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塔の頂きへ  作者: けんぽう。


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第14話 老練な作戦と、ダンジョンの意地悪さ

 ダリウスたちは、洞窟内を一歩ずつ噛みしめるように進んでいた。

 三階層で味わった“崩壊寸前”の戦いが、足の裏にまで残っているようだった。


 わずかな判断の遅れで死ぬ。

 ひとりが倒れれば、全員が倒れる。


 ——老いは武器を奪うが、慎重さは与える。

 その事実を深く刻みながら、彼らは十階層へ向かった。



 やがて視界が一気に開けた。


 洞窟広間。

 天井は暗闇に溶け、松明の光すら届かない。

 どこからともなく、ごぉお……と低音が響き、石壁がわずかに震えていた。


 そして——。


 二十メートル近い巨大な扉が、前方に立ちはだかっていた。

 異様な気配が、扉の隙間からじんわりと漏れ出ている。


「来たな……」


 ダリウスは喉を鳴らし、剣の柄を確かめた。


「えぇ……」


 エドガーは静かに、しかし指先がわずかに震えている。


「面倒くせぇ……どう見てもボス部屋だ」


 オットーは鼻をこすりながら言った。


 天井から落ちた一滴の水が、ぽちゃんと耳に届く。

 それだけで、胸が強く波打つ。


「みんな、一旦……野営しよう」


 ダリウスは空気を切り替えるように言った。


「うん。じゃあ……結界、張るね」


 ミラが微笑み、胸の前で両手を組む。

 淡い光が広間に広がり、見えない薄膜となって四人を守った。


「助かる。……よし、荷を下ろすぞ」



 テントが設置され、焚き火が灯る。

 炎のゆらぎが洞窟の壁に影を落とし、四人は簡易テーブルを囲んだ。


 ランプの橙色の光が、疲労のにじんだ顔を照らし出す。


「コンラートの話では……巨大モンスター、だったな」


 ダリウスは水を飲み、息を整えながら言った。


「えぇ。さすがにいきなりドラゴン……はないでしょうが」


 エドガーが落ち着いた声で続ける。


「いや、想定しといて損はねぇ」


 オットーは鼻を触りながら、岩に背を預けた。


「ここは普通のダンジョンじゃない。何が出てもおかしくねぇよ」


「だな。……だが、多分もっとも高い可能性を基準に組み立てるべきだ」


 ダリウスが腕を組む。


 エドガーがうなずいた。


「ゴーレム、オーガ、そして……ゴブリンキング、でしょうね」


「この階層は洞窟で、ゴブリンが多かった。順当にいけばゴブリンキングだろうな」


 オットーが天井を見上げながら言う。


「そうなると、配下のゴブリンを加えた集団戦の可能性が高い……か」


 ダリウスは顎に手を当てた。


「その場合……俺はいつもより後ろになるな」


 オットーが肩をすくめる。


「そうなると、ダリウスの負担は上がるが……」


「でも、私も簡単な結界を張れるから……」


 ミラが唇に指を当てて考える。


「ゴブリンの群れなら、斧を持ったオットーが前に出て、ダリウスと二枚壁になるのがいいんじゃない?」


「……そのパターンも作戦に入れましょう」


 エドガーが頷いた。


「それに、誰かがガス欠になった時のパターンも考えたほうがいい」


「俺が先にバテるのは……ありえるな」


「エドガーの魔力切れも、このあいだみたいに……」


 仲間同士、誰が弱いかではなく、

 誰が“どんな弱さを抱えているか”を、正面から確認し合っていく。


 若い頃にはなかった、静かで強い会話。


 四人は、その後もしばらく——

 炎がぱちぱちと弾ける音の中で、あらゆる状況に備えるための話し合いを続けた。



 洞窟内は深い闇に沈んでいた。

 どこまでが夜で、どこからが朝なのかもわからない。


「よく寝たな……八時間は寝たか?」


 ダリウスが寝袋から起き上がり、背中を軽く伸ばす。


「ミラ、そろそろ起きてくれ」


「まったく……」


 エドガーは既に起きており、いつも以上に念入りに歯を磨いていた。


「オットー、あなたも起きなさい」


「ドーナッツ!? ……あ、はっ、おはよう!」


 ミラは寝ぼけながら跳ね起きた。


「バーボン……? ウォッカ……? ……って、あぁ、みんな早いな」


 オットーも起きるが、寝言が完全にアル中。


「「……」」


 ダリウスとエドガーは無言で見つめ合った。


「さぁ、行くか」


 ダリウスの一言で、四人は動き出した。



 巨大な扉の前に立つと、まるで洞窟そのものが息を潜めたように静まり返った。


 ミシ……ミシ……

 ゴゴゴゴ……!


