

しかも、ただ飛ぶだけじゃない。

狙って、追って、戻ってくる。


ほのかは機弩を持ち上げてみせた。


「つまりさ」


にやっと笑う。


「双剣に踊ってもらってる間、私本人は機弩でも攻撃できる」


しずくが目を瞬く。


「…手が、増える」


「そう」


ほのかの笑みが、少し怖いくらい楽しそうになる。


「実質、手数が倍以上」


視聴者コメントが一気に流れた。


『やべぇ!!』

『理解した』

『手数増えるのえぐい』

『前衛しずく、後衛ほのか、さらに飛ぶ双剣』

『もう一人いるのと同じじゃん』


ほのかは肩を揺らして笑う。


「でしょ?」


それから、少しだけ真面目な顔になる。


「ただ、たぶん万能じゃない」

「双剣を飛ばしてる間、多少は意識を割かれるし、細かい制御ほどMPも食いそう」


しずくはその言葉に頷いた。


強い。

でも、雑に振り回せる力じゃない。


ローグライクの装備って、いつもそうだ。

便利で、強くて、でもどこかにちゃんと扱えって癖がある。


ほのかは指を折りながら整理する。


「だから、使い方としては…」」

「前衛二、後衛一みたいな配置、あいつらやってくるでしょ。そこに双剣飛ばしたら、後ろが崩れる」


しずくは、さっきの弓ゴブリンを思い出す。


確かに。

あの時、弓を落とすだけでかなり楽になった。

それを、機弩と双剣の同時攻撃でやれるなら…。


「…強い」


しずくがぽつりと漏らす。

ほのかは少し得意げに笑った。


その時、通路の奥からかすかな物音がした。

何かが擦れる音、そして低い声らしきもの。


笑い声にも聞こえる。

でも、人間の笑いじゃない。


ほのかの表情が、すっと引き締まる。


「…寝ぐら、近いね」


気配察知が働いているのだろう。

視線がまっすぐ奥を捉えている。


しずくも銀盾を構えた。


「…何匹」


ほのかはすぐには答えなかった。

少しだけ集中して、それから低く言う。


「多い」


その一言だけで十分だった。

ほのかは機弩を持ち直し、双剣の柄に指をかける。


「しずく、たぶん次は本隊」


しずくは頷く。


ほのかは、最後に小さく笑った。


「じゃ、実戦いきますか」


しずくは前髪の奥で少しだけ目を細めた。


「…言い方がずるい」


「だってワクワクするし」


その軽口が終わるのとほぼ同時に。

通路の奥の暗闇で、赤い目がいくつも灯った。

ゴブリンの寝ぐらは、もう目の前だった。



寝ぐらの入口は、通路より少しだけ広い空間になっていた。


天然洞窟が、そこだけぽっかりと膨らんだみたいな広場。

天井は低い。

湿った岩壁には、煤みたいな黒い汚れがこびりついている。

焚き火でもしていたのか、鼻につく煙臭さが残っていた。


そして、広場の隅。

小さなローブをまとった子が、ゴブリンに囲まれていた。


しずくの喉がひくっと鳴る。


数は六。

二匹や三匹じゃない。

前衛が三、いや四。

後ろに石を持っている個体。

少し離れた場所に、刃物みたいなものを持った個体。


ほのかの目が細くなる。


「多いね」


でも、その声はまだ冷静だった。

しずくは、広場全体を見渡した。


男二人がいない。


さっき聞いた話では、若い男と、子どもみたいな子の三人組だったはず。

でも今いるのは、その子だけだ。


つまり、置いていかれた。

囮にされた。

あるいは…逃げる時間を稼がされた。


嫌な想像が、頭に浮かぶ。


ローブの子は、壁際に追い詰められるように立っていた。

フードが少しずれて、白い肌が見える。

小さい、やっぱり小さい。


それでも、ただ泣いているわけじゃない。


両手を前に出している。

その指先に、かすかに光が集まっていた。


「…マジシャン」


しずくが言う。


ほのかも頷く。


「でも、詠唱の余裕がない」


ゴブリンたちは、その子をすぐに殺してはいない。


石を投げる。

棍棒を振り回して脅す。

近づいては、少し下がる。


遊んでいるみたいだった。


しずくの胃が、きゅっと縮む。


あれは、ただの戦闘じゃない。

明らかに追い込んでる。


その時、ゴブリンの一匹が甲高い声を上げた。


「ギャヒャッ!」


石が飛ぶ。


ローブの子が、咄嗟に小さな魔法障壁みたいなものを張る。

薄いガラスが割れるみたいな音。

障壁は一撃で砕けた。


「…長くない」


ほのかの声が低くなる。


「助ける」


しずくは即答していた。


ほのかはすぐに広場を見渡す。


敵六。

こっち二。


でも、地形は悪くない。


入口側は細い。

広場へ出る道は一つ。


つまり、全部に一度に囲まれるわけじゃない。


ほのかが早口で言う。


「作戦。しずく、入口で三匹止めて」


「…うん」


「私は後ろを落とす。まず石持ちと、刃物持ち」


