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初めまして反逆者様

 

 清潔感のあるベットの上で私は目を覚ました。

 柔らかいシーツの肌触りで、自分がまだ生きているのだと直ぐに分かったけれど、首には何重にも包帯が巻かれているので、ナイフで頸動脈を掻き切った記憶は夢ではないはず。


 ゆっくりとあたりを見渡せば、最後の記憶で私を抱きとめて叫んでいた魔術師長らしき黒い頭の男が、椅子に腰掛けながら、ベッドに顔を沈めて眠っていた。


 驚いてわずかにみじろぎしたが、規則正しい寝息が途切れることはなかったので、よほど深く眠りについているのだろう。


 聖女として召喚されたときに与えられた部屋とは違う、豪奢ながらも上品さを感じさせる部屋に見覚えは全くない。


 枕元にベルがあったので鳴らすべきかとも考えたが、瞼が重くなってきたので、もう一眠りすることにした。

 

 自分の知らない場所にいるのだから慌てるべきなのに、無駄に死に損なった訳ではないらしい。

 少しのことでは同時なくなった。


 音を立てないようにベッドに横たわれば、心地よいシーツの香りに包まれながらあっという間に眠りへ落ちていった。




「せいじょさま!おはなをどうぞ!!」

「まあ、とっても素敵なお花ね」

「うん!せいじょさまとおそろいの×××なの!きれいなの!!」

「私の×××をこんなに綺麗だと言ってくれるの?」

「せいじょさまのほうがもっときれいだよ!」

「そんなこと言われると照れてしまうわ」

「ようせいさんみたいだもの!」

「うふふっ、小さな紳士さまは私を喜ばせるのがとてもお上手ね」

「ぼくもう小さくないよっ」

「ごめんなさい。もう八つの立派なお兄様だものね」

「そうだよ!すぐにせいじょさまをまもる、きしさまになるんだからね!」

「ええ、楽しみにしているわ。小さな紳士さま」

「だから、もう小さくないもんっ!」


 

 カーテンから漏れた光が顔に当たり、意識がふっと浮上した。

 何か心のがぽかぽかするような幸せな夢を見ていた気がするが、曇りがかったように何も思い出せない。


 ぼんやりとした頭で、さっきまで魔術師長らしき人がいた場所を見る。人の気配すら感じないその場所に、先ほど目覚めた時のことも、また、夢なのかと思えてくる。


「悪運もここまでくると笑えないなあ」


 どのくらい眠っていたか分からないけれど、こぼれ落ちた声は掠れていた。


 何か喉を潤すものはないかと辺りを見渡すと、ベッドの横に水差しが置かれていた。

 治療された痕跡と清潔で柔らかなシーツから伝わってくる庇護者の立場から、遠慮なくレモンの浮かんだ水を頂戴する。


 やっと一呼吸ついたので自分の現状を知るため、水差しの隣に置いてあったベル鳴らす。

 するとすぐに慌ただしい足音が聞こえてきた。

 

 こちらの世界に来て初めの方に絶対のマナーだと口を酸っぱくして教えられたノックを、華麗に省略した足音の主は、やはり魔術師長その人で。


 しかしながら、入口からは一歩も踏み込まず、タンザナイトを宿した大きな瞳が、深い後悔を浮かべて、でも詰るようにこちらを見つめている。


 結界でも張られているのかと皮肉りたくなるのを我慢しながら、その視線の居心地の悪さに耐えかねたのは私だった。


「…何か言ったら?」

「………っ……」

「………………」

「………貴女様を、弔わずに済んで…本当に、良かった…」 


 国民の前で鮮血を散らした頭の可笑しい私ですら、罪悪感を覚えるほどに男の髪も服装も乱れていた。

 哀れという言葉が体をなしている。


 何日眠っていたかは分からないが、艶のあった髪は燻んでおり、目の下の隈は遠目に見てもよく分るほどで、今にも倒れてしまいそうな男の状況に思わず謝罪の言葉が出てしまいそう。