 扉が、ゆっくりと。


 ゆっくりと——開いていく。


「オットー。最前線、警戒しながら進んでくれ」


「……おう」


 普段は楽天的なオットーの声も、このときばかりは低い。


 中は闇。

 懐中の光では届かないほど、深く、広い。


 だが——足音の反響だけは異常だった。


 コツ……

 コツ……

 コツ……


 足元に返ってくる反響音が、どれほどこの空間が広大かを物語っている。


「広い……な」


 ダリウスは思わず呟いた。


 中央付近まで進んだ、その瞬間——


 バッ!!


 壁という壁に、一斉に松明の灯りが走った。

 炎が轟音を上げ、闇が一瞬で吹き飛ばされる。


 そして——現れた。


 影が、存在した。


 いや、影に見えた“塊”が、ゆっくりと姿を形づくっていった。


 大人の三倍はある巨体。

 岩のように分厚く、ひび割れた皮膚。

 呼吸のたびに、洞窟全体が揺れるほどの肺の膨張。


 右手には、オットーの大斧が子供用のおもちゃに見えるほどの巨斧。


 そして——真っ赤な眼光が、四人を貫いた。

 まるで生きた灼熱の塊が、そこに二つ、燃えているかのように。


 オーガだった。


 その瞬間、


「オットー行くぞ!」


 ダリウスの即断は、迷いを切り伏せる剣のように鋭かった。


「おうともよ!」


 オットーは息を吸い込み、身体を前へ叩きつけるように走り出す。

 老いてなお、かつての“突撃のオットー”の片鱗がそこにあった。


 エドガーはその背中を見た瞬間、魔導書を開いて詠唱に入る。

 声は震えていない。だが、ページを押さえる指先だけはわずかに強張っていた。


(単体で、遠距離攻撃なし……昨日の想定パターンの一つ、初撃は……)


 昨夜の作戦会議が、四人の脳裏に一瞬でよみがえる。


 ——オットーが盾を捨てて攻撃に専念し、足止め。

 ——ダリウスが背後に回り込み、急所を狙う。


 それが、オーガに対して最も勝率が高い手だった。



「でりゃあああああッ!」


 オットーの大斧が、真正面から振り下ろされた。

 重い金属音が洞窟に響く——が、


 ザシュッ……!


 オーガの皮膚は岩板のように硬く、斧はかろうじて皮を裂いただけ。


「マジかよ……全力だったぜ、今の!」


 呆れた笑いと同時に、オットーの顔に焦燥が走る。


「想定内だ、オットーッ!」


 ダリウスは既に横へ滑り込み、疾風のように背面へ回り込んでいた。


 腰を落とす。

 重心を一点に収束させる。

 獲物を狙う猫科のように、空気が静止した。


「——ッ!」


 次の瞬間。


 跳ぶ。

 大地の反発を全て脚に集め、真上へ。


 剣先が溜めていた闘気を爆ぜさせながら、斜め下から弧を描く。


「《グランドスラッシュ》!」


 轟音。

 斬撃。

 閃光。


 そして——


 オーガの左肩が、吹き飛んだ。


「グゴォォォオオオオ!!」


 咆哮。

 巨体がぐらりと揺れ、バランスを失って地響きを立てて倒れ込む。


 ダリウスもその衝撃に膝をついた。

 息が完全に上がり、肩がひゅうひゅうと鳴っている。


(……やり切った。あとは頼んだぞ、オットー)


「オットー……頼む……!」


 かすれ声でそう告げ、剣を地面に突いて身体を支える。


「任せろっての!!」


 オットーは吠えるように笑い、ダリウスの前に立つ。

 盾を構え、全身の力を前へ注ぎ込む。


「シールドバッシュッ!!」


 ごう、と空気が押し出される。

 透明な衝撃波のようなものが盾を中心に広がり、倒れたオーガの目前で爆ぜた。


「グアアアアアアッ!!」


 怒りの咆哮。

 失った左肩から血が噴き、オーガの赤い眼光が完全に二人へ向かった。


「ぜぇ……ぜぇ……成功だ……」


 ダリウスは息を切らしながら笑う。


「完全に怒らせたな……!」


「あぁ……これで俺たちしか見えなくなったはずだ!」


 オットーは巨斧を構えたオーガの前に仁王立ちし、

 巨大な盾を地面に押し付けるように構えた。


 ——ここからは、時間稼ぎだ。


 オーガがよろめいた身体を立て直し、両腕の筋肉を隆起させる。

 巨大な斧を振りかぶり——。


 ドガァアアアアンッ!!