しずくが銀盾を少し持ち上げる。


「…双剣」


ほのかがにやっと笑い、腰の双剣を軽く叩く。


「今回は、派手にいくよ」


コメント欄が一気に流れる。


『救助戦!』

『いけえええ!』

『ゴブリン許すな』

『双剣の本番きた!』


ローブの子が、こちらにまだ気づいていない。

ゴブリンも同じだ。


気づいていない今が、一番大きい。


ほのかが小さく息を吸った。


「開幕で崩す」


しずくはロングソードを握り直す。

銀盾を前に。

アタッカー型、強靭な体幹、マジックブロウ。

全部ある。


「…いける」


自分に言い聞かせるみたいに呟いた。


ほのかが双剣の片方を抜く。

銀色の刃に、風がかすかにまとわりつく。


「三、二、一」


ゼロの言葉と同時に、ほのかが双剣を投げた。


【ダンシングソード】


銀の刃が、踊るように飛ぶ。

風を引いて、一直線じゃなく弧を描きながら。

まず後衛の石持ちゴブリンの首元を裂いた。


「ギッ!?」


悲鳴と同時に、ほのかの機弩が火を吹く。

もう一匹の石持ちの額にヘッドショット。


「…行く!」


しずくが飛び出す。

入口から広場へ踏み込む。


「こっちだ!」


叫ぶと同時に、前衛のゴブリンたちが一斉に振り向いた。

三匹が棍棒を持って突っ込んでくる。


しずくは最初の一撃を銀盾で流した。

二匹目の棍棒をロングソードで弾く。

三匹目が横から足を狙うのを、わずかにステップを踏んで避ける。


体幹が強い、ステップを踏んでも体がぶれない。

マジックブロウを刃に乗せる。

ロングソードが淡く光り、横薙ぎと同時に光の線が走る。


ゴブリンの一匹が、胸元裂かれてたたらを踏む。


ほのかの声が後ろから飛ぶ。


「しずく、左!」


しずくが半歩ずれる。

その横を、戻ってきた双剣が通り抜けた。


銀の線、ゴブリンの手首を切り裂く。

こん棒が地面に落ちる。


ほのかは機弩で別の一匹を撃ち抜く。

広場が一気に戦場に変わる。


その中で、ローブの子がようやくこちらを見た。

フードの奥、淡い色の瞳が見開かれる。


驚いている。

でも、まだ声は出ない。

たぶん、出す余裕がない。


しずくはゴブリンの棍棒を盾で受け流しながら、その子へ叫んだ。


「…下がって!」


自分でも驚くくらい、声が出た。

ローブの子が、びくっと肩を揺らして、壁沿いにさらに下がる。


それでいい。

そこにいてくれれば、誤射はしにくい。


双剣が、もう一匹の肩を裂く。

ほのかの弾が、その頭を抜く。


しずくが前衛を引き受けている間に、ほのかが一匹ずつ削る。


役割分担、いつもの形だ。

でも、今回は守る相手がいる。

そこが違う。


しずくは、たたらを踏んだゴブリンの棍棒を盾で叩き落とした。

腕が軽い、剣が鋭い。

そのまま、マジックブロウを乗せた剣先がゴブリンの首を切り裂いた。


残り二匹が、一瞬だけ怯む。

その瞬間を、ほのかは逃さない。


【マーキング】


赤い紋様が、一匹の胸に浮かぶ。

しずくはそこへ踏み込んだ。


「…はっ!」


ロングソードの突き。

ゴブリンの胸元に突き刺さる、そのまましずくは剣を引き抜きながら、ゴブリンを蹴り飛ばす。

マーキングされたゴブリンの体勢が大きく崩れる。

そのまま、ほのかの弾が額を抜く。


最後の一匹は、逃げようとした。

そこを双剣が追う。

銀色の刃が、踊るみたいに弧を描いて、ゴブリンの背に銀の線を走らせた。

血が舞い、ゴブリンの足が止まる。


追いついたしずくが、背後からロングソードを振り下ろす。

最後の一匹も、光になって消えた。


湿った広場に、二人の荒い呼吸だけが残る。

しずくはすぐにローブの子の方を見た。


まだ壁際にいる、無事だ。


「…だいじょうぶ?」


しずくが一歩近づく。

その子は、しばらく固まっていた。

それから、小さく、小さく頷く。


「…た、ぶん」


声もやっぱり、子どもっぽい。

でも、はっきりしている。


ほのかが機弩を下ろしながら近づいてくる。


「よかった、間に合った」


その時、しずくはようやく気づいた。


ローブの子の袖口や足元が、少し汚れている。

でも、致命傷はなさそうだ。


男二人はいない。

置いていかれたんだ。

その事実が、胸に重く落ちる。


しずくは、ローブの子を見ながら小さく息を吐いた。


「…もう、大丈夫」


そう言った自分の声が、少しだけ大人びて聞こえて、しずくは少し驚いた。

でも、ローブの子はその言葉を聞いて、ようやく力が抜けたみたいに壁へもたれた。


二層の湿った空気の中。


思っていたよりずっと面倒で、ずっと嫌な現実が、そこにあった。

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