 水と休養は彼にこそ必要なのではないか。

 取り敢えず、この状況に耐えきれず、先ほどまで彼が掛けていた椅子へ掛けるように促す。


「そこに、座って?」

「……は、い…」


 ゆっくりと近づいてきた男の顔を近くで見れば、その美しさが全く損なわれていないことが分かった。

 むしろ物憂げな雰囲気が更なる魅力を放っている気さえする。


 そんなにヨレヨレなのに喧嘩を売っているのだろうかと少し不機嫌になりかけたが、男が流れるように床に正座したせいでそんな気持ちは吹き飛んでしまった。


「……大変、申し訳ございませんでした」


 床に座れと言った訳ではないと止める間もなく、男は重々しい声色と共にゆっくりと頭を下げた。


 人生で初めて見る綺麗な土下座に脳が状況を理解すること拒否したのか、こちらの世界にも土下座という概念があるのだなと場違いなことを思った。


 心臓の音が相手にも聞こえるのではないかと言うほどの静寂に部屋が包まれる。

 状況を理解することを放棄した私が何も言わずにいると、男の方が頭を下げたまま私に断罪を求めてきた。


「どうぞ聖女様のお力で、この命を終わらせてくださいませ」


 どうやらこの男は、自分の罪を償うために、私に人殺しになれと言うらしい。


 胸の奥にじんわりと冷たいものが広がっていく。

 異世界に召喚されるという被害者の立場だけでなく、人の命を奪う加害者になれだなんて本気で言ってるのだろうか。


 そもそも、そんな事ができるなら、あの場で自分を殺すのではなく、国王と大神官を殺していた。


 やるせなさを吐き出すように下唇を噛みながら、首に巻かれた包帯を触る。


 目の前の死にたがりも特に答えを求めている訳ではないようで、私が何も答えないことなど構わず男は言葉を続けた。


「……この言葉に嘘偽りはございません。ですが、聖女様を安全な場所にお連れするまで、猶予を頂きたいのです。とても勝手な願いだとは分かっております。奴隷、いえ、犬だと思って、お使いいただけないでしょうか」


 それは犬に失礼じゃないだろうか。


 油断するともっと酷い文句を吐いてしまいそうだから、ゆっくり言葉を選びながら、未だに頭を伏せたままの男を見る。


「貴方は、何か勘違いしてる。私は…貴方のことを恨んでもないし、死んで欲しい訳でもない。寧ろ死んで終わりにするなんて、それこそ許せないかもしれない。許す事が足枷になるのであれはだ、私は貴方を許すよ」


 ここで、女神様もそれを望んでいます、なんて言えば、とても聖女らしいのかもしれない。


 ゆっくりとこちらを見上げた男は何故自分の言うことを分かってくれないのかと言いたげだ。


 その目に映る私は、本当にこの世界に存在したいる人間なのだろうか。

 今のこの状況も夢ならばどれほど良かっただろう。


「…私は、許されても良い存在ではございません」

「そーゆのもいいから。とりあえず現状を教えてくれない?」


 異世界の死にたがりなんて捨て置けば良かったのに、なんて言ったらまた殺してくれと言いそうだったので、話題を変えることにした。


「ねえ、ここは何処なの?」

「…私の、屋敷でございます」

「え、王城とかじゃなくて?」

「外れの方とはいえ、王都内にありますので、王城と左程距離はございませんが…」


 バツの悪そうな表情をされる心当たりがない。

 今際の際で何かしてしまっただろうか。


「何か問題でもあるの?」

「いえ、何もございません」

「……」

「……」

「……」


 瞳をじっと見つめれば、たった2秒で魔術師長は目を逸らした。


 こんなに分かりやすい男が魔術師長だなんて、死屍累々の社交界、引いては国の中枢のトップとしてやれていたのだろうかと心配してしまった私は悪くないと思うのだ。



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