「ぐっ……!! お、おも……っ!」


 オットーの盾ごと、身体が後ろに押し下げられた。

 洞窟の床石に靴底がきしり、砂が削れる。


「ダリウス、急げ……! これ、腰にくる……!」


 ダリウスは肩で荒く呼吸しながら、地面に片肘をついたままオットーを見上げる。

 額から汗が滴り、呼吸はひゅうひゅうと音を立てる。


「はぁ……はぁ……あとは……エドガーの魔法が先か……

 オットーのシールドバッシュが先に……切れるか……の勝負だ……」


 オーガの斧が再度振り下ろされる。


 ガギィィィィィンッ!!!


「ぐあっ……! ぉ……おい……マジで重い……! 腰が……砕ける……!」


 シールドが波打つように震え、その表面の光が微かにチカチカと点滅し始めた。



 一方エドガーは、戦場に似つかわしくないほど静かに魔導書を開いていた。


 虫眼鏡を片手に。


 老眼で滲む文字を追い、口を開く。

 だが呪文は一音ずつしか紡げない。


(……くそ……昔なら二十秒で終わった詠唱が……今じゃ二分以上かかっている……)


(バカかエドガー……! 集中しろ……!

 老いたことを嘆くのは後だ……!

 今はただ……仲間のために……一秒でも早く……!)


「ミラ! ランプを……!

 魔導書が暗くて……読みにくいです……!」


「わかった!」


 ミラがすぐさまランプを掲げる。

 揺れる炎の光が、魔導書の文字をかろうじて照らし出す。


 その横で、オットーの盾が——ピッ、ピッ、と危うい点滅を始めた。



「うおおおっ……! 手も……足も……重い……っ!」


 オットーの全身が震える。

 汗が滴り落ち、額は蒼白に変わりつつある。


「へっ……エドガーもいい演出するぜ……!

 一番いいタイミングで……決めようってか……っ!」


「はぁ……はぁ……エドガー……急げ……」 


 ダリウスは剣を杖のように地面へ突き、必死に身体を起こした。


「はぁ……最悪……俺たちで……もう一度前に……行くぞッ」


 その言葉を遮るように、オットーが振り返り、

 汗まみれの顔で——だが、笑って言った。


「おうよ。

 ついていくぜ、リーダー様よ」


 その笑顔は、若い頃と何も変わらなかった。



 ——ピッ……ピッ…………ピッ…………。


 盾の点滅が、視界の端で消えそうに揺れる。


 オットーの足が大きく滑り、膝が落ちかけた。


「くっ……! まずい……!」


 焦りが、エドガーの詠唱にも滲み出る。

 普段は流れるように明瞭な詠唱が、震え混じりの声へと変わっていた。


(待ってるぞ、エドガー……!

 俺のシールドが消える前に……!)


 洞窟の空気そのものが、張り詰めた刃物のようになった。



「——お待たせしました!

 《白き黎明の矢》!!」


 エドガーが魔導書を掲げた瞬間、洞窟内の温度が一気に下がった。


 空気が凍りつき、白い吐息が漏れる。

 天井すれすれまで、無数の氷の矢が次々と形成されていく。


 ——ギィィ、ギギギギ……!


 鋭く透明な氷柱が数十、いや数百。

 光を反射しながら、オーガの真上へと集束した。


 エドガーが手を前に突き出す。


「——散れッ!!」


 氷の豪雨が、弾丸のような速さでオーガへ降り注いだ。


 世界が白に染まる。

 霧と氷の衝突音が洞窟に響き渡った。


 ドガガガガガガガガガ!!


 霧が渦を巻き、視界を奪い、音が止む。


 そして霧が晴れる。


 そこには——

 全身を穴だらけにされたオーガが立っていた。


 巨体が、崩れ落ちるように膝をつき、

 ドウゥゥン……と鈍い音を立てて倒れる。


 ダリウスは剣を杖代わりにしながら、ふぅ……と長く息を吐き、

 その場へ腰を落とした。


「……終わった」


 力の抜けた声だった。


 オットーも張り続けていたシールドバッシュを解き、

 肩を落とすように大きく息を吐いた。


「ふぅ……あっぶねぇ……」


 ミラは両手を上げて歓声をあげ、跳ねる。


「やったね!!」


 エドガーも珍しく柔らかく笑った。


「えぇ……これで、次の階層への扉が……」


 エドガーが指差した先。


 巨大な石扉は——


 開いていなかった。


「……?」


 ミラが首をかしげる。


 次の瞬間。


「ダリウスッ!」


 エドガーの声が緊迫に震えた。


「扉が出ない!

 まだ……息があります!!」


 その叫びは、

 勝利気分の空気を凍らせるのに十分だった。


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