表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
息切れ・痛風・老眼おっさんパーティ、“老齢の塔”に挑む  作者: けんぽう。


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/42

第20話 地味でいい


 再び、十三階層。


 空は雲ひとつない快晴。陽光をたっぷり吸い込んだ草原が一面に広がり、その先には——二千メートル級はあろうという山が、どっしりとそびえ立っていた。


 斜面はごつごつとした岩と濃い緑に覆われ、頂は遠く、かすんで見える。


 四人は装備を少し軽くし、新調したマントの留め具を確かめながら、無言で山を見上げていた。

 風が吹くたび、四人のマントが同じ方向へはためく。


「……さぁ、行くか」


 山頂をじっと見つめたまま、ダリウスが短くそう言った、その時。


「ちょっと待って」


 ミラが、探偵が推理を始めるときのように顎に指を当てて、ダリウスを制した。


「ん? どうした」


 オットーが、気の抜けた声で振り向く。


 ミラはくるりと草原側を向き直ると、両腕を大きく広げた。


「よく考えたらさ、こんなに広い草原なんだよ?

 “山を登れ”って、誰も言ってないじゃない。

 草原の奥に、次の階層の入り口があるかもしれないでしょ?」


 どこか「登山はできれば回避したいです」という本音がにじむ声だった。


 オットーは一瞬きょとんとしたあと、腹の底から笑い出す。


「はっはっは! こういうのはなぁ、山の頂上か、途中の洞窟か——その辺にあるって相場が決まってんだよ」


「むー……」


 ミラは、どうにも納得いかないという顔で頬をふくらませる。


 ダリウスはそんな彼女に向き直り、やさしくなだめるように微笑んだ。


「ミラ、ちょっとでいい。草原の方に向かって、まっすぐ歩いてみな」


「??? いいけど……」


 首をかしげながらも、ミラは言われた通り草原へ歩き出す。

 さらさらと草を踏む音が遠ざかっていった。


 十メートル、十五メートル——


「わっ!?」


 およそ二十メートルほど進んだところで、ミラの身体が、何か“見えないもの”にぶつかり、そのまま後ろにひっくり返った。


「いたた……!」


 尻をさすりながら立ち上がると、ミラは目の前の空間を両手でぺたぺたと触り始める。


「なにこれ……ほんとに、何か壁がある!!」


 掌に伝わるのは、硬い感触。

 透明な壁は、そのまま山のほうへ向かって、まっすぐ伸びているようだった。


 ミラはダッシュで戻ってくる。


「ダリウス、どういうこと!? ねぇ、どういう仕掛けなの!?」


 目をきらきらさせたミラに、ダリウスは「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりに講義口調になる。


