32 葉月の原因
お待たせしました第32話を更新しました!
治療の途中で帰ってしまった葉月さんですけど、ちゃんとほかの病院へ行っているかな…… ちょっと心配です。
あれから数日が過ぎました。白河さんはあの日以来、診療所の方へは来ていません。やっぱり来ないよね…… 結構言いたい放題で、途中で帰っちゃったもんね。
「飛鳥先生、奏音ちゃんですけど」
雫がカルテを持って私の所へ来ました。
「あれ、華純さんは?」
「ちょっと出掛けて来るって言ってましたけど……」
「そう、解った」
何処に行っちゃったのかな……
「奏音ちゃん診察室に良いよ!」
私がそう言うと、奏音ちゃんが入って来ました。
「こんにちは先生、いつもの注射をお願いします」
いつもの注射って言われるとなんだか怪しく聞こえるのは私だけでしょうか…… そういう事で奏音ちゃんにGnRHアゴニスト剤を、要するに第二次性徴抑制の注射をしたということですけど……
「飛鳥先生、手術をした後も注射はするんですよね」
「うん、その頃はホルモン治療と言ってエストラジオール吉草酸エステルという薬剤を注射するの」
「それじゃ、今と変わらないんですね」
「そうだね、でもそこから女性化が始まるから」
私も最初の頃は何かに解放されたようなそんな気持ちでしたね!
「そうなんですね、先生もエストラジオール……」
「吉草酸エステルね!」
「はい、それを注射しているんですか?」
「うん、そうだよ! これが痛いんだ……」
私が顔を顰めながら笑顔で言うと……
「でも、それで女性化出来るなら私は大丈夫です!」
奏音ちゃんは本当ポジティブだね…… 私なんて女性化はしたかったけど注射は嫌だったらからな…… 今は慣れたからかどうかは判らないけど、あまり痛いと思う事がなくなったみたいだけど……
『プルプルプル……』
「えっ、何の音ですか?」
あっ、私のスマホの着信音ですね。私は机の中からスマホを取り出します。
「奏音ちゃんちょっとごめんね! もしもし今村です」
『あっ、今村先生、白河葉月さんを知ってますよね』
「えっと、長谷川先生ですか?」
『あっ、失礼しました。そうです』
「はい、白河さんは一度診療所へ来ましたので知ってますけど……」
『それで彼女の診断は?』
「それが、中途半端な診察しか出来ませんでしたけど、神経性やせ症だと思います」
『中途半端…… ですか?』
「はい、診察の途中で怒って出て行ってしまったんです。葉月さんがどうかされたんですか?」
『白河さんは学校へ行く途中に倒れてうちの病院に救急搬送されました』
「それでどうして私に……」
『彼女の健康保険の記録に出羽診療所があったので何かご存じかと思いまして』
「それで、彼女は今どうしていますか」
『今は点滴でブドウ糖を投与しています。かなり衰弱していましたので……』
「そうですか…… 彼女は多分、学校で何かがあったんだと思います。とにかく自分は太っていると思い込んでいましたので……」
『解りました、では回復した後は私の所で入院ですね』
うーん、原因が解らないのにそれで良いんでしょうか…… しかし、ここは長谷川先生にお任せした方が良いかも知れませんね!
「長谷川先生、よろしくお願いします」
『はい、承知しました』
そういう事で話は終わりましたけど…… 結局は葉月さんに何があったのか話してもらわないといけないんですけどね! まあ、無理かな……
「先生、白河さんってこの間、南川上町の家に行った人ですよね」
「えっ、ああ、うん、そうだね……」
でも、取り敢えずは病院で入院する事になったから良かったのかな……
その日の夕方、奏音ちゃんが帰った後、見慣れない女子高生が診療所の側にいました。村では見た事がない女の子ですけど、患者さんなのかな…… 私が近付くと……
「あ、あの、は、葉月の先生ですか?」
いきなりそう訊かれました。えっと…… そうなりますか……
「えっと、白河葉月さんのお友達の方ですか」
「あっ、はい…… 川村弥生と言います」
「あっ、私は今村飛鳥です。それで、私に何か御用ですか」
「あっ、その、はい……」
何だかよく解りませんけど、葉月さんの事なら……
「どうぞ!」
私は彼女に診療所の待合室に入ってもらいました。
「あの、葉月が今日学校に来ていないんですけど……」
彼女はまだ、知らないようですね。
「葉月さんは今日学校へ行く途中に倒れて川本医療センターに搬送されたそうです」
「ええ! そ、そうなんですか…… 最近凄く痩せてたから心配していたんです」
「葉月さんは誰かに虐められてるの?」
「いえ、葉月は虐められたりはしていません。ただ、彼に振られましたけど……」
えっと、失恋という事ですか……
「何故振られたんですか?」
「よく解らないけど…… 太っている女は嫌いだ! って言われている所を見た人がいて……」
そうか…… それで私は太っていると言っていたのか……
「川村さん、これは個人情報なのであまり公には言えませんけど、葉月さんは神経性やせ症と言って…… えっと、拒食症って言った方が解りやすいかな」
「葉月は食べた物を吐いていたと思うんです」
えっ、この娘まさか……
「えっと、何故そう思うの?」
「だって、右手の指にそれらしい傷があったから」
やっぱり…… 彼女の観察力は鋭いですね!
