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22 気づかされること

「夫さん凄く優しそうな人だったよ。それに、サラお姉さんが着ていたワンピースは、代々お姉さんの家で結婚式に使われていたんだって。向日葵とも色が合っていて綺麗だったなぁ。凄く喜んでくれたの、ありがとうね」


 そのあと、半場強制的にシンシアも介入してブーケを作り上げた。どうやら間に合ったようで安堵する。

 新婦の名前をシンシアは聞いていなかったのだが、サラというそうだ。村では働き者の綺麗な人だったという。夫は同じ村の人間ではないらしいが、サラの母のことも考えて引き続きこの村に住むらしい。


 式が終わったのは夕方。しかしドーラの報告は次の日の昼となった。ドーラは酒は飲めないらしいが、それでも酒のお供と出されるチーズやベーコンを食べていたという。


 彼女らしいと思うことにしてシンシアは空になったティーカップに紅茶を注ぐ。当たり前のようにドーラもカップを突き出してくるのにも、何も言わず並々入れてやった。いちいち注意するのも面倒だと見逃していたら、シンシア自身もドーラの奇行にも慣れてしまったのだ。


「それはよかったわ。とにかく私としては次からは花ではなく物を送るべきね。貴方が何も手を付け加えなくていい物を、ね」

「強調するな〜結構いいと思ったんだけど……でも結婚かぁ」


 ため息とともに言葉吐き出すように呟くドーラに首をかしげた。何か思うことがあるのだろうかと、慎重に聞いてみる。


「興味あるの?」

「少しね。でもシンシアだって十七でしょ? なら結婚できるんじゃないの?」

「ああ、私はそうね。でも婚約者もいないからまだ先のことじゃないのかしら。あと三、四年後ぐらいは独身かもしれないし、一生独身かもしれない」


 貴族の結婚適齢期は十四歳頃からだ。婚約もしていないシンシアは特殊と言っていいだろう。伯爵令嬢という立場ではあるので、見合いを匂わす手紙も実家に送られてきたことがあった。しかし、事情が事情で断っている。


 それに、そんな手紙も他の令嬢と比べれば数は少ないものだ。実家より爵位が低いところと見比べても、明らかに差はある。なにせ、シンシアは社交界に出たことが一度もない。病気で療養中としているが、一部では存在するのかすら危うくなっている立場であるシンシアに手紙が来るのは珍しいのだ。


 次期当主として生きているはずなのだが『歌いたくなる』という本能を消せなければ叶わないだろう。だが、それも魔導師がなんとかするはずだ。カイルの吸血を抑える薬のように。

 吸血鬼、狼男なら一般的だがセイレーンなど普通聞かない単語であろう。対処する方法や例が見つかっていないのも仕方あるまい。


 家としては養子を引き入れ、シンシアから当主権を奪うこともできる。だが、家の問題を外部に流したくないのだろう。関わる人が増えるごとに、話は広まりやすい。いくら口止めしても、人間は所詮金なのだ。


「うーん。そっかぁ……」

「なあに? 貴方の年では焦る必要でもないでしょうに」


 ドーラは現在十五歳だ。貴族なら結婚している場合もある年ではあるが、平民だとどうなのだろうか。しかし村では仲の良い人間は少ないと言っていたので、今すぐ結婚したいという気持ちでもなさそうだ。

 結局何が言いたいのかと眉をひそめたシンシアに、ドーラはぼそりと呟く。


「婚約者いないのかぁ。シンシアはカイルさんと結婚するのだとばかり」

「んぐぅっ! ん゛んん……なんでそんな話になるのよ!」


 紅茶を飲んでいたシンシアはいきなりのことで噎せて、喉の違和感から逃れようと咳払いをしてから、立ち上がって抗議の大声をあげる。机に手をついて、食器類が大きな音を立てるが気にする暇はなかった。

