プロローグ
これは、私を召喚した国を滅ぼしかけたお話。
ある日突然異世界に召喚されたなんて御伽話は腐るほど読んできた。
初めは故郷に帰りたいと裏では泣きながらも、大抵は心優しい主人公が絆され、祝福として与えられた力を使って国を救い、その世界で愛する人を見つけるのだ。
王都という安全な要塞の中で着飾ったご令嬢方に、宝石の嵌められた扇で口元を隠しながら偽善だと言われても。助けが間に合わなかった被害者の遺族達から憎悪の視線と道端の石を投げられても。最後には幸せに笑える未来が待っている。
もし、私が異世界に召喚なんてされたら、絶対に国も世界も救ったりはしないのにと何度思ったか分からない。
自国のことを、自分たちの住む世界の救済を、拉致してきた異世界の人間に求めるなんて、なんて身勝手で酷い奴らなのだろうと。
やむを得ず召喚した側の後悔も苦悩も全て滑稽にしか見えなかった。それでもたまにあった、召喚した側に一泡吹かせている主人公の物語が見たくて読むのを止められなかった。
今、私は白いドレスを見に纏い、精緻なレースのベールで顔を覆い隠しながら、従順なふりをして大神殿の中心で傅いている。
叫び出したい衝動も、目の前の大神官だと言う老害を殴りたい気持ちも全部隠してここにいるのは、全てはこの茶番を見ているという全国民に知らしめるため。
聖女任命の儀という数百年ぶりの祭事が、魔術師たちによって国中の空に放映されているのは、不幸中の幸いだった。
前代未聞の聖女任命の儀の目撃者になるとも知らず、歴史に残る催事を楽しみにしている民たちに申し訳なさはあるけれど、私の決断は変わらない。
太腿に括り付けて隠したナイフの冷たさを確かめて、宣誓の言葉を紡ぎはじめた大神官をゆっくりと仰ぎ見る。
「マリア、この国の平和を願う聖女よ」
ああ、錆びついた信仰にすがって生きている大神官のすました顔がとても憎らしい。
これから何が起きるのかも知らず、この場に立ち会えた幸福を必死に押し殺しているのだろう。
その表情がどう崩れるのか想像するだけで胸が高鳴って仕方がない。
噛み締めるように言葉を紡ぐその声には、今まで積み上げてきた権力と神に遣える献身への自負を感じる。
今にも崩れ落ちる砂上の城とも知らずに、なんて滑稽なのだろう。
「神の導きに応じてこの国に祝福を…!」
過去に召喚された聖女たちが、何を思ってこの国に尽くしたかは知らないし、知りたくもない。でも、私なら、自分の命を対価に差し出すことになったとしても、絶対に従ってやったりしないのに。
これから起こる騒動を想像して、歓喜に声が震えてしまわないように、少しでも大きく、響くように抗うための言葉を紡ぐ。
「聖女マリアの名に誓って宣言いたします。この国に…溢れんばかりの、災厄を!!」
祝福をと続けるように教えられた言葉に、この国の破滅を願う言葉を紡ぐ。これが、私も国民も、真実なんて何も知らされていない中で唯一できる復讐だろう。
「なっ……お前、一体何を…っ!」
「あら、大神官様。私は一度でもこの国の聖女になることを了承したでしょうか」
こちらを凄まじい表情で見てくる大神官に、腹の底から笑いがこみあげてきた。
別に本当に破滅を望んでいる訳じゃない。
聖女の祝福とは祈りだと聞いた。
ただ、何か災いが起きるかも知れないと、先が見えない不安を全ての国民が感じでくれれれば良い。
「何を言っているんだ!?」
「私は一度でも聖女になりますと言ったでしょうか?誘拐するように呼ばれたこの国のために?この国の国民でもない私が?一生神殿で祈りを捧げて暮らすとでも?」
いつまでも傅いているのも馬鹿らしいので、ゆっくりと立ち上がる。
頬に手を添えてにっこりと笑ってやれば、私が馬鹿にしたのが伝わったのだろう。
「貴様っ!!」
顔を真っ赤にして掴みかかってこようとしたので、後ろに避けながら、太腿に隠しつけていたナイフを素早く取って自身の首元に当てた。
「大神官ともあろうお方が暴力に訴えるのは良くありませんね」
「な、何をしようとしている!」
先ほどの怒りが嘘のように慌てた様子に少しは溜飲が下りるというものだ。
「見て分かりません?」
「馬鹿な真似はよせ!早まるな!!」
「何も早まってなどおりませんよ。こんな聖女が召喚されてしまった責任を、今ここで取ろうというだけです」
少し力を込められば首にちりっとした痛みが走った。きっと良い感じに血も流れているに違いない。
さあ、最後の演説と行こうじゃないか。
大きく息を吸って、覚悟を込めて見上げた空は元いた世界と同じ青が広がっていて、どこまでも澄んでいて綺麗だった。
「貴方たちが聖女にと求めた私は全く違う世界の住人だった!私は、私の命を持って抗議する!この国の責任は自分たちで持て!今後、私のような生贄が選ばれることがないように、貴方たちの身勝手な行動で、この国に関係のない1人の命が散ったことを語り継げ!」
元の世界に置いてきてしまった少しの未練を胸に、ナイフを勢いよく引き下げた。
息もできないほどの痛みと燃えるような熱さを感じながら、私に駆け寄る大嫌いな大神官と彼の後ろにずっと控えていた、私を召喚した魔術師長と呼ばれる男が視界に入った。
焼けるような痛みにぎゅっと瞳を閉じながら倒れた身体は、床に崩れ落ちる前に誰かに抱き止められた。
必死に私の名前を呼ぶ男の声が煩わしくて、瞳をうっすらと開ければ、魔術師長の険しい顔が視界いっぱいに広がりすぐに後悔した。
でも、これ以上血が流れない様にと、首の傷を必死に抑える手の体温は冷たくて心地いい。
別に、魔術師長のことを恨んではいない。
王命のため、従う他なく召喚を行なったと風の噂で聞いた。
最後まで召喚を辞めるよう進言していたのは、唯一、この男だけだったと。
あなたのせいではない。恨んでもいないと伝えたかったのに、もう声は出せそうにない。
ゆっくりと首を振ることで伝わっただろうか。
確かに聖女に祭り上げられたことも、人の不幸の上に成り立っていることを知らない国民たちが大層煩わしかったのも確かだけれど。
命すら投げやりに捨ててしまおうと思うほどに絶望してこの惨状を起こしたのも本当だけれども。
私も感情のある同じ人間だと思っていない奴らへの、ただの八つ当たりだから。
聖女召喚の真実を知り、それに最後まで反対していた貴方が背負う業は何もない。
術を編み上げ、それに魔力を通したのが貴方だったとしても。でも、薄れ行く意識の中でこれ以上貴方に伝えられることはない。
もし、本当に神が存在するならば、
傷つけてしまった彼の未来に、少しでも明るい優しさが、溢れる幸せがありますように。