「先生、それ治るんですか?」
「うん、とにかく葉月さんの気持ち次第かな…… もう少し前向きになってくれればだけど……」
とは言っても、彼氏さん絡みとは…… これはちょっと時間が掛かるかも知れませんね。
「解りました、何とかします!」
「えっ!」
彼女はそう言って診療所を出て行ってしまいました。えっと、何とかしますって、どうやって……
「あら、飛鳥先生患者さんだったんですか?」
華純さん、戻っていたんですね。
「いえ、今の人は葉月さんのお友達です。ちょっと心配でここまで来たそうです」
「そうだったんですね」
「華純さんは何処へ行っていたんですか?」
彼女はちょっと俯き加減で……
「温泉街に友達が来ていまして、すみません」
「ううん、別に構わないけど、今度からは私に言ってね」
「はい」
別に問題は無いんですけど、一応ここの診療所は私が責任者になっているみたいなので……
「あっ、飛鳥先生は今度の日曜日はお休みですよね!」
うっ、華純さんのこの微笑みは……
「うん、お休みだけど…… ちょっと川本市に用事があって……」
「えっ、偶然ですね! 私も川本市へ行こうと思っていたんです。一緒に行きましょうよ」
えっ、一緒に…… そうなると、華純さんの車で行くんだよね……
「どうかしましたか?」
華純さんは笑顔で私を見ていますけど…… なんだか睨まれているように見えるのは私だけでしょうか。私はただ、葉月さんの様子を見に行きたいだけですけど……
日曜日、私は華純さんの車で川本市へ行きます。
「飛鳥先生は何処へ行くんですか?」
華純さんからそう訊かれました。
「あっ、私は葉月さんの様子を見に……」
「えっ、でも医療センターに入院しているんですよね」
「うん、そうだけど……」
この間診療所に来ていた川村弥生さんも気になります。何とかするって言ってたけど……
「華純さんは何処へ行くの?」
「えっ、私は洋服を見に行こうかなって」
何だか華純さんの視線が可笑しいです私を見ないで話をしてます。
「そうなんだ…… それじゃそろそろ行きましょうか」
私と華純さんが診療所を出ようとした時、江下先生がいました。
「飛鳥先生、お土産お願いします」
「はい、はい、折角川本市まで行くんだからお洒落なマカロンとか買って来るね!」
「はい!」
江下先生と側にいた雫も嬉しそうでした。
「それじゃ、行って来ます!」
私は華純さんの車に乗り込むなりアシストグリップを握り締めますけど…… 今日の華純さんの運転は、ちょっとお淑やかなのでつい華純さんの事を見てしまいます。
「先生、どうかしましたか? 私の顔に何か付いてます」
「えっ、いえ…… 今日はおとなしめの運転だなと思って」
「だって、私がいつも通り運転すると先生の顔が引き攣っているから」
どうやら華純さんは少しは私の事を気遣っているようです。そのまま私達は高速道路に乗り川本市に着いたのは十時四十分くらいでした。診療所を九時前に出て途中上條PAに寄りましたのでこんなもんでしょう。
「飛鳥先生着きましたよ!」
どうやら私の用事が先のようです。
「それじゃ、ちょっと行ってくるね」
そう言って私は内科の病棟へ来ましたけど…… あれ、あの娘は川村さん? 側にいる男の子は……
「さっ、早く」
川村さんと男の子は病室の中へ入っていきますけど……
「さ、西條君!」
中からはそう聞こえました。
「どうして!」
「おまえは勘違いしてるんだよ!」
何だか話が病室の中でされていますけど、話の内容は良く解らないです。まあ、先客もいる事ですしちょっと出直しましょうか、と思った時でした。
「あっ、今村先生!」
病室から出て来た川村さんに見つかってしまいました。
「あっ、川村さんどうしてここに……」
まあ、私がそう言われても可笑しくは無いんですけど……
「葉月の事なんとかなりそうです」
「えっ、どういう事?」
すると、一緒にいた男性が……
「あの、実は葉月は勘違いをしていまして……」
「おまえが回りくどい事をいうからだろう!」
男の子の説明にすかさずツッコミを入れる川村さんでした。
よくよく話を聞けば大学受験が終わるまではあまり逢わないようにしょうという事で、しかも太ったら嫌いになるかもしれないという事だったらしいのです。葉月さんはショックのあまりに勘違いしたらしいのですが……
「そうだったんだ……」
「葉月もやっと痩せ過ぎてる事に納得したので、もう大丈夫です」
「先生、お騒がせしました」
「まったくだよ! 西條君がちゃんと説明しないから」
まあ、これで一件落着かな……
「ああっ! 華純さんほったらかしだった」
「先生、どうかしたんですか?」
「ううん、それじゃ私はこれで!」
急いで戻らないと……
葉月さんの友達の川村さんが色々と動いてくれ、葉月さんの心を動かしてくれたみたいです。「何とかします!」と言った時はどうなるかと思いましたが、やっぱり友達の力は凄いです。