「転移型ダンジョンの特徴だよ。

 広い空間に見えても、実際に進める範囲には“限界”がある」


「見た目だけ広く見せて、おあそびさせてくれるんですよ」


 エドガーは肩をすくめて続ける。


「性格悪っ!」


 ミラが顔を膨らませた。


「厄介なのはですね、その透明な壁が——途中で曲がったり、分岐したりすることなんです」


「だから、エドガーの出番ってわけだ」


 オットーがニヤリと笑った。


 エドガーは得意げに胸を張り、羊皮紙を取り出す。


「えぇ、“地図の魔法”を使います」


 そう言うと、魔導書を広げ、いつものように虫眼鏡を取り出し、小さな文字を追いながら詠唱を始める。


「シェル……う……ドゥ……ん……」


 ぼそぼそとした声が風に流れた、そのとき。


 パンッ、と小気味よい音が響く。


「よし、じゃあお茶の準備でもするか」


 ダリウスが手を叩きながら立ち上がる。


「そんなにかかりませんよ!!」


 エドガーの焦りと怒りの混じった声が、草原にむなしく響いた。



 それからしばらくして。


 ダリウスたちは折り畳み椅子に腰かけ、山から少し離れた位置で、必死に詠唱を続けるエドガーを遠目に見ながら、優雅にコーヒーをすすっていた。


 湯気とともに立ちのぼる香りが、風に乗ってふわりと漂う。


「ダリウスの入れたコーヒーって、本当に美味しいね」


 ミラはカップを両手で包み、指先を温めながらほっと笑う。


「本当だぜ。これにアルコールが入ってりゃなぁ」


 オットーは真顔でつぶやいた。


「おいおい」


 ダリウスは呆れつつも、どこか嬉しそうに肩をすくめる。


 そんな中、少し離れた場所で、エドガーの声が高まった。


「……<地界記章>!」


 羊皮紙の上に淡い光が走り、エドガーを中心とした半径三十メートルほどの地形が、線と記号で描き出されていく。

 見えない壁の位置も、くっきりと示されていた。


「よし……ちゃんと出ましたね」


 エドガーは額の汗をぬぐい、ほっと息をつく。


「おつかれ、エドガー。コーヒー飲むか」


 ダリウスがカップを差し出すと、エドガーは少し息を切らしながら、それを受け取った。


「……お、お願いします」


 声には、少しだけ「本当にそんなに時間かかってましたか」という悔しさが滲んでいる。


 こうして——四人は登山前から、しっかり目のティータイムをとることになったのだった。


 山肌をなめる風が、ざらついた岩を擦るように吹き抜けていく。


「——さぁ、今度こそ行くか」


 ダリウスが腰の剣に軽く触れながら、山頂を一度だけ見上げて言った。


 エドガーは手にした羊皮紙を広げ、位置を確かめるように目を細める。


「ひとまず、まっすぐですね。ここから先は……登りが続きますよ」


 四人は岩だらけの山道へと足を踏み入れた。


 足元はごつごつとした岩だらけで、土の柔らかさはほとんどない。

 一歩踏み出すごとに、脚へじわりと負荷がかかる。


 ダリウスは、歩きながらそっと腰を落とし、いつでも剣が抜ける体勢になった。


「……そして、前方七体。来るぞ」


 その言葉と同時に、山の上方からぴょん、ぴょん、と影が跳ねながら近づいてくる。


 岩の上から岩の上へ、鳥のような軽さで跳躍する小柄な影たち。

 エドガーは魔導書のページをめくり、その姿を確認するとすぐに口を開いた。


「レッサーモンキーですね。投石が得意な小型種です」


「オットー、シールドバッシュ」


 ダリウスの短い号令。


「はいよ」


 オットーは肩からずらしていた大盾を前に構え、一歩前へ出る。

 淡い光が盾の表面を走り——


「<シールドバッシュ>!」


 目に見えない力場が、盾の前面にぴたりと張り付くように展開される。


 その瞬間を待っていたかのように、レッサーモンキーたちは距離を詰めず、やや高い位置から一斉に腕を振りかぶった。


 ——カンッ、カンッ、カンッ。


 無数の石が弾丸のような勢いで飛来し、オットーの盾に雨あられとぶつかる。

 しかし、盾は微動だにしない。石は全て、弾かれて地面へと転がり落ちていった。


「やっぱり、そう来るか……」


 ダリウスは小さくため息をつく。


「昔やった“あれ”で行くか」


「やれやれ……」


 エドガーは肩をすくめ、しかしすぐに頷いた。


「今の私たちには、最善手ですね」


 甲高い声を上げながら、レッサーモンキーの一部が、側面から回り込もうと斜面を駆け下りてくる。


 ダリウスは振り返りもせず、落ち着いた声で言った。


「ミラ。左右からの攻撃に対して、簡易結界を張ってくれ」


「了解!」


 ミラは嬉しそうに一歩前へ出て、ネックレスを握りしめる。


「女神の息吹よ、罪なき者を囲い守れ——《聖遮のヴェール》!」


 瞬間、パーティの左右に薄い光の幕が立ち上がる。

 完全防御ではないが、横合いからの石の軌道をわずかに逸らし、威力を削ぐには十分だった。


 それでも、それを力づくで突破しようと、何体かのレッサーモンキーが突撃してくる。


「来たな」


 ダリウスは低く呟き、剣を抜いた。


 しかし、その剣筋は“斬り捨てる”ためではない。

 迫る猿の腕を弾き、足を払って転ばせ、盾の前面に近づけることなく押し返す——


 ただひたすら、オットーが展開するシールドバッシュの「内側」に敵を入れさせないための剣戟だった。


 無駄な深追いも、有効打を狙った大振りも一切ない。

 一歩踏み込み、一歩戻る。

 呼吸とともに、最小限の動きだけで軌道を逸らしていく。


「はっ、はっ……!」


 息は上がりつつも、ダリウスの体幹は微動だにしない。


 その横で——


「さて、と」


 オットーは盾を前に出したまま、じり、じり……と歩を進めた。


 最初は真正面。

 そこから少しずつ角度を変え、斜面を横切るように移動し——