 冗談でもいうんじゃないと声を張るシンシアの頬は赤く、顔全体だけに留まらず首元まで熱を持っている。その様子にますます怪しいと思い、ドーラはさらに追及する。


「違うの?」

「当たり前よ! カイルは家が連れてきた友人役……話し相手だし、私にとっては兄みたいな存在で、そんな感情持ち合わせてなかったわ!」


 この子はなんて突飛ことを言い出すのかとシンシアは、熱の引かない顔を押さえながら荒い息を繰り返す。突然すぎて冷静に対応ができない。


 カイルがいなくてよかった。


 厨房で料理を作っている彼を思い出し、シンシアは安堵する。聞かれていたら溜まったもんじゃない。そんな恥辱を受けずに済んだ運に感謝するが、それでも部屋の扉を開け誰もいないことを確認した。


 しかし、ドーラに言ったことは真実でしかない。兄で、魔導師が連れてきた遊び相手『役』で、同居人。それでしかないのだ。実際、魔導師が彼を紹介してくれた時が初対面だったので「気があったからこの子がいいのでは?」という理由でいるわけではない。


 カイルの過去は、シンシアですら知らなかった。どうして吸血鬼になったのか、魔導師との以前の関係は、なぜシンシアのところへ来たのか。ほとんど全てを。


 人間から吸血鬼になった理由は覚えていないと彼は昔言っていた。けれども今考えればそれは嘘だとわかる。あの腹の中が読めない魔導師の考えによって、言わないでおいたのだろう。いつか話してくれるかと思ったのだが、それもなく今まで過ごしてきた。


 恋愛感情などはない。でも、確かにお互い信頼関係は築けている。それはシンシアが信じて疑わないものだ。そしてこれからも、話してくれなくてもずっと。


「ふーん。でもカイルさん十九でしょ? 結婚してもいい年だと思うけど。恋人とかはいないの? あんなに格好いいんだから一人や二人は……」

「いないわ。これは断定していい。絶対にいないわよ」

「そうなの? もったいないなぁ」


 カイルは一日のほとんどが屋敷か森の中だ。森の住人といえばシンシアと動物や虫ぐらいしかおらず、恋人なんかできるはずがない。外に出るのも許可が必要なので安易にはできないし、姿をなるべく見られないように買い出しを済ませているカイルが、住民と関係を持つなどありえないないことなのだ。 


 説明してやると、ドーラは少し残念そうな表情を浮かべた。どうしてか女という生き物は恋の物語を好物としているらしい。同性であるはずのシンシアには少し理解できない感覚だ。

 考え込んだ素振りを見せたシンシアに、ドーラは居心地悪さを感じたのか話を切り替える。


「ね、そういえば私がいない時ってシンシアは何をしているの?」

「何をって……掃除と散歩かしら」


 言わずもがな、散歩とは例の場所へ歌いに行っていることだ。だがそれを知らぬドーラからは年寄りくさいという言葉を頂戴した。


「それだけ? チェスは……何年もやってなかったって聞いたけど、他に何かあるでしょ。趣味とかさ。散歩は健康のためっていう理由でもわかるけど、もっと貴族なんだから娯楽があるでしょ」


 そう言われてシンシアは悩んだ。普段何をしているのかと聞かれ、思いつかなくて戸惑ったのはあるが、趣味と呼べるものが自分にあるのかと。カイルは主に家事だ。料理を得意とする彼は、よく新しい発想により厨房にこもっていることもある。


 けれど自分は何をしているのだろうか。貴族の令嬢といえば刺繍や楽器、観劇、歌、楽器など挙げられる。しかし、そのほとんどはシンシアには難しい。刺繍も淑女のたしなみとして軽く魔導師からは教わっているが、何が楽しいのか理解はできなかった。


 劇は観れるわけもなく、歌は一人でなくてはいけないし、やるべきことに入っているので趣味と言えるかわからない。もしそうだとしても、聴かせてと強請られてしまう。そうすれば誤魔化すのも無理はあるし、歌ってしまえばドーラは天の国へ旅たつだろう。

 今は試したことはないが、赤子の時は相手に目眩を起こし、貧血のような形で気絶させてしまった。歌う場所として選んだところも昔は綺麗な広場だったのに、現在は時の止まった灰色だ。それを考えると、安らかに死へ向かわせるのは難しいのかもしれない。


