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第六話

 翌日、私は中西さんに連絡し、再び山へ向かった。


 唐突のお願いだったので、山に着いたのは十四時頃だった。


 昨日に比べれば、天候は穏やかだったが、第二の鍵がかかっている門の先は、やはり雪が降っていた。


「本当にひとりで行かれるのですか?」


 門扉が開かれた後、中西さんが私に再度聞いてきた。


「えぇ、相手を刺激しないためにも、無能力の私ひとりの方が良いと思いましてね」


 中西さんに答えながら、ちらと町田前くんを見た。


「私も怪異と関わってる身だ。そう易々とやられるつもりはない。今日は中西さんの側にいることだな」


 納得してないようなので、念のため釘を刺した。町田前くんは絞り出すようにわかりましたと答えた。


 彼が本当に納得しているかどうかは置いといて、そろそろ登ることにしよう。


 片手に持った杖を刺しながら、反対の手は手すりや物を掴んで登る。風が強くふぶいていた。寒いや冷たいより、痛いと言った方が適切な吹雪だった。


 だが今日は引き下がるわけにはいかない。なんとしても、私はこの雪の元凶と会わなければならなかった。


 登っていくうちに、風が弱くなり、雪も降らなくなった。それでも山を登るのは決して簡単ではなかった。


 凍結している石段に足を乗せるたび、滑らないか不安になり、身体が強張る。ようやく狐ヶ崎神社まで登りきったころには、全身が疲れていた。特に、普段使っていないとような筋肉も使っていそうだった。


 ほんのちょっぴりの達成感に浸りながら、息を整える。


「種浦メイと言います!イビト隊の……いや、サクさんの夫の小野寺と親友の種浦といいます!お話しませんか!」


 私は息を吸い、大声で名前を呼んだ。


「いるんでしょう、ユキさん!」


 私はユキさんを呼んだ。


 いったん深呼吸をして、再び前を向くと、目の前にひとりの女性が、本殿の前にいた。


 身長は私より少し低い。百六十五センチぐらいだろうか。後ろ髪は腰元まで伸びていた。


 前髪は目元までかぶっていたので、半分しかよく見えなかったが、顔立ちはサクさんによく似ていた。


 彼女の頭には、いわゆる狐の耳がついていた。少なくとも、怪異人種か怪異のどちらかであるのは確定した。


「あなたがユキさんですね?」


 私が尋ねると、目の前の女性は警戒しながら頷いた。


「あなた、何者?」


「あなたに危害を加えるつもりはありません。探し物をしていて、是非あなたにも聞きたいんです」


「なにを……」


「あなたがサクさんにあげたイヤリングです」


 ユキさんは目を開いて、一歩退いた。


「サクさんは今でも大事にしていたそうですが、どうも失くしてしまったようで……」


「うそ」


 私が経緯を話すと、サクさんが小さく呟いた。冷たい風がサクさんを中心に吹いている。


「うそよ!サクちゃんは私を置いて遠くに行くって言っていたもの!私のことなんてどうせ忘れてしまうのよ!」


「ユキさん、お話を……!」


「そこまでだ怪異め!」


 私の後ろから声が聞こえた。町田前くんだ。


 下で待機していろと言ったはずなのに、どうしてこの場にいるのか。自己判断で着いてきたのか。疑問は絶えないが、それよりも今は彼を制止させることが優先だった。


「大人しく投降しろ!」


「やめろ!不用意に刺激させるな!」


 私は町田前くんに告げたが、彼は聞く耳を持っていなかった。町田前くんは対怪異用の拘束銃を構えていた。


 拘束銃は、いわゆる怪異用のテーザー銃だ。引き金を引くと先端に拘束の術式が書かれた札をつけたワイヤーが飛び出す。


 背後のユキさんが、端へ逃げて行ったのを、町田前くんの視線で気づいた。振り向いて、ユキさんを追いかけた。当然、後ろから町田前くんが追いかけてきた。


 追いかけた先で、ユキさんは崖際に立っていた。


「ゆっくりと、こっちに歩いてきてほしい」


 手を差し伸べたが、ユキさんは腕を組んで警戒していた。


「私になにをするの……?」


「なにもしない。話をしたいだけだ。君とサクさんの──」


 私はユキさんに話しかけながらゆっくり歩み寄った。


 背後で町田前くんが銃口をユキさんに向けて警戒している。


「町田前くん、拘束銃をおさめろ。今はまだそのときじゃない」


 私は武器を収めるよう呼びかけたが、彼は照準をユキさんに向けたまま動かない。


 町田前くんは息を整え、引き金を引きやがった。私はとっさにユキさんに飛びつき、彼女を無理矢理かばおうとした。


 町田前くんが撃った銃弾は当たらなかったが、体勢を崩し、さらに最悪なことになった。私が目測を見誤ったせいで、私たちは崖際の先まで飛び込んでしまった。


 二人で叫びながら谷底へ落ちていく。ユキさんが下敷きにならないよう抱きかかえ、天運にかけた。


 意識が遠のく前に、山林の枝葉が私を刺激してくれた。数々の枝葉が私たちのクッションになり、山野草の山が地面に叩きつけられるのを免れた。それでも高いところから落ちたので、心を落ち着かせるのに暫く時間がかかった。


「……ユキさん、大丈夫ですか……」


 私は自分の上に乗っかっているユキさんに話しかけた。


「えぇ……私なら大丈夫だし、多分大丈夫だったと思うけれど……」


 ユキさんに答えられ、私は彼女が普通の人間ではないことを思い出した。


「でも、感謝はすべきね。ありがとう」


 ユキさんは上半身だけ起こした。前に垂れていた髪をかきあげ、よそを見ながらお礼を言ってくれた。


 私もむち打ちのような痛みがあるだけで、大した怪我はしていない気がする。草木に守られたのだろう。


 私は下敷きになった草に視線が吸い寄せられた。青臭いにおいだ。


「……すまない」


 私はそれに一言謝った。


「ねぇ、どうして私を庇ってくれたの?」


 私の身体から退いたユキさんが尋ねてきた。


「私が普通の人間じゃないのはわかっているのでしょう。人間は怪異を恐れているのでしょう?なのにあなたはあなたの仲間から、わざわざ私を庇った……どうして?」


 詳しく尋ねられて、私は少し考えた。ユキさんが聞きたいのは、怪異に対してのスタンスや、そもそも神社まで来た経緯、私という人間に関してだろう。


 それは私にとって難しい質問だと感じた。ふと見上げたときに、茎が複数本ねじれている花がこちらを見ていた。柱頭がまるで瞳孔のように、私のことをじっと見ているような気がした。


 だがそんな花は、この山に生えてなどいなかった。私はその花を一度だけしか見たことがなかった。


 そもそも其れを花と形容していいのか、いまだにわかっていない。だが、あの“ならわし”や、彼女の言葉に倣うならば、やはりアレは花なのだろう。


 その幻覚を見ることで私は彼女の顔を声を鮮明に思い出し、ひとつの答えに導かれた。


「私は昔、怪異に恋をしていた──」

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