 やがて、レッサーモンキーたちより、わずかに高い場所を取る形になる。


「……はぁ、疲れた」


 ダリウスは額ににじんだ汗を拭いながら、ぽつりとこぼした。


「しかし、これで勝ちですね」


 エドガーは冷静に言う。

 口調は落ち着いているが、その胸元はうっすら上下していた。


「え? ただ場所を変えただけじゃないの?」


 ミラは首をかしげている。


 ダリウスは、そんな彼女に片手を伸ばした。


「まぁ、ミラ。これを持ってくれ」


「え?」


 渡されたのは、拳を三つ分ほど合わせた大きさの、ずっしりとした岩だった。


「え、これで殴るの?」


「投げるんだよ」


 そう言うなり、ダリウスは片手で岩を持ち、レッサーモンキーたちの方へとしなやかに腕を振るった。


 ひゅっ——ごつん。


 投げた岩は鋭い弧を描き、一体のレッサーモンキーの肩を直撃する。

 猿は悲鳴を上げて転げ落ち、慌てた仲間がよろめきながら避けようとして、さらに二、三体が巻き込まれて転んだ。


 エドガーも無言で岩を拾い上げると、さながら仕事の延長のような無表情で、淡々と投石を始めた。


 ひゅっ、こつ。

 ひゅっ、こつ。


 派手さはないが、一投ごとに一体ずつ、じわじわと数を削っていく。


「え、えっと……こう?」


 ミラも慌てて岩を持つが、投げ慣れていないのか、ひょいっと放った石は前へ飛ばず、坂をコロコロ転がっていった。


「あ、下に行っちゃった」


 その“外れ玉”が——ちょうどレッサーモンキーの頭上に転がり落ちる。


 ごつん。


「きゃっ!?」


 脳天直撃。猿はひっくり返り、そのまま転がった岩が別の個体の足元に当たって滑らせ、さらにもう一体が避け損ねてぶつかる。


 ドミノ倒しのように、レッサーモンキーたちが次々と派手な悲鳴を上げて転げ落ちていく。


「……なんか、当たった」


 ミラがぽかんと呟く。


「結果オーライだ」


 ダリウスは苦笑しながら、次の岩を手に取った。


 それでも、しびれを切らした数体は怒りに任せて突進してくる。

 だが、それはオットーの“領域”へ飛び込むことを意味していた。


「ほらよ!」


 オットーはシールドバッシュの力場を前へぐっと押し出す。

 突っ込んできたレッサーモンキーたちは、弾かれたように跳ね返され、地面を転げ回った。


 投石は盾と結界に防がれ、突撃は盾で潰される。

 高所を取ったダリウスとエドガーの投石は淡々と数を削り——


 やがて、レッサーモンキーたちは悲鳴を上げながら、一斉に山の下方へ逃げていった。


 静寂が戻る。


 息を吐きながら、ダリウスは岩を地面に置いた。


「……よし、一息入れよう」


 岩に腰を下ろし、額の汗をぬぐいながら呟く。


「なんか、地味だったね」


 ミラが、ほんの少しだけ肩透かしを食らったような顔で言った。

 さっきまで飛んだり跳ねたりしていた分、余計にそう感じるのかもしれない。


「……あぁ」


 ダリウスは苦笑する。


「でも、これが一番消耗が少ない。派手にやった分だけ、あとできっちりツケが回ってくるからな」


 すると、エドガーがふっと視線を遠くに彷徨わせた。


「……これを初めて使った時は、ペース配分なんて言葉すら知らない若造でしたよ」


 独白のような、静かな声だった。


「体力も魔力も、ギリギリどころかマイナスにまで落として……」


 オットーが顔をしかめ、苦笑混じりに続ける。


「みんなヘロヘロでよ、最後の方なんてエドガー、魔法どころかその辺の木の枝振り回して魔物殴ってたからな」


「……やめてください。忘れたい黒歴史です」


 エドガーは咳払いをひとつしてから、少しだけ表情を和らげた。


「生き残るためとはいえ、あのときは本当に死ぬかと思いました。

 まさか何十年も経ってから——今度は“体力温存のため”に同じ戦法を使うことになるとは、夢にも思いませんでしたよ」


 どこか諦めと自嘲をまぜた、しかしどこか誇らしげでもある言い方だった。


「へぇ〜」


 ミラは目を丸くして、三人の顔を順番に見つめる。


「みんなもいっぱい失敗とかしてたんだ。なんか……“百戦錬磨おじさん”って感じで、最初から完璧だったのかと思ってた」


「たくさんしたよ」


 ダリウスが、ぽつりと言った。


 青空を仰ぐ。

 高くそびえる山の稜線の向こう側に、過去に置いてきた顔がいくつも浮かんでは消える。


「……たくさん失敗して、たくさん怪我して。たくさん……仲間も、失った」


 その声音には、笑いでも泣きでもない、静かな重みがあった。


 次の瞬間、その背中に、大きな手がぽん、と乗る。


「しんみりすんなよ」


 オットーだった。

 いつものように乱暴で、けれどどこか優しい力加減で、ダリウスの肩を叩く。


「俺たちは“昔話をしに”ここに来たんじゃねぇだろ。生きて帰るために、ここにいるんだろ、リーダー?」


 そう言って、にっと笑う。


「ついてくぜ。どこまでもな」


「……全く」


 エドガーも、どこか照れくさそうに笑った。


「身体にはガタが来ていますがね。

 その分——リーダーの知恵は、昔よりずっと冴えてますよ」


「買いかぶりだ」


 そう言いながらも、ダリウスの口元は自然とほころんでいた。


 視線が、改めて山の頂へ向かう。

 果てしなく遠く思えた斜面が、ほんの少しだけ近く感じられた。


「……地味でいい」


 ダリウスは、仲間たちの顔を一人ひとり見回しながら言った。


「派手じゃなくていい。ズルくたって構わない。

 俺たちのやり方で——一歩ずつ、登っていこう」


 ミラが力強く頷く。

 オットーは盾の柄を握り直し、エドガーは羊皮紙を胸に抱えた。


 老いた脚で、一段一段。

 その山を登るために。


 四人は再び、前へと歩き出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