 楽器も難しく、曲を聴くと歌いたくなるのは本能だ。どちらにせよ、シンシアには趣味と言えるものがない。そう気づいてしまう。

 人間になれたとシンシアは思っていたが、どうやらまだ『魔物』らしい。そう、念を押されている気がした。


「夜、なかなか寝付けない時は本でも読むわ」

「私は文字読めないからなぁ。面白いの?」

「多少はね。暇つぶしにはなるし、眠気が戻ってくるから」


 とりあえず、偶にだが行う習慣を言ってみた。特に本好きではないので、屋敷にある書斎にはシンシアのために少しの物語と、カイルの料理本ぐらいしかない。ぎっしり本が詰まっているわけでもなく、棚の空きよりも申し訳程度に置かれている書籍の方が目立つほどなのだ。


「貴方は? 趣味とかはあるの?」

「私は一日中仕事だったからなぁ。今こうやって来れているのも、その、食事代が浮くからでもあるけど……暇さえあれば馬とか見に行ってる」

「馬、か」


 実際に、シンシアは馬を見たことはない。この森にはいないようだ。しかし、物語の中では度々登場していたのを記憶している。騎士が跨っていたり、馬車として活躍していたり。白黒の絵でしか拝見したことはないので、結局はそうなのとしか言えなかった。


「うん。動物好きなんだ。だから森で狐とか兎とか見れるのは嬉しいよね」

「どちらも狩猟できる動物だから、貴方に銃か罠の腕前があれば今頃食卓に並んでいたでしょうね」

「……だよね。兎食べたことあるし」


 美味しいんだよとドーラは返した。

 森は狩猟するために使えないので、平民は基本森から出てきた獣を狩るか、別の場所で捕まえていた。ドーラの村は一般的に皆仲がいい。なので捕りすぎたとお裾分けをしてくれることがあるのだ。その時に母親と食べたシチューが忘れられないと彼女は語った。


 一方シンシアにとって動物は苦手な生き物である。獣は警戒心が強く、何より人間にはわからないシンシアの正体に気づいてしまう。初めはただならぬ雰囲気を感じて威嚇し、勝ち目がないとわかれば逃げて行くのだ。馴れ合うことなど一切できない。カイルが料理したものでしか触れないのだ。


 ずいぶん前に木から落ちた小鳥を拾い、世話してやったことがある。ぐったりしており、意識が曖昧だったせいか大人しかった。しかしそれは初日のこと。次の日になって様子を確認しようと見に行けば、シンシアに恐怖を感じたのか甲高い声をあげ、精一杯の攻撃と体当たりをしてきたのだ。大して痛くはなかったのだが、驚いて悲鳴をあげると小鳥は身の危険を感じたのか壁にぶつかりながらも逃げて行った。


 そこまで拒むものなのか。助けてあげたのに恩知らずめ。

 憎しみを感じたのは今回が初めてだった。そして、これを機にシンシアは動物嫌いになっていったのだ。


「そろそろおやつの時間だね。今日は何かなぁ」

「え、あ、そうね。カイルももう直ぐ上がってくると思うけれど、相変わらず食い意地張ってるのね」


 現実から遠のいた思考から引き戻されたシンシアは、ハッとして瞬きを繰り返す。おそらく気づいているだろうドーラだが、やはり細かいことは気にしない性格らしい。時計を見上げて、腹を空かせた幼子のようにあれこれ呟いていた。


「シンシアだってカイルさんの料理好きでしょ? あ、私と一緒で食べることも趣味に入ってると思うよ。美味しいもんね、あれを毎日食べられるなんて幸せ者め〜!」

「食べることが趣味…………」


 そう言われ、シンシアはまた戸惑う。先ほどとは別の意味で。

 しかし茶化したドーラはそれを勘違いしたようだ。食事のことしか考えていないお前と、同じ風にするなと憤慨しているように見えたのか。怒ってるかと問われてしまった。


「いえ、ただ……大丈夫よ」

 自分にも趣味があったのか。それを今更のように感じ、シンシアは複雑にも嬉しく思ったのだった。

副題を「フラグ、フラグ、フラグ!」にしようか迷